オートロックは犯罪の香り
@tanukids
オートロックは犯罪の香り
仕事が終わってアパートに帰ると、隣りの部屋で一人暮らししている女子高生が部屋の前で膝を抱えて座っている。確か一ヶ月前に上京してきたとか言っていたが、いろいろ面倒くさいこのご時世だ。関係ない、と自分に言い聞かせ、軽く会釈をして自分の部屋に逃げ込んだ。
「どうしたの?」
俺は缶コーヒーを差し出しながら彼女に話しかけた。彼女は少し戸惑いを見せている。そりゃそうだ。女子高生相手にブラック無糖をセレクトする俺に、そもそもこんな行動をしている俺に呆れるばかりである。
「えっと、その。部屋に鍵を閉じ込めちゃって。財布もケータイもないからどうしたらいいのか分からなくてそれで」
「……ベランダの窓、鍵空いてる?」
「え?空いてますけど、それが?」
「5分、いや10分だけ待って」
俺は彼女にそう言い残して部屋に駆けこんだ。とりあえず最低限なんとかしなければ。さっき脱ぎ捨てた下着やら、昨日来た彼女と使ったアハーンなグッズやらを押し入れにぶちこみ、ファブリーズの雨を降らせてから、俺は彼女のもとに舞い戻った。
「もし嫌じゃなかったら、俺の部屋のベランダから君の部屋に入るといいよ。俺、部屋の外で待ってるからさ」
「いいんですか?」
「困った時はお互い様さ」
「ありがとうございます!」
よっぽど不安だったのだろう。目を潤ませながら元気に返事した彼女は、待てから開放された犬のようにすっ飛んで行った。……さすがに靴は脱いでるよな。
彼女の部屋の方から鍵が開く音がして、ひょっこりと満面の笑顔が覗かせた。
「ホント助かりました!お礼も兼ねてウチでお茶でもしていきませんか?」
「いや、気持ちだけ頂いておくよ」
俺はそう言って自分の部屋に戻った。
―――「……何回目だと思ってるんだ。勘弁してくれよ」
「へへ、なんか前田さんがいるって思うと気が緩んじゃうんですよね」
初めて彼女を部屋に入れてから早や二年。あれから度々閉め出しを喰らっては、俺に泣きついてくるようになった。見てくれは垢抜けたのに、相変わらず防犯意識はど田舎のじっちゃんばっちゃんと変わらない。……俺のせいなのか?
「ほれ」
「お邪魔しまーす」
頭をかきむしりながら鍵を開けてやると、彼女は慣れた様子で部屋に入った。最近、えらく時間がかかるなと思いながら、いつも通りドアの前で待っていると、中からなにやら声がする。
「前田さーん!」
「どうした?」
「ちょっと来て下さい!はやく」
少し躊躇したものの、切迫詰まった彼女の声にけしかけられて、俺は自分の部屋に足を踏み入れた。
「窓の鍵なんでか閉めちゃってたみたいで」
見ると彼女は部屋の真ん中で突っ立っている。妙に余裕がある感じがなんだか気味が悪い。
「どうするんだ」
「どうしましょ」
「管理会社ももう閉まってる時間だしなあ」
「そうですねぇ」
「今日はどこかで一泊するしかないか」
「そうですねぇ」
「じゃあそういうことで、頑張れよ」
「そうですねぇ、じゃないですよ。泊めて下さいよ一泊くらい!」
彼女の背中を押して退室を促そうてしていた俺は舌打ちをした。
「ダメだ。友達を当たれ」
「どうしても?」
「どうしても」
「分かりました」
彼女はコクンと頷くと、大きく息を吸い込んでクルンと振り返った。
「きゃあーたすけてー彼女にフラれた腹いせに怪しいオジサンに襲われるー」
「ちょっ、バカっ」
俺は後ろから羽交い締めにして、右手で彼女の口を塞いだ。すると、彼女の右ポケットの辺りで左手に何か固いものが当たった。
「あ、もうこれほぼアウトですね。責任取って下さいよ」
俺ははっとして彼女から身を離す。冷静になって辺りを見回すと、あちこちと部屋のものが動いた形跡があることに気づいた。例えば、しまったはずの二人の思い出を飾った写真立て。俺はやっと、全てを悟った。
「……参ったよ」
「へへ」
皆さんに一つ忠告しておこう。こんなご時世だ。犯罪者になりたくないなら、戸締まりはしっかりと。
オートロックは犯罪の香り @tanukids
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