第二章 ただ、生きていたいから。

第1話

 何で生きているのだろう。

 時々そう呟く。答えなんて求めていない。呟く事で満たされるからだ。


 当たり前の風景が異質な物に感じられる瞬間は、ふとしたときに訪れる。

 いつもと同じ様に過ごして、いつもと同じ光景を見ているはずなのに、何故自分がここにいるのか、そもそも自分は誰なのか、まるで分からなくなる。

 傍から見たら幸福な状況であるにもかかわらず、まるで幸福感を得る事が出来ない。そんな時、ある感情が胸中に渦巻く。


 何で生きているのだろう?


 それは、一体誰に問うているのか。自分でも分からない。


 何で生きているのだろう?




「あ、起きた?」


 寝ぼけた僕の顔に声を掛けてきた女性を見て、誰だと一瞬思考が交錯する。


「ごめん。勝手に台所借りてるね。朝ごはん作ってるの」


 朝と言われて何気なく時計に目をやる。七時半。そうか、昨日は結局うちに泊まったのか。記憶が何となくハッキリして来る。ああ、一緒のベッドで寝たじゃないか。肌を重ねた。覚えていないほうがどうかしている。


 僕は彼女と一緒に飲んだ。彼女は下戸で、チューハイを一缶空けないうちに顔を赤くし、僕に寄り添ってきた。僕らにとってはそれが当たり前の行為だったから、まるで抵抗はなかった。そして疲れて二人とも寝てしまった。


「まだ眠いなら、シャワー浴びて来たら?」


 頷いてタオルを手に風呂場に入る。僕が住んでいるのは風呂とトイレがちゃんと分離されており脱衣所もあるワンルームマンションだ。

 シャワーを捻るとお湯が出るまでに少し時間がかかる。前もってお湯を流しておき、その間に衣服を脱ぎだすのが通例だ。


「そういえば今日、休みだよね」


 だから昨日飲んだ。そして彼女も休みだったはずだ。


「じゃあご飯食べたら出かけよっか。私も休みだし」


 僕は溜まった有給を消化させられていて、彼女は昨年末に重なった休日出勤の振り替え休暇が閑散期となっている今にあてがわれている。


「遠出は疲れるよね。じゃあ散歩でもしない?」


 散歩? この時期にわざわざ? 春が近いとは言え、まだ外は肌寒い。


「まぁいいからいいから。昨日一緒に飲んであげたじゃん」


 そう言われると弱い。僕は頭を掻いて風呂の扉を閉めた。

 ザッと頭からお湯を浴びる。重たいまぶたは途端に軽くなった。


 朝にまぶたが重たく感じるのは、水分が足りていなくてくっついているだけらしい。ネットで読んだどうでも良い知識が無意味に思い起こされる。

 このシャワーが終われば、上機嫌の彼女が朝食を用意して待ってくれている。

 恋人でもない。友達と呼ぶには近すぎる距離感だ。夜は営むし、一緒に酒も飲む。こうして休みの日は出かけたりもする。


 それが僕、幾田すすむと笹山朋の関係だった。

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