第2話


「あ、また来た」

「これで四人目か、面白くなって来たね」

「………」

「ちょっと!寝てないで早く起きなさいよ!」


 なんだか騒がしい声が聞こえる。おかしいな、PCを付けっ放しで寝てしまったか?


「いつまで寝てるのよ!」

「ぐぉ!」


 横腹に衝撃が走り飛び起きる。目を開けると、三つの人影が傍に立っているのが見えた。いちばん手前にいる女が脚を振り抜いている。こいつ…蹴りやがったな。


「なんだよ!」

「おはよう!」

「わけわからん!誰だお前!俺の部屋で何してる!」

「あなたの部屋?ここが?」

「何言ってるんだ…んんん?」


 そこは木々の立ち込める広場だった。周りを見渡しても木しか見えない、確実に俺の部屋ではなかった。

 俺は間違いなく部屋の布団で寝た。転校生と姉を攻略してから自室で寝たはずだ。それにパジャマではなく制服を着ている。


「なるほどね、夢か」

「そんなわけないでしょ!馬鹿ね!」


 ふん、そんなこと言っても無駄だとも、夢の登場人物が夢だと認めるわけがないのだからな。

 余裕を持って目の前の女性を眺める。うん、女性というより少女、俺と同じくらいの年だな。金髪のポニーテールに蒼い目、中世の騎士風の衣装で腰から剣を下げている。少し前にやった異世界モノに出てきそうな格好だ。あんまり面白くなかったけど、夢に出るなんて結構記憶に残ってたみたいだな。


「おー、細部まで作り込まれてんな、それに可愛い」

「なっ、いきなり何言ってんの!まぁ当然だけどねっ!」

「おーおーわかりやすいタイプだな。メインヒロインだわこれ」

「メインヒロイン?…まぁいいわ!これで全員みたいだし、自己紹介しましょうか!」


 騎士風の少女が他の二人を振り返りながら、自信たっぷりに言った。

 一人は肌に張り付くような服…というよりSFやロボットアニメにでてきそうなぴっちりとしたスーツを着ている。非常に残念なことに男だ。俺の夢なんだから男はいらんだろ、気を使えよ全く。ずっと笑みを浮かべている気味の悪いやつだ。

 もう一人は小柄な少女…だな、白いフードを被っているが、見える横顔は間違いなく女の子だ。とても可愛らしい。何故か明後日の方向を見て微動だにしていない。不思議なやつだ。


「ミーシャ=クラウンよ!【百の勇者】【海原の騎士】【竜殺し】【救世の英雄】とか色んな風に呼ばれてたわ、よろしく!」

「おぉーすげぇ、二つ名だ」

「まぁね!あなたはなかなか見所がありそうねっ」


 ミーシャは嬉しそうに俺の肩を叩いた。なんというか凄まじい自信に満ち溢れているやつだ。まぁ嫌いじゃないけどね。


「次はあなたよ」

「フフフ、任せてくれ。僕はハイネ=グレア=フォルーザ=グラシアという。是非ハイネと呼んでくれたまえ」

「ハイネね、よろしく!」

「ええ、ミーシャさん、お美しい方に呼んでいただけて光栄です」

「ありがとう、次はーー」


 女勇者はニコリとして白いフードの少女を呼んだ。とても気品にあふれた笑い方だ。目を奪われてしまうよ。ハイネ?どうでもいい。


「………」

「どうしたの?名前は?」

「………OS-Unit model α12」

「おーえすゆにっともでるあるふぁとぅえるぶ?」

「…そう」

「ふーん、じゃあアルちゃんね!」


 おぉ…そういう感じできましたか、完全に機械とかそういう奴だわ。あの無表情で無口な感じも頷ける。無口キャラは必須だからな、うん。


「じゃあ最後」

「俺だな?よく聞いてくれた!俺の名前は伊集院ーー」

「イシューね、わかったわ、よろしく」

「えっ、ちょま」

「さて!早速行くわよ!」


 ミーシャは一仕事終えたかのように頷いている。かっこいい名字ランキング上位に食い込む名前を一蹴するとはな。下の名前も言わせないほどの勢いには脱帽するよ。


「俺の下の名前はーー」

「すまないねイシュー君、出発する前に我々がいるこの場所について話し合わないか?」

「なんだよ」


 ぴっちりスーツのキザ男、ハイネとかいう奴が割り込んでくる。何故こうもこいつらは俺の名前を遮るんだ。


「実は恥ずかしながら異世界に移動するのは初めてなんだ。次元断層を超える実験には成功したようだが、今後どのように動くべきか方針を決めておきたい」

「異世界?何言ってんだよ」

「あら、そうだったの?てっきり私と同じで幾つか渡ってきたのかと思っていたわ。

 大丈夫よ!私に任せなさい!」

「それは素晴らしい!歩きながらいろいろ聞かせていただけますか?」

「いいわよっ、まずは第一に仲間と行動することが大事ねーー」


 二人は話しながらずんずんと歩きはじめた。その後を音もなく無口な少女、OSなんたらα--アルちゃんが追っている。

 置いてきぼり感がある。仕方ない、付いて行くとしよう。


「………」

「えーっとアルちゃん?」

「………」

「君、フードで隠れてるけど白い綺麗な髪をしてるよね」

「………」


 前の二人は熱心に話しながら、迷うことなく進んでいる。道らしきものはないが、何か確信があるようだ。

 後ろにつく小柄な少女に話しかけてみるが、返答はない、壁と話す方がまだマシだった。



 何時間歩いてるだろうか、太陽は昇りもう真上にある。脚が酷く痛む、疲労感がリアルだ。

 驚くのは二人のペースは変わらないことに加えて、隣の少女もまた、息一つ切らしていないことだ。


「ちょっともう無理…」

「なによ、仕方ないわね、少し休みましょうか」


 ゼエゼエと荒い息を吐いて、目線を上げると呆れ顔のミーシャが立っていた。いつの間にか傍まで引き返してきたらしい。


「イシュー君、君はもう少し体力をつけた方がいいよ」

「そうよ、ヘタレね!」

「…あとどれくらい歩くんだよ、喉がカラカラだ」

「初めてきた場所でそんなのわかるわけないでしょ!食べ物も飲み物も現地調達しなきゃ、小川でもあるといいんだけど」


 脱水症状で倒れるぞ、俺がな。

 とはいえ流石のミーシャも額を拭っているし、ハイネは涼しい顔をしているものの首筋には汗が流れている。なんともないのは小柄な少女だけだ。


「………水の音が聞こえる」

「え?本当に?」

「…あっち」


 その少女がまっすぐ指をさした。その動きはあまりに機械的で不自然なほどだ。


「うーん、私には聞こえないけど」

「僕も分からないな、耳はいい方だと思うだけどね」

「まぁいいわ!アルちゃんがそう言うならあっちに向かいましょう!

 いつまで休んでるの?さっさと出発するわよ!」

「まだ全然休んでないぞ…」


 ミーシャは元気に歩き始めた。二人も当然のように付き従っている。

 一人で残っても仕方ない、本当に水があるなら真っ先に飲みたいのは俺だからな、進むとしよう。


「川だわ!」

「やった、やったぜ」


 しばらく歩くと透き通るような小川が目の前に現れた。顔をつけて一心不乱に水を飲む。冷たくて美味すぎる。砂漠でオアシスを見つけた気分だ。


「ふぅ…」


 落ち着いて考えると、そのまま飲んで大丈夫だっただろうか。生水を飲んで腹を壊したくはないぞ。

 隣ではミーシャとハイネが川に手を入れて水をすくっている。上品ぶりやがって。


「アルちゃんは耳がいいのね!川を見つけたのは大きいわ。このまま下流に向かえば集落があるでしょう」

「なんでわかるんだよ」

「水があるところに文明が栄えるのは常識よ、それくらいも知らないの?」

「イシュー君、君はもう少し考えてからモノを言った方がいいよ」


 そういえば、歴史の授業でそんなことを言っていたかも知れないな。あとキザ男は便乗して俺を貶すのはやめろ。


「アルちゃん?飲まなくていいの?」

「………大丈夫」

「そう?ちゃんと水分は摂らないとだめだからね、さぁ出発しましょう!」


 行軍が始まった。四人の中で圧倒的に体力がないのは俺だということは間違いない。

 何度か休憩を要求して、その度にミーシャが文句を垂れるのを繰り返すうちに、ある村にたどり着いた。太陽は傾き、時刻は夕方ごろだった。

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