妖怪彼女と僕の日々
「ダボラゲぇっ! カスがっ!」
チンピラは聞き取れない悪態を吐いてレジカウンター越しに僕を突き飛ばした。
僕がそのお客さんに突き飛ばされたのを、たまたま来てた彼女に見られた。
勿論、普通の女子大生の姿の彼女だ。
チンピラが床に唾を吐き、店を出て行くと笑顔で手を振りながら彼女も店を出て行った。
……あ。やばい。
僕は店を飛び出して、人通りのない路地裏で一人と一匹に追いついた。
「ほろしたりは、ひないわよ」
「……まず吐き出せ」
***
「君はさ」
居間で寛ぐ夕飯の後の時間。
彼女に素朴な疑問。
「なんて種類の妖怪なんだ?」
「さあ」
彼女は録画したバラエティのCMを飛ばしながら答える。
「名前をつけて分類するのは、あなたがた人間の専売特許でしょ」
「僕がつけていいの?」
彼女は興味無さそうな表情で肩を竦める。
僕は少し考えてから言った。
「妖怪・べっぴん毛玉」
彼女は果てしなく微妙な顔をした。
***
「じゃ、私、授業があるので」
彼女に紹介された彼女の女友達は会釈して去っていった。
黒髪眼鏡の大人しそうな娘。
僕は疑問を口にする。
「今の子はさ、つまり……?」
彼女はふふっと笑う。
「どっちだと思う?」
全く見当がつかない。
「人間よ」
僕が困っていると彼女は軽いため息とともに呟いた。
「けど魔物っちゃ魔物なのよね。誰かの彼氏にばかり手を出すの」
***
バイトに疲れ、部屋に帰ると妖怪彼女が寝ていた。
毛むくじゃらの大きな塊の姿で寝息を立てている。
……なんか人をダメにするソファーっぽいな。
僕はシャワーを浴びて着替えると、人をダメにする妖怪に、ダメになるために体を預けた。
***
目を覚ますと床に枕で寝ていた。
あれ?確か毛玉状態の妖怪彼女に寄っ掛かって……。
「おはよ」
と、洗濯物を畳んでくれながら人間モードの彼女。
「次からね」
「うん」
「起こしてくれる? あなたの前ではなるべくヒトでいたいの」
「分かった」
……僕が寝た時は人型だったよ?って言おう。
***
バイトの夜勤から帰るとまた妖怪彼女が大きな毛玉となって居間で寝ていた。
ごめんな。生活時間がずれちゃって。
シャワーを浴びて着替えるとまた妖怪彼女に寄っ掛かって寝ようとした。
「こ〜ら〜」
ドスの聞いた彼女の声。
「起こせってゆったでしょ〜」
……うわ。今までで一番妖怪っぽい。
***
彼女と一緒に、なんとなくテレビを観る。
番組は、怪談・心霊現象な奴。
「まあ、本物の妖怪の君からしたらこんなの学芸会だよな」
「あ、当たり前よ」
トイレに立とうとすると腕に何か巻き付いた。
彼女の髪の毛だった。
***
テレビが流行りの妖怪アニメを映し始めた。人間の主人公が、コミカルな妖怪達と友達になる、という話。
「こうやって、妖怪と人間がみんな友達になれるといいね」
と、僕。
「ならないわ」
と、彼女。
「フィクションの中で何度も世界は滅んだけれど--」
彼女は寂しげに溜息を吐いた。
「--実際はどう?」
「人間と妖怪も友達になれるさ」
無言の彼女。僕は続けた。
「いつか必ず、世界が滅びるのと同じように。君はきっとその未来を見ることが出来る。その時僕は滅んでるだろうけど」
彼女は何か言いかけて口を開いたが、それを止めたような様子で、少し笑った。
「あなたに見せてあげる」
彼女は僕の隣に座る。すごく近くに。肩と肩が触れ、彼女の髪の毛が甘く香った。
「まずは、恋人になった妖怪がどんなかをね」
顔が近付く。
お互いの瞳が、お互いを写す。
抱き締める身体。
重ねる唇。
だけど僕は、場違いにムフ、と笑ってしまった。
「妖怪とキスしてる自分を笑ったの?」
不満げな彼女。
「違うよ。さっきのパスタのバジリコの味がして」
彼女は僕から身体を起こして離れると立ち上がった。
「歯、磨いてくる」
「別にいいのに」
好きだよ。ヒトの君も。妖怪の君も。バジリコも。
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