第7話
店を出て街をぶらついているとすっかり陽が傾いてしまい、なんだか先日けいと会った時の事を思い出す。駅前は会社帰りの社会人と、買い物に出かける主婦の姿が増えてにぎわいを見せている。
雑踏はまるで自分をすり抜けているように通り過ぎて行く。
駅前には円形のベンチがあり、待ち合わせと思しき人々がそこで腰を下ろして携帯電話をいじる姿が目立つ。その一角に僕も加わった。まだ少しだけ肌寒さを感じるので上着を着ているが、そろそろ必要なくなるかもしれない。街中にはコートやジャケットを着ていない人も随分多くなっていた。
色んな人が焦ったように歩き去っていく後姿は、随分と滑稽に見えた。でもそれは多分自分も同じだ。
なぜだかこの有給中に答えを出そうとしていた部分があった。久々にゆっくり出来る期間のはずなのに、ずっと心の奥底で何かに焦っていた。
歳を重ねれば重ねるほど幼さが自覚できる。
焦って何かをしようとするそれ自体が幼さだとするのであれば、やっぱりそうなのだろう。自分はまだまだ達観するには程遠いと言うわけだ。
駅の構内に目を向けていると、見慣れた姿が現れたので立ち上がる。前もって連絡は入れておいた。
「お迎えなんて珍しいね」
朋は心なしか嬉しそうだ。確かに、迎えに来たのなんて初めてかもしれない。
「何か急ぎの用だった?」
そうじゃない。何となく、顔を見たくなっただけだ。
「今朝見たばかりなのに?」
そう。今朝見たばかりなのに。
「そっか」
自然と浮かぶ自分の笑みが、随分と柔らかいものである事に気がついた。彼女と居ると色々と考えてしまう。それと同時に、酷くホッとしている自分も居る。
「スーパーでも寄ってく?」
そういえば夕飯の食材を買っていなかった。
「だと思いました」
春風に揺られながら、肩を並べて歩く。歩幅は少し僕の方が大きい。その分歩く速度を緩める。
話す時間はいくらでも持っていた。だから焦る必要はない。でも、どうしても一言だけ言っておきたい事があった。
「へっ? 何?」
僕がその言葉を述べると、朋がビックリして目を見開いた。一瞬言った事を後悔したが、何となく言っておかないといけない気がしたのだ。
「今更だね、随分と」
今更だが、人並みに言う時は神経を磨耗した。
「だろうね」
お互い何となく口を聞かなくなり、そのまま黙って歩いていると不意に手を握られた。朋は、口いっぱいに笑みを浮かべていて、まるでそれは悪戯した子供みたいだった。
悩んでいる事は色々とある。彼女がどう思っているのかも、分からない事だらけだ。
だけどこれから少しずつ、ゆっくりと話していければ良いんじゃないだろうか。一生かけてでも。あの店長さんが言ったように。
「それじゃあ、これからもよろしくね」
はにかむ笑顔に自然と釣られ口が笑い、僕は「もちろん」とだけ返した。
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