第4話パルプ・フィクション

「もしも無人島に一冊だけ本を持って行けるとしたら何を持っていく?」という質問がよくある。もちろんこれは「無人島でボロボロになって擦り切れるくらい読んでも飽きない大好きな一冊」を答えとして求められているのだろう。私にとって、この質問の答えはひとつしかない。


「一冊しか持って行けないなら、いっそ持っていかない方がマシだ」である。





「パルプ・フィクション」


◆パルプフィクション

◆1994年 ミラマックス・松竹富士

◆Q・タランティーノ 監督・脚本・原案

◆ジョン・トラボルタ、ユア・サーマン、サミュエル・L・ジャクソン、ブルース・ウィルス、ティム・ロス 出演

◆クライム・アクション



1992年に「レザボア・ドッグス」で世間の注目を集めたタランティーノがその僅か2年後に発表した大ヒット作。アカデミー賞では脚本賞を受賞、天才タランティーノの名を一躍世界に広めた作品の1つ。監督・脚本・原案(一部)をタランティーノが担当し、なおかつ出演まで果たしているというオーバーワークっぷりである。「レザボア・ドッグス」も同様だが、彼のこの映画にかける意気込みを感じる。


物語の構成はいわゆる、オムニバス形式になっておりいくつかの独立した物語が進行しながら最後には少しずつ繋がっていく。メインとなるテーマは暴力とドラッグ。一見すると低俗でバカっぽい物に思われがちだが、センスの良い音楽とウィットに富んだ会話劇でそれらを全く感じさせない。むしろこの2つこそがこの映画の真骨頂であり、全世界からタランティーノ作品が愛される理由のひとつだと言える。とにかく、ひと場面ひと場面がセンスが良くてシャレがきいている。例えば‥‥とひとつ例を上げてみたいところだがどこがどうというより本当に息つく間もなくあの独特の世界が襲来してくるので全体的にシャレが効いてるとしか言い様が無い。


だが敢えて個人的に好きな場面をあげるとすれば2つ。


冒頭、サミュエル・L・ジャクソン扮するマフィアがボスのシマで勝手にドラッグを販売していた連中に制裁を加えるシーン。彼は相手を脅かすのに「ぶっ殺すぞテメエ!」や「舐めてんのかコラぁ!」などといったありふれた台詞は口にしない。


「マーセルス・ウォレス(マフィアのボス)は商売女ビッチか!?」


これには画面のこっち側でも向こう側でも全員の頭に?が浮かぶ。相手は当然「ノー」と答える。するとジャクソンは


「じゃあなんでファックしやがった?」


と激昂する。


これは言葉通りの意味ではない。要約すると「お前はウチのボスが金さえ払えば誰とでも寝る商売女みたいに手軽でチョロい相手だと思ったのか?そうじゃねえならなんでこんなナメた真似しくさってんだ!」ということである。しかしこんな説明臭い台詞をトロトロ言ってたのではタランティーノ作品は世界で愛されない。その台詞まわしが上記の通りだからこそ、である。


もうひとつ。


終盤で例のマフィアのボスであるマーセルス・ウォレスが紆余曲折あって瀕死の重傷を負い運悪く変態サイコパスたちに幽閉されてしまう。そして皮肉なことに冒頭であれだけ「マーセルスは商売女じゃねえ!二度とファックなんてするんじゃねえ!」と手下に言われていた本人が見ず知らずの変態男共に「ファック」されてしまう。あわや大ピンチというところで本来敵であったはずのブルース・ウィルス扮するブッチ・クリッジが助けに入る。ブッチは鎖に繋がれたマーセルスを見てひと言。「マーセルス、大丈夫か?」そしてマーセルスはこう答える。


「ああ。ところでオレのクソッタレなかわいこちゃんは大丈夫か?」


この「クソッタレなかわいこちゃん」というのは言うまでもなく彼のお尻のことである。変態共にお尻をファックされたマフィアのボスにこんなお茶目な台詞を言わせるのがタランティーノ作品の好きなところだ。かなり痛々しい場面にも関わらず思わずクスリとしてしまう。



音楽も忘れてはならない。この映画のサウンドトラックだけでも名盤として歴史に残る一枚と言える。


カップル強盗のヒステリックな声明で幕を開ける物語だがそこで流れるパンチの効いたオープニングテーマがA. Dick Dale & His Deltonesの「Miserlou」である。一般的にはリュック・ベッソンの「TAXI」のテーマソングというイメージだが楽曲の使用はこちら先である。


もう一曲。ジョン・トラボルタ扮するヴィンセント・ベガがボスのオンナであるユア・サーマン扮するミアに初めて邂逅するシーンで流れるDustySpringfieldの「Son of a Preacher Man」妖艶な雰囲気が漂う一曲で、正に「セクシー過ぎる女」ミアの登場にふさわしい。


この様に今上げた二曲以外にもこの映画のサントラは名曲揃いである。捨て曲なんぞというものは一切存在しない。監督の音楽へのかなりのこだわりがうかがえる。


この様にパルプフィクション自体がどこを切り取っても魅力に溢れる映画だ。私ごときの稚拙な表現力ではこの作品の魅力を十分に伝えることは出来ない。未視聴の方は是非その手に取ってみて欲しい。レンタルDVDなら一週間借りたとて200円そこそこだろう。昔観たけどあまり面白くなかったと思った方。大丈夫、もう一度チャレンジしてみて欲しい。大人になった今のアナタなら、色褪せない名作の輝きにきっと気がつくはずだ。



「もしも無人島に一本だけ映画を持って行けるとしたら」


ここはパルプフィクション、と言いたいところだが私はやっぱり何も持っていかない。好きな映画は星の数だけあって、どれが一番かなんて優劣がつけられないからだ。


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