Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変―

スライダーの会

Planet Blue geographia

第壹話

「バベルの塔」THE TOWER

Planet Blue geographia

Aprikosen Hamlet

―もう一度、キミとつながる?ラノベADV!―


 あの小惑星が地球に衝突してから、三十年近くの歳月が過ぎようとしている。如何いかなる流星群よりも美しく、そして恐ろしくえた、星々の暴風雨。各地に隕石クレーターという名の傷痕を遺し、数多あまたの生命を殺し尽くし、少なくない国々を崩壊せしめた「石の魔女」。その混乱の中で、水素爆弾や弾道ミサイルなどの大量破壊兵器が流出・拡散し、軍事独裁政権やテロリストの手に渡る事態が懸念された。辛うじて生き残った私達は、来たるべき21世紀が、第三次世界大戦…いや、もっと深刻な「」の時代に突入するのではないか…と戦慄した。だがしかし、その後の歴史は、意外な事に、最悪の想定よりかは、楽観的な方向へと進んだ。


「…余談ですが、貝塚は単なる廃棄場ではなく、食糧や道具を感謝して神の世に送るという、宗教的な空間でもあったと考えられています。また、大森貝塚を発掘したEモース教授は、埋葬された遺体が人骨として発見された事から、縄文時代にがあったのではないかとの説を提唱しました…って生田君、何か質問ですか?」


「明日の夜間演習、延期する事はできますか?」


「別に構わないが、何か急用でも?」


「実は親戚から、アイドルアニメの解散ライブに来い!と脅迫されていまして…」


「は? 『アニメ』で『アイドル』? 一体どっちだよ?」


「いや、それが…話すと長くなるから言わないけど、『んだよ。確か、神戸のタイムラインにも写ってた」


「何だそれ? 意味が分かんねぇよ」


「まさかとは思うけど…それって、もしかして…」


 小惑星の悪夢から立ち上がらんとした先人達は、死に掛けていた文明を再建し、次世代の者達を懸命に守り抜いた。そうして生まれ育った私達の多くは、平日には学校・塾から帰ったお茶の間でアニメに瞳を輝かせ、休日をひたすらゲームで潰し、ような漫画light小説novelで読書感想文を済ませる、そんな若者文化を自明に受け入れながら成長した。驚くべき事に、それらの中に描かれていた「未来」は、この現実世界において、既に実現しつつある。映像の中に居るパートナーとの恋愛、異次元の舞台を生放送liveする尊き偶像idol、シミュレーションとリアルを一体化したバーチャル技術。そして、それらを支えるために、今この瞬間も原子核や太陽光から生み出され続けている、莫大な電気エネルギー。


 そう…滅亡の危機を経験し、それを繰り返してはならぬと決意した私達人類は、諸刃の科学技術を、破壊と戦争のためではなく、。いや…正確には、そうであって欲しいと願っていただけかも知れない。


「そう言えば星見君、バレンタインの予定は?」


「黙れ大允たいじょう、もう終わった話だよ。それよりさ、アプリのコラボイベントで期間限定配信されたこの、可愛くね?」


 最早もはや、神話と魔術の時代は終わり、人間と科学こそが全知全能だと過信する風潮は、日に日に強くなりつつある。戦争とやらも、今や作り話の中にしか存在しない出来事だと思っていた。そのはずだった。あのような形で、私達がもう一度、「世界の終わり」を目にしてしまうまでは…。


  第壹話「バベルの塔THE TOWER


 見渡す限りの埋立て地に、砲台と戦車が整列している。かつて「御台場おだいば」と呼ばれた東京湾要塞には、美保関みほのせき大宰少弐だざいのしょうに天満てんまを指揮官とする、大森軍管区第三中隊が駐屯していた。小惑星衝突後の内戦を乗り越えた日本帝国は、東京自由都市同盟を中心として、新政府「日本連邦」への統一準備を進めていた。但し、東京湾では中央防波堤などの国境線をめぐって、同盟内部での領土紛争が発生しており、平和島の同盟軍司令部は、美保関らに哨戒任務を命じたのである。


「みっほみっほみ~www」


「あ゛ぁ゛っ!?」


「…俺が悪かった、何でもするので赦して文殊」


 第三中隊のエリートとして知られる美保関天満は、先の戦争で活躍した英雄の一人である。御台場の決戦においては、自らが初号機を操縦する「ポタージュ スープ中隊」を率いて出撃し、智謀を以て敵軍を全滅させ、「戦場の文殊菩薩」と呼ばれた。また、その戦績をたたえられ、若くして「大宰少弐」という官名称号を授けられた。


 そして、当時この軍神と死闘を繰り広げ、今は戦友として無二の親友に成ったのが、彼女の隣に居る﨔木けやき長門守ながとのかみ夜慧やえである。数年前、瀬戸内海を血に染めた泥沼戦争で故郷を焼かれ、炎上する中國地方から間一髪で脱出した。その後、名前を変え、本心を偽りながら放浪を続け、復讐の機会をうかがっていたが、果たして迎えた御台場決戦において、怨敵である美保関天満との再戦の末に和解し、彼女と共に戦う事を決意して、現在に至っている。


「…で、何があったの?」


「長距離ミサイル、飛んでM@STER!」


「どうしてもっと早く報告しないのよ! 大勢の人命に関わる事でしょ!」


「あ、ミサイルって死ぬんだ。ちょっと怪我するくらいだと思ってたw」


「あんた馬鹿ぁ? 至急、迎撃システムを展開して! 民間人の退避も!」


「はいはい、軌道計算…あ、解析が間に合わないって。これじゃ、迎撃も無理だな。詰んだw」


「はぁ…仕方ないわね。あたしが自分で撃ち墜として来るから、ロックキー解除して!」


「ちょっと美保、正気? いくらお前でも、今から一人でミサイルを堕天おとすなんて、無茶だ!」


「…確かに、答えは見付からないかも知れない」


「は?」


「でもね、諦めない限り、道は心に照らされるはずよ。それがこの世界だって事を、かつてあたしに教えてくれた文豪が居た。そして、それを命懸けで証明してくれた戦友も居る…そう、あたしの眼前にね!」


「天満…」


「大森軍管区第三中隊ポタージュ初号機、離陸準備完了。美保関大宰少弐天満、出撃します!」


 昨日まで、いや…数刻前まで平和の象徴だった青空に、歴戦の英雄が再び飛び立って行く。迫り来る飛翔体、迎え撃つ飛行機雲。﨔木夜慧はただ、それを見届ける事しかできない。だが、次に為すべき事は、既に心のほむらを灯していた。


「…もう二度と、奪わせない。決して、失わない。俺が俺自身である限り…未来も、運命も、何もかも…! さてと、俺も出撃だな」


 メシア歴2018年2月13日、火曜日。日本列島の上空において、巨大な電磁波が観測されたのは、その直後の瞬間である。それは光であり、次いで爆発音であった。そして…。



「…まきちゃんの、太もも…」


 第三中隊が東京湾に派遣されている間、長栄山本門寺に拠点を置く大森軍管区第四中隊は、池上町周辺での任務に従事していた。もっとも、その「作戦」の内実は、バレンタイン聖日に伴う商店街での暴動対策であって、飽くまで平和の延長線上に過ぎなかった。


「…ん? 何だよ…?」


 この第四中隊を率いる生田いくた兵庫大允ひょうごのたいじょう斎宮さいぐう星見ほしみは、はっきり言って、自分達の待遇に不満を抱いていた。どうせ「お祭り騒ぎ」するならば、せめてクリスマスの渋谷・新宿・池袋とかで(物理)したかったし、そのような目標にして理想があったからこそ、日々の過酷な訓練・演習を乗り越えて来られたのである。その帰結が、地味な地元での、暇な警備係に終わるとは、今までの努力は一体何だったのか?と言わざるを得ない。しかし、そんな愚痴も長くは続かない…。


「…どうなってんだよ、これは? おい大允、起きろ!」


「何だよ? 騒がしいな…あ~、良く寝た」


「どうして…どうして俺達は、こんな所で寝ていたんだ? 暇とはいえ、あれでも任務中だろう? それに、ほかの奴らはどこに行った?」


 斎宮星見が冷静に異変を分析する一方、夢の中で推しのアイドルとをしていた生田兵庫も、ようやく意識が現実にログインして来た。


「…あ、本当だ。僕達しか居ない…もしかして、置いて行かれたんじゃない? とりあえず、司令部に連絡を…」


「駄目だ、無線がつながらない…え、圏外? ふざけんなよ、そんな馬鹿な…!」


「あっ、僕のもだ。電話もインターネットも使えない…って言うか、電源が入らない」


「これじゃ、期間限定ガチャも引けないな。あれ確か、今日までだった気が…」


「これじゃ、国鉄の時刻表アプリも開けないよ」


「…」


「…」


「「ちーがーうーだーろー!!」」


「一体、何があったんだ? 大允、思い出せ! 俺達は昨日まで、何をしていた?」


「…何だろう? 思い出そうとすると、頭が痛い…あ、そう言えば…」


「何だ? 早く言え!」


「…えっと、確か…赤くて、うるさくて、熱くて…そうだ、爆発だ! 空で何かが光ったんだよ! で、それを見た僕達は…」


「…ああ、俺も何となく思い出した。つまり、何かが上空で爆発して、その時の磁場か何かで、電子機器がぶっ壊れたわけか。で、ついでに俺達も気絶したと…でもさ、人間が意識を失うって、相当だろ?」


「爆発したのは、やっぱり弾道ミサイルかな? だとすると、日本にそんな物を撃って来る国と言えば…」


「だけど、それならアラートが反応するはずだ。前の戦争で、この国の防空システムがダメージを喰らったとはいえ、レーダーを全てかいくぐってミサイルを着弾させるなんて、アメリカでも無理だろ?」


 理解できかねる情況を、状況としてどうにか理解しようと試みる二人。現時点で分かっているのは、「バレンタイン作戦」の途上、ミサイルと思しき弾頭が上空で炸裂し、それに伴うにより、意識を失っていたという事。それも、恐らく数日間に及ぶ昏睡状態だったようだ。その間、通信などの電子機器が破壊され、最も不審なのは、第四中隊の仲間達が、忽然こつぜんと「蒸発」してしまったという事である。


「だとすると、僕達が真っ先にやらなきゃいけない事は…」


「食糧の確保、だな。特に水分。手持ちの非常食には限りがあるし、まさか呑川の水を飲むわけにはいかないからな…急がないと、タイムアウトだ」


 呑川は、大森・蒲田を南北に流れる河川で、平安時代に北部の支流を堰止めた洗足池は、日蓮・勝海舟・西郷隆盛ゆかりの名所でもある。人気ひとけがなく、あらゆる機械が動かず、時間が止まっているかの如く錯覚させる街並みだが、この河川だけは、静かに波を刻み続けている。そうして川沿いを警戒しながら進むと、次第に見慣れた景色が近付いて来た。


「あ…あれ、自販機じゃない?」


「本当だ。ああいうのは確か、災害用の非常電源が入ってるやつもあったはず。行って見ようぜ!」


「…待って、誰か人が居るよ!」


「良かった…俺達以外にも、生存者が居たようだな。それに、あの軍旗は第四中隊の物…つまり、味方だ」


 何も見出せなかった中、ようやく「味方」との合流を果たせたと思い、とりあえず安堵する二人。恐らく相手も、東京同盟軍の本隊から孤立し、不明と不安の狭間で、ここまで来たのだろう。そんな事を考えながら、声を掛けようとしたのだが…。


「あ…あの、こんにちは!」


「おはこんばんにちは。俺は、第四中隊の斎宮星見です。こいつは、ダチの生田大允です。あなたも、俺達と同じ部隊ですよね?」


「僕達も、気付いたら仲間と離れ離れで、通信もできずに、困ってたんです」


「この自販機、停電でも使えるタイプですよね? 俺達も、ここで補給したいのですが…」


 何かがおかしい。は確かに、自分達の存在に気付いているが、一向に返事らしい返事をしない。ただ、一歩ずつこちらに近寄って来るだけだ。まるで、何か獣類のように…そして、それはどこかの映画で観た事があるような光景。二人は本能的に、異常を察した。


「…これって、もしかして…」


「い…いや、そんなはずは…」


 目前に居る「」が、その本性を二人に向けようとした、その瞬間の事だった。


「離れろ! そいつは最早、ヒトではない!」


「え?」


「この声は…!」


 刹那せつな、聞き覚えのない銃声がとどろき、「人でない人」の頭蓋骨が吹き飛ばされた。首から上を失った「」は、変色した血液を吹き飛ばしながら、地球の重力に従い、たおれた。そして、その背後にたたずんでいたのは…。

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