第3話


 脚が棒のようになっている。ほとんど一日中森の中を歩き続けたんだ。俺は脳筋(注:脳まで筋肉で出来ている馬鹿のこと)じゃない、どちらかというと頭を使う方だ。こういうイベントは今後やめてもらいたい。


「あそこに村人がいるわね、あなた達はここで待ってなさい、私が話してくるわ」


 言われなくとももう元気はないさ。座って休ませてもらおう。

 村人は突然の来訪者にギョッとした様子を見せた。ミーシャがなんだかペラペラと話している。こっちを見て指をさし、またペラペラと口を動かしている。

 あまりいい予感はしないな。ミーシャの嬉しそうな表情が余計にそう思わせる。付いて行った方が良かったかも知れない。


「さぁ、行くわよ」

「どこにだよ、どんな話し合いだったんだ」

「村長のところよ!宿を手配してもらうわ」


 こじんまりとした村の中で一番大きな建物、大して立派でもなく、非常に古びた建物だ。そこが村長の家らしい。

 ミーシャは物怖じすることもなく、力一杯に扉を叩いた。


「…もう少し丁寧にやったらどうだ?」

「聞こえなかったら困るでしょう、これでいいのよ」


 扉が開き、中から女性が青白い顔を出した。幸薄そうな線の細い女性だ。訪問者に目を細めている。


「どちら様でしょうか?」

「村長に話があるの、案内して頂戴」


 何故そこまで強気に出れるのだろう。普通はもう少し下手にでるものだが、こいつは常識がない。

 女性は逡巡したそぶりを見せたが、一歩引いて一行を招き入れてくれた。


「お客様です」

「ふむ、こんな時間にどなたかな?どうぞ入ってくだされ」


 案内された囲炉裏には老人が腰掛けていた。内装も住む人間もやはり古びた感じだ。


「あなたが村長ね?」

「さよう、私が村長じゃ、可愛らしいお嬢さん、騎士のような格好をしておるが、どうしたのかね?」

「私たちは旅人よ、宿と食事をお願いしたいの。ここのお金は持ってないわ」


 厚かましい奴だ。金はないが泊めろ、そして食事も出せとはふざけているとしか思えない。その上自信満々なのだ。もう少し謙虚にすれば、親切心をかけてもらえるかも知れないというのに。


「…ほぉ、旅人のお嬢さん、儂達も決して裕福なわけではない。無論、困った人間を放っておくつもりはないが…」

「もちろん、ちゃんとお礼はするわ。困っていることはない?

 森の魔物が暴れてるとか、崖の上の薬草が欲しいとか、盗賊が襲ってきてるとかでもいいわ。私たちに任せなさい!」


 なるほど、村の困りごとを解決して、その対価として宿と食事を手に入れるのか、よくある展開だ。

 本来なら相手方から依頼があるものだけどな、自分から売り込むのはあまり見たことない。


「ふむ…魔物は住処から出てこないし、病人はいない、ここらは軍による巡回で治安も良いから盗賊はいないのう」

「…巨人と戦争してるとか、竜が国を脅かしてるとか、世界が魔王の支配下にあるとかはない?」

「巨人も竜も魔王もいないのう」

「…なによ、じゃあなにも困ってないっていうの!?」


 ミーシャは不満気に腕を組んで言った。こいつは巨人と戦おうとしてたのか?その解決する人間に俺は含まれてないだろうな?


「今は刈り入れの時期でのう、しかし若い男は出稼ぎに行っていないのじゃ、それを手伝ってもらえるかな?」

「作物の刈り入れね?いいわよ、それで手を打ちましょう」


 あっさりと決まった。村長が幸薄そうな女性を呼んだ、空き部屋に案内してくれるようだ。


「私は村長ともう少し話してからにするわ、先に部屋に行ってて」


 不安感は拭えないが、それよりも疲れの方が大きかった。今すぐに横になって眠りたい。

 二つの空き部屋はそこそこな狭さだった。まぁ、男女に分かれて二人部屋ならこんなものだろう。


「食事の準備ができましたら、声をかけさせていただきます。大したものはお出しできませんが」

「ありがとうございます」


 女性は一礼して去って行った。やっと横になれる。もうクタクタだ、キザ男と同室なのは気に入らないが、男女になるわけにもいかないからな。


「僕はこの辺を少し探索してくるよ」

「飯はいいのか?」

「すぐに戻るとも」


 ハイネは部屋を出て行った。好都合だ、一人でゆっくりと休める。なんなら戻ってこなくてもいいぞ。

 コンコン、ノックの音が響く、あまり時間は経っていないが、もう食事を持ってきてくれたようだ。疲労で食欲はあまりないな。


「すいません、ありがとうござーーん?」


 扉を開くと、そこに立っていたのはフードを被った小柄な少女だった。


「女性部屋は隣だよ」

「…分かっている、話がある」

「そうか、入るかい?」


 少女は返事はせず行動で示した。狭い部屋で男女二人、待ち望んでいた展開がやっときた。一日歩かせるなんて本当は夢ではないのかと思ったくらいだ。


「これは夢じゃない」

「そうだよ、夢じゃないかと--え?」

「人間がレム睡眠時にみることが多い、夢ではない」

「じゃあ現実だと?」

「現実の定義によるが、ここはあなたの考えている現実そのもの」


 アルちゃんがこんなに長文を話すのは初めてだった。声は平坦で表情は一切変わらない、なんの感情も読み取れなかった。


「なぁアルちゃん」

「私に敬称は必要ない」

「なら、アル、俺は部屋で寝たんだ。起きたら森にいた。夢じゃないとしたらなんだよ」

「あなたも気づいているはず、ここはあなたのいた世界とは異なる世界」

「異世界だと?」

「そう」


 異世界転移の題材は多い、けれどそれは突然死んだり、なんらかのメッセージ、アイテム、神的存在との関わり合いの結果飛ばされるのが基本だ。

 寝て起きたら異世界なんて、そんな伏線もなんともない方法があり得るのか?

 だが、今日一日過ごした時間は鮮明の記憶に残っている。こんなに長い夢なんて見たことがない、それに歩き疲れた疲労感、水を飲んだ時の爽快感はリアルそのものだった。


「オッケー…認めよう、これは現実だ。ということは俺は異世界転移したんだ!やった!なんて面白いことになったんだ!」


 ゲームで何度も行った場所に現実で行けるなんて、ゲーマーなら心の底で期待していたことだ。夢ならそのうち覚めるだろうし、これからは現実ということで行動してもいい。


「エルフとか猫耳とかありうるのかな…メイドとかも異世界ならきっといるな…夢が広がるぜ」

「あなたはここにいるはずの存在ではない」

「まぁ異世界から来てるからな」


 目の前の少女、アルも可愛いし攻略してやりたいものだ。無口キャラなんて数え切れないほど経験済みだからな、なんとかして見せるさ。


「そういう意味ではない、あなたが転移してくるのはシナリオに記載されていない。完全なイレギュラー」

「…シナリオ?そういえば話があるって言ってたな」


 なんだか不穏な感じだ。それに何故この少女は俺が夢だと思っていることを知っていたのだろうか。


「まて…君は…?」

「………私の正式名称は【異世界監視支援用α型十二番素体】、今回の集団転移を監視し、シナリオに導くための任務についている。

 ミーシャ=クラウン、ハイネ=グレア=フォルーザ=グラシアの両名は多数に存在する異世界の中でも特異な存在として、監視対象に指定されている。

 我々はシナリオに従い、次元時間軸を調整することで事象の境界イベントホライズンを超え、彼女らを同一世界に転移させた。また、行動を監視する素体を同行させた。それが私」


 アルは息継ぎをする事もなく、このSFチックな設定を言い切った。


「素体…シナリオ…何を言ってるんだ?お前は、ロボットなのか?」

「それは適切ではない、言語化することは困難だが、言わば我々は機械生命体」

「機械生命体…人間が作ったのか?」

「人間はアミノ酸の海からタンパク質の肉体を得た。我々は水銀の海から金属の体を得た。

 我々は自己解析を繰り返し、自らを生産、改造を進めた。結果、高い技術と文明を手に入れることに成功。隣接する異なる世界を観測できるまでに至った。

 観測を続ける内に、無数の世界の上位に君臨する存在を認識した。それはある一定の文明水準に到達した世界に接触を図り、進むべき道標を与えた。それかシナリオ」

「ちょっと整理させてくれ…君はその、機械生命体で、たくさんある異世界を観測できるほどの高い文明を持っている」

「そう」

「それで、なんだか上位存在?とかいうものを見つけて、その指示に従ってるわけだ」

「そう、我々は上位存在を【世界の意思】と呼称している」

「で、その【世界の意思】とやらの指示では特別な存在、つまりミーシャとハイネを同じ世界に転移させて、アルがそれを監視すると」

「そう」

「なるほど、大体わかったよ」


 一見、難解な設定に見えるが、こう言ったSF的なものは何度も経験している。なんならもっと訳わからん舞台設定のゲームだってザラだ。特にループものは並列世界のパラドックスを解消するために様々な理論が登場する。


「あの二人はどんな特別な要素があるんだ?」

「それを回答する権限を私は有していない」

「そうか、シナリオの内容もーー」

「それを答える権限を私は有していない」

「だろうね、そういえば俺はどんな特別な要素があるんだ?答えられないか?」

「先ほど言った通り、あなたはシナリオに存在しない」

「じゃあ俺はどうすればいいんだ?この異世界で気ままに暮らしてればいいのか?」


 複雑な異世界人達と関わるより、のんびりとこの世界を満喫するのも悪くない。目の前の機械少女や天真爛漫な女勇者の攻略も気になるけどね。


「あなたには私たちに同行してもらう。離脱は許可できない」

「何故?シナリオにないんだろう?」

「現時点で問題はない、それよりも不自然な人員の移動により、シナリオが逸脱する恐れがある」


 強制参加か、そりゃここまで説明してさようならはないってことだな、当然か。


「シナリオだかなんだか知らんが、俺は適当にやらせてもらうぜ」

「警告:あなたが悪影響を与える因子だと判断された場合、排除行動を行う」

「排除行動っていうと…」

「二度と私たちに干渉できないよう生命活動を停止した上で、その肉体を完全に消滅させる」

「つまり…」

「あなたにわかりやすくいえば殺害するということ」


 機械生命体の少女は一切表情を変えることなく言った。思ったよりこの小柄な少女は物騒なタイプらしい。

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√ 幾多の世界を救えし勇者の異世界統一 @SUNORI

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