第惨話

「愚者」THE FOOL

「魔女よ、独逸ドイツにて『ニーベルンゲンの歌』を蔵書せしゆえ、照覧あれ」


「あら、本当ですね…北欧ゲルマン神話の研究に役立ちます! 長政ながまさ様、ありがとう御座います^^」


「『三河守みかわのかみ』と呼び給え」


 これは、数年前の思い出。当時、日本列島は内戦の真っ只中にあった。


「…ほしみくんのばか~っ! ぼくのゲームかえしてよ~っ!」


「バカっていったほうがバカなんだよ、バーカ!」


「ねえ二人とも、図書館では静かにしようよ…」


「「だまれ!! アララギくんはあっちいけっ!!」」


「…はいはい。兵庫ちゃんも、星見ちゃんも、喧嘩をしてはいけません。悪い子は闇夜、食屍鬼しょくしきに食べられちゃいますよ…」


「うわぁ! まじょのおねえちゃんだ! にげろ~!」


「おい! どこにいくんだよ?」


「あのおねえちゃん、おこるとつよくて、からをうってくるんだよ!」


「マジかよ? じゃ、オレもにげよう!」


「いえ、別にそんな事は…」


「「ダレカタスケテー!!」」


「はぁ…大丈夫ですか、訓ちゃん?」


「すいません。うちの馬鹿二人が、御迷惑をお掛け致しました…ところで、今さっき話していた『食屍鬼』って何ですか?」


「あ、はい。古来より、アラビアに語り伝えられている魔物で、その名の通り、人間を食べてしまう恐ろしい鬼です。向こうでは『』または『クトゥルブ』などと呼ばれております。シャイターン、サタンの悪魔が、天使の流星で撃ち落とされた時に、誕生したと言われ…そうそう、、力を取り戻し復活してしまう…なんて話も御座いますね」


「それは面白そうですね…実在するなら、この目で確かめて見たい」


「ええ…シャイターンは人間に化ける事もでき、最大の武器は、特に伝染病を流行らせる事だとか…きっと彼らも星の如く、うたわれて来たのでしょう。三河守様、イスラム世界の神話に関する図書を…」


「姉様、お客さんが来たよ!」


「お世話になってます、伊豆守いずのかみさん」


「あら、天満ちゃんに念々佳ねねかちゃん、こんにちは^^」


Isay! ラブニコ日和、です!」


「…本日は、如何なる書物をお探しですか?」


「えっとですね…その前に、先日お借りした『ギルガメシュ叙事詩』を返却しようと思いまして…」


「ああ、はい。舞台は都市国家ウルク遺跡ですが、『旧約聖書』にも見られる洪水説話など、興味深いですね…しかし、かくも早くお返しに来られるとは、何か至急の御予定でも?」


「いえ、特には…」


「お姉ちゃんの眼は、あざむけませんよ? あなたの心は今、血塗られし世界を見据えている…違いますか?」


「こ…心を読まれてるニコ! やっぱりこの人、『スペックホルダー』ニコ!」


「ちっ、バレたか…一時は大宰府まで押し返されていた九州の連合軍が、再び下関への上陸を開始したというニュースは、御存知ですよね?」


「ええ…私達の教会も、和睦の仲介に参じております」


「下関陥落後、山口への総攻撃が予定されていますが、その空爆作戦に、あたし達が出陣する事になりました」


「…あなた方は、戦場へと赴くには、あまりにも若過ぎます」


「自分が未熟である事は、あたしも良く分かっています。でも…」


「私も止めたんですが、『戦わなきゃ、分からない事がある』とか言って、譲らないニコ…」


 「地元の優しいお姉ちゃん」(後には「帝國最後の魔女」)として知られる十三宮とさみやひじりが、最若の少年兵候補と話している間、司書学芸員の津島つしま三河守みかわのかみ長政ながまさは、何かを思案していた。


「…津島様、どうしたんですか?」


「食屍鬼と言わば、我が国にきても、陸奥みちのく等に出没せし『人喰い族』の伝承がる故、無縁とは思えぬ」


「奥州の、人喰い族…彼らは一体、何者なのでしょうか?」


「戊辰の役を絶頂とする明治維新に際し、『賊軍』と呼ばれし者を始め、環境の急激なる変化に適応出来ぬ武士達が、数多く時代より落伍した。の中には、闘争を求め文明を棄て去り、『』に還らんと望む者さえ居た。『』よりも『』たらんとした彼は、やがて生存のためならば眷属けんぞくの血肉さえも食す野性を得るに至った。そして、其の末裔まつえいこそが…」


「つまり…幕藩が滅んで居場所を失い、歴史から取り残され、消え去る道を選んだ、名もなき武士…彼らの成れの果てが、人喰い族って事ですか?」


「飽くまで一説…否、語りに過ぎぬ。人喰い族は元来、極めて猟奇的なる形質を持つが、ことに二十年前の隕石爾来じらい、其の能力を大幅に強化せしめたともう。彼奴あやつ等の遺伝子を改造すれば、人がその分身を創り、あるいはせしめるが如き所業もまた、不可には非ず…」


「そ…そんな事が、本当に…?」


 今となっては後知恵だが、「」と云う「一撃信仰」は、第二・第三のダメージを与えると、彼らの遺伝子が空中に拡散し、更なる感染者を生み出してしまう…という意味ではなかったのか? そして、津島三河の言う「人喰い族」の存在、小惑星の破片(何らかの物質・エネルギーが含まれていたと思われる)が「彼ら」に与えた影響、更には生物兵器として軍事利用される可能性を、私達はもっと早く、真剣に想定するべきであったと、後に思い知らされる事になる。それに気付いた時には、もう手遅れだったのかも知れないが…。


  第惨話「愚者」THE FOOL


「…ちゃん! 起きて下さいっ!」


 ここは…そうか、さっきのは夢…か。「グール」やら「人喰い族」やら、随分と疲れる夢を見てしまったものだ。大森貝塚にある、私達の自宅。いや、別に「貝塚の地層に住んでいる」とかそういう意味ではなく、ただ住所に遺跡の名称が含まれているだけだ、多分…。


「おはよう、姉さん。昨夜は、姉さんと津島様が『食屍鬼』の話をしていたのを夢で思い出して、無駄に疲れたよ…そう言えば、あの時に見掛けた少年兵…確か天満さん達だっけ? あの子達、今頃は元気に生きているのかな? もう、何年か経つと思うけど…」


「あら、奇遇ですね…天満ちゃんも、皆様は元気に戦ってらっしゃいますよ。殊に御台場は、敵方の猛攻にさらされております。それから、この家は現在、食人種の大群に包囲されております…」


「…あ?」


めぐみ入谷いりや様が、大森山王の食人種を迎え撃っておりますが、そう長くは持ちこたえられないでしょう…私達は、大森駅から平和島に向かい、東京湾の同盟軍と合流致します。電気などはほとんど止まっておりますので、急いで下さい!」


「分かった…って、ちょっと待って。停電しているって事は、鉄道も使えないんじゃ…?」


「駅の制御と電線にを放ち、誤作動で列車を走らせます。あとは、最近話題の『』でどうにかします!」


「それで、どうにかなるような問題なのだろうか…?」


「はぁ…疲れた、敵さんの数が多過ぎるよ!」


「脱出するぞ! 急ぐのだ!」


「さあ、早く!」


「りょ…了解!」



「…あっ、また味方が堕ちた! ランサーfourとアーチャーfiveが撃墜されました! 残る味方は、私を入れても5機しか居ないよ…」


「いいえ、あと4機よ。たった今、バーサーカーelevenも殺られたから…」


「どうしよう念々佳? 私達、追い詰められてるよ!」


「諦めちゃ駄目よ、莓。すぐに援軍が到着するわ! それに、私達なら絶対勝てる。敵が何者でも、美保と長門には指一本触れさせない! それでも掛かって来るならば、この禅定門を撃ち抜いて逝きなさい!」


 あの数年前、未熟にして最若の少年兵でしかなかった禅定門ぜんじょうもん念々佳ねねかは、今となっては立派な空軍将校に昇格し、新たに出逢った神奈川かながわ雅楽うたいちご黒沢くろさわ俄勝がしょう大姉だいし蓬艾よもぎと並んで、ポタージュ中隊に不可欠なパイロットと成っていた。


 間もなくレーダーに、味方色の新たな反応が表示された。これは即ち、援軍の到着を意味する。

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