第弐話

「隠者」THE HERMIT

  第弐話「隠者」THE HERMIT


「き…君は、蘭木あららぎ君…?」


「おう、誰かと思えばおしえじゃないか! 久し振りだな!」


「軽々しく呼ぶな、その名はとうに捨てた。今は『無敎』だ」


「改名したのかよ(笑)つーか、生きてたなら一言メールしてくれれば良かったのに」


「前の戦争で『2次元に撤退する!』とか言って、失踪したままだと思ってたよ」


「神は真理を、決して簡単に教えなどしない。それは実に、飽くなき観測を行う者にこそ、与えられる」


「言動が厨二電波なのは、相変わらずだな…」


「君達の浅薄短慮を忘却した事は、一度もない。知は力を、無智は死をもたらす。先刻の如く」


「日本語でおk」


「…まあ、助けてくれた事には礼を言う。それで、このゾンビみたいな奴は、一体何だったんだ?」


 斎宮星見は、足下の首無し死体に目をりながら、かつては自分と生田兵庫の旧友「蘭木訓」であり、今は「塔樹あららぎ無敎むきょう」と称して、二人の眼前にあらわれた者に尋ねた。無敎は、表情を変えずに応じる。


「zombieとは、西アフリカ及びカリブ海ハイチ島などで信仰されている、蛇神の御名みな。そしてCaribは、イスパニア語ではCanibと発音され、食人の語源でもある…と、先日から聴いた」


「そうなんだ…で、今の日本はどうなの?」


「正体は未だ不明だが、少なくとも『』である事は確かだ」


「でも、こいつは間違いなく、俺達と同じ部隊に所属していた…つまり、元は普通の人間だったんだ!」


「可能性の域を出ないが、恐らく、かのミサイルに仕込まれていたのだろう。ヒトを食人種に変異させる、が…」


「例えば、人間をゾンビ化させるウイルスとか?」


「『生物兵器』ってやつか…まさか、モノホンと戦う羽目になるとはな…でもさ、外見は人間だ。あれを撃ち殺すのは、正直つらい…」


「惑わされてはならん。奴らは、だ。らなければ、喰われる…ここは宴だ、地獄のな。敵の前では、優しさすらも、罪を犯し得る」


「面倒な事になったなぁ…で、こちらの御遺体はどうするの?」


「亡骸を放置すりゃ、変なのが伝染するリスクがあるだろう。それに、如何いかんせんこんな事態だから、一定時間経ったら復活…なんて事もありそうだ」


「心臓を撃ち抜いた上、が良かろう。確実だ」


 脳死・臓器移植などの生命倫理を議論する時、私達は「ヒトのあたま心臓こころ、どちらが人命の『本体』か?」みたいな事を考えさせられるが、よもやこんな場所で「死の定義」と向き合う羽目になるとは、士官学院では想像にも及ばなかった。後始末を済ませ、ようやく水分補給の機会を得たわけだが、既に次の試練が、早くも待ち構えている。


「あぁ^~! ただの海洋深層水がこんなに美味いなんて、生まれて初めてだ(笑)」


「はぁ…疲れた」


「気を抜くな、未だ道程は長い」


「時計も止まってるし、何日気絶してたか分かんないけど、少なくとも丸一日以上、何も飲み食いしてないんだ…疲れて当然だろ? 餓死してないのが、不思議なくらいさ」


「自販機飲み放題は嬉しいけど、それとは別に、お腹いたよ…」


「如何にも、それこそが次の攻撃目標だ」


「攻撃目標?」


「呑川を渡河した対岸に、所謂いわゆるコンビニがある。その意味は、言わずとも分かるな?」


「そこに行けば、当分の生活必需品は、全て揃うって事か!」


「然り。、金さえも要らん。但し…」


「但し?」


「店員や客が感染していた場合、店内は食人種の巣窟と化している可能性が高い」


「うわぁ…」


「また、我々以外の生存者達も、各々チームを組み、食料等を必死に探しているだろう。万一、がらの悪いグループと遭遇した場合、武力での争奪戦となる事も否定できまい」


「人間同士とゾンビの三つ巴、マジかよ…」


「そこでだ諸君、武器は使えるか?」


「僕達だって、ちゃんと標準装備は持ってるよ。ブレードやグレネードもある。ただ、心配なのは…」


「軽武装での任務だったから、持って来た弾薬は最小限だ。俺の『電戟でんげきラケット』も、ミサイル爆発の衝撃波で、どこかバグってるかも知れない」


「君達の事だから、そうだろうと思っていたよ。これを使いたまえ。多めに確保して良かった」


 そう言って塔樹無敎は、見慣れぬ形状の銃器を取り出し、二人に手渡した。先程、食人種の頭蓋骨を粉砕した物である。


「これは何の限定アイテムだ? 訓、お前って奴は、相変わらず変なグッズを買い集めて…」


「左フレミング法則に基づく、レールガンだ。火薬ではなく、電磁力electric forceを加速原理に用いているから、充分にチャージすれば、光に近い超高速で発射できる。此度こたびの如く、確実に貫通させ、一撃で仕留めるべき敵に対しては、最適だ」


「これが? リニア電動機みたいな物か」


「あ…蘭木君、凄いじゃないか! 一体どこで、こんな『秘密道具』を?」


「元来は、地球に落下する小惑星・隕石を迎撃する兵器、所謂『対小惑星隕石砲』に使われていた技術だが、2次元をハッキングした時に、その設計図データを入手した。理論上は小型化できるはずだと思って、指揮下の『ミリオン シスターズ』に試作させた成果だ。地下シェルターに保管して置いたから、先日のパルスによる影響も無視できる」


 なるほど、これが「バーチャル アララギ」などと称された無敎の本気か。かくして武装を整えた一行は、呑川を渡り、くだんの店舗前に到着した。


「ここだな…」


 停電によってライトは消え、自動ドアも閉じたままであるため、ここからでは、暗い店内を充分には確認できない。しかし、明らかに不吉な気配を感じる。そして、扉が防弾ガラスでない以上、誰かが撃てば、全てが始まる。


「構えろ」


「は…はいっ!」


「再度言うが、弾道の射線…即ち力の作用方向は、電流と磁場の向きに規定される。ターゲットをロックオンしたら、後はタイミングだ。それさえ過誤しなければ、勝てる」


「了解、任せろ!」


「…撃ち方、始め!」


 電流加速によって放たれた射撃が、次々とガラスを破砕し、街の小さな城砦じょうさいは、またたく間に丸裸となった。生田兵庫・斎宮星見・塔樹無敎が見据えた先には、禍々まがまがしくうごめく人影の姿。それは人の身にして、人ならざる化物。直立二足歩行が、「ヒト」の定義から乖離し始めた日。時、と成る…。

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