第15話 過去の出来事その2

 美女の名前は、ヒルデガードと言った。デュアルが現在の状況を説明している間、ヒルダは、下着にも似た露出の多い服装のまま床に胡坐をかき、頬杖をしながら、真剣に説明を聞いて居た。デュアルが一通り説明を終えると、ヒルダが口を開いた。

「えっと、つまり……私の姉があの親父と結婚して、生まれたのが貴方?」

ヒルダは、いまだに気を失ってうつ伏せに倒れているマックスとエリスを交互に指差す。

「はい、父からは、そう聞いています」

「それで、貴方は?」

今度は、デュアルの方を指差して、ヒルダは、そう聞いた。

「僕は、このマックス親子に拾われて、こんな所まで付いてきただけですよ」

「拾われたって?」

「ええ、道端で倒れていたそうです。これでも古代人と言う種族らしいのですが、記憶が無いので何とも言えませんね」

「貴方も記憶喪失? 姉さんも記憶を失って居た……。まあ、そう言う事もあるかもね。アレ、欠陥品だし」

ヒルダは、少し考え込んだが直ぐに開き直った様子で今まで自分が納まって居たスリープ装置を指差した。スリープ装置は、ただの冬眠装置である。極端に人間の新陳代謝を押さえ込み、長い時間を眠り続ける事が出来る装置。冷凍保存をして、眠るコールド・スリープとは、性質が異なるものだ。スリープ装置は、言わば冷凍しないスリープだけの装置であり、熊の冬眠をより最適化したシステムである。

「まさか、あの姉さんが結婚までして、娘まで居るなんて……」

ヒルダは、堅物だった姉の姿を思い出して、クスリと笑った。

「貴方達、失踪した姉さんの手掛かりを探しに来たのよね?」

「ええ」

ヒルダの問いにエリスが頷くと、ヒルダは、立ち上がって中央にあるコンソールへと向かった。

「一寸、待って居て。今、調べてあげる」

コンソールの前まで来ると、ヒルダは、悲鳴に似た声をあげた。

「誰よ!! 適当に弄り回したわね。設定が滅茶苦茶じゃない!!」

ヒルダは、コンソールの状態を確認すると適当に弄くりまわされた痕跡を見てそう悪態を付く。

「もう、設定を戻すだけでも大変よ」

ヒルダは、コンソールに向かって格闘を始めたが、暫くするとエリスの方へ顔を向けた。

「もう良いわよ。何でも聞いて頂戴」

「何でもですか?」

エリスは、不思議そうにそう問いかけた。

すると、ヒルダは、天井に向かって声を掛けて見せた。

「エル、これからする質問に答えて!」

「ハイ、マスター」

ヒルダの問いかけに何処とも無く聞こえて来たのは、女性の声だった。

その事に驚いて、エリスは、部屋の中を見渡したが自分達以外に誰も居ない事を確認すると安堵の溜息を吐く。

「そんなに驚かないで。ただの人工頭脳AIよ。実体の無い頭脳だけの存在」

「人工知能? 使い魔の様なモノですか?」

「あはは、まあ似たようなものよ」

ヒルダの説明にエリスは、釈然としないながらも納得した様子で頷いて見せた。

「エルに質問してみて。何でも答えてくれるから」

「そっそれじゃ。私の母さん、エレナの行方が知りたいの。何でも良いから、情報があれば教えて」

エリスは、何もない空間に向かってそう声を張り上げた。

すると、再びあの無機質な女性の声が何処からとも無く聞こえてきたのである。

「ピッ……私のデータベースにエレナと言う名前の人物は、登録されておりません」

返って来たエルの答えにヒルダは、左右に首を振る。

「駄目駄目。そんな質問の仕方じゃ。それと、エレナって誰?」

ヒルダは、少し首を傾げてエリスに尋ねる。




「そっかぁ。姉さん、記憶が無かったって言ってたわね。それで、エレナって名前を?」

「ええ」

エリスが頷くとヒルダは、エリスの正面に回りこみ、彼女の両肩を掴んだ。

「忘れないでいてあげてね。姉さんの本当の名前は、ルーテイシアって言うのよ」

「ルーテイシア?」

「そう、覚えて居てね」

ヒルダは、そう言ってニッコリと微笑んだ。

「エル、質問に答えて。姉さん、ルーテイシアは、何時目覚めたの?」

「ピッ……西暦6345年1月26日になります」

「それじゃ、ここを出て行ったのは、何時?」

「ピッ……西暦6345年4月13日、西暦6350年12月1日になります」

エルの答えを聞いたヒルダは、なるほどとばかりに少し考え込んだ。そして、突然コンソールのキーを叩きだす。

「64のF装備を持ち出しているわね」

ヒルダがそう呟いたところで、エリスが心配そうに声を掛けて来た。

「何か解かったの?」

エリスの言葉にヒルダは、首を左右に振る。

「解からない。でも、想像は、できるわ。おそらくね。姉さんは、古代人の記憶を取り戻して、気が付いてしまったのよ。古代人としての使命がある事にね」

「使命?」

「そう、私達古代人には、それぞれ与えられた役割ってのがあるの。姉さん、生真面目だから、それを見過ごせなかったんだわ。大人しく、生活してればよかったのにね」

そんなヒルダの説明を聞いて、エリスは、ぐらりと倒れそうになった。自分達家族を捨ててまで果たさないといけない使命っていったい何なんだろうとエリスは、少しばかりショックを受けたのだ。





「なら、その使命とやらを果たす為にかならず立ち寄る場所があるはずだ」

突然割り込むに聞こえて来た低い男性の声にそこに居た全員が声の主の方へ振り向いた。そこには、今まで気を失って倒れて居たマックスがようやく気が付いたようで、痛む腰を摩りながら歩いて居たのである。

「チッ……目を覚ましやがったな」

ヒルダがそう呟いて、のっそりとやって来るマックスを睨みつける。正直に言って、ヒルダのマックスへの第一印象は、最悪だった。それに自分の姉がこんな軽薄そうな男と結婚したなんて、いまだに信じられないで居たのだ。ヒルダの目の前にやって来たマックスが睨みつけている彼女に気付いて口を開いた。

「そんな顔で、俺を睨むんじゃねぇ」

「詳しい事情は、あの二人から聞いたわ。でもね、一つだけ納得できない事があるのよ」

「なんだ、それは?」

マックスは、訝しげにヒルダを見る。

「あの姉さんがあんたみたいなムサイ親父と結婚したって事よ」

「あん? 喧嘩売ってるのか!?」

ヒルダの言葉にマックスは、激昂して、彼女の目の前に詰め寄った。

「あら? 怒っちゃった? まあ、とりあえずよろしくね」

ヒルダは、一歩後ろに飛びのくと、左手を差し出して握手を求める。そんなヒルダの態度にマックスは、ヒルダの握手を無視して、フンとばかりにそっぽを向いた。ヒルダは、はらわたが煮え繰り返そうになったが、心を落ち着かせて、引き攣った笑顔を見せる。

「そんな事よりだ。古代人には、使命があるとか言っていたな?」

「ええ、でもね。どんな使命かは、貴方達に言っても理解できないと思うわ。そうね、簡単に言うと……世直し?……世界征服かな」

「ハッ、まったく理解しがたいな。そんな事より、その使命を果たす為に何をしようとするのか。解かるか?」

「まあ、普通は、その土地の権力者……王や皇帝に取り入って、侵略するように促すでしょうね」

「でしたら、王や皇帝に謁見をして行けば、いずれ出会える可能性があると?」

デュアルがヒルダとマックスの会話に割って入ると、ヒルダは、可笑しそうに笑みを浮かべた。

「その可能性が高いってだけよ。それに国王の様な身分の高い人物に謁見なんて、そう簡単に行くと思ってる?」

ヒルダのその問いにデュアルは、沈黙してしまう。しかし、マックスは、顔を上げて口を開いた。

「方法は、ある。だが、金が掛かる」

そんなマックスの言葉にエリス達が驚きの声をあげる。

「まさか、父さん。賄賂で取次いでもらうつもりなの?」

「世の中ってのは、金さえ在ればたいていの事は、出きるもんだ」

マックスは、それが当然であるとばかりに胸を張る。




「でも、どうするの? 賄賂なんて、渡すほどお金なんて無いわ」

ただの旅商人の一家にそんなお金を持ち合わせていないのは、当然であった。エリスには、家の財布を預かる身としては、とても気になる問題である。

「あては、あるんだ。金の事は、心配するな。俺に任せておけ」

マックスは、そう言ったがエリスは、心配でならなかった。マックスは、昔……盗賊の頭をやって居た。今は、足を洗って旅商人をやっているが、昔の盗賊時代に相当恨みをかって居たらしく。今でもマックスの命を狙いに来る人がたまに居るぐらいである。その事を考えると、エリスは、何時も頭が痛かった。そんなマックスが「お金の事は、心配するな」と言う。きっと、知人から、あくどい方法でお金をまきあげるつもりなのではと、エリスの脳裏を掠める。

「ねぇ、姉さんの行方探しに私もついて行くわ。聞きたい事があるのよ」

ヒルダが突然そんな事を言い出した。マックスは、とても嫌そうな顔で、ついて来るなとばかりに手ふる。

「ちょっと、何千年ぶりに目覚めたばかりで、世間知らずの美女をここに放置するつもり? 私を目覚めさせた責任は、とってもらうわ」

「何が責任だ。こっちは、そんな義理は、無い。俺達は、情報が欲しかっただけだ」

「ほんとに頭に来る奴ね!!」

「あん? やんのか? コラ!!」

マックスは、背中のバスターソードに手を掛けてヒルダを挑発する。

「はははっ。その喧嘩買ってヤルわ!! カカッテコイヤぁぁぁ!!!」

ヒルダは、マックスの挑発にのって、ファイティングポーズをとって見せる。そんな二人のやりとりを見て居たエリスは、溜息混じりにデュアルに頼みこむ。

「イヤイヤイヤ。無理無理無理。僕には、あの二人を止めるなんて無理です」

デュアルに頼み込むも拒否されたエリスは、おもむろに二人の間に割って入った。

「父さん!! どうして、ヒルダさんに意地悪するの!?」

「まあ、なんて言うかよ」

娘のエリスに叱られたマックスは、さっきまでの態度を一変させて低姿勢なった。

「ヒルダさんも気持ちは、解かるけど。父の事許してあげて」

エリスは、「ほら」っと言わんばかりにマックスの腰あたりを突いた。

「すっ……すまんかったな」

ぶっきらぼうに言うマックスの姿を見て、ヒルダは、脱力した感じで引き攣った笑顔見せた。

こうして、マックスの妻であり、エリスの母親、そして、ヒルダの姉でもあるエレナ、もといルーテイシアの行方を捜す旅にヒルダが加わる事になったのである。











 そして、5年後の現在。

世界を手に入れようとしているバルド帝国の城。その玉座の前で一人の麗しき女性がひざまづいて居た。目の前には、バルド帝国皇帝ラーが玉座に座り、肩肘をつきながら、女性を見下ろして居た。見た目は、20歳前半の青年。美しいワインレッドの瞳を持つこの青年こそ皇帝ラーである。

普段は、見た目の年齢を悟られない為に仮面を付けている事が多いが今は、それを外して素顔を見せて居た。皇帝ラーが帝位に就いたのは、今からおよそ300年ほど前。近年までは、近隣諸国との付き合いも良く、よき皇帝として善政を行って来た。しかし、最近になってバルド帝国は、

皇帝ラーの意志のもと他国の侵略を始め、戦争の炎を撒き散らして居た。世界の約半数以上の国を侵略して、その支配下に置いて居たがここに来て目の上のたんこぶのような壁にぶち当たって居たのである。それは、ムーン・ロストの街の存在である。

自然が作った城砦都市とも言える町並みにバルド帝国の兵を送り込む事に困難を極めていたからだ。バルド帝国が滅ぼした国の王族や貴族達がその街に逃げ込み、鉄壁の防御陣をひいているのも理由の一つだ。

「ひさしぶりであるな。ルーテイシアよ」

「陛下……」

ルーテイシアと呼ばれた美女は、ひざまづいたまま顔を上げる。ルーテイシアは、昔皇帝ラーの研究施設に忍び込み、ラファエルを助け出した後、暫く行方を眩ませて居た。そして、再び皇帝ラーの前にその姿を現したのである。

「過去の事には、目を瞑ろう。お前が再び我の前に現れた事の意味をくみ取る事とする。本日をもって、我につかえよ。我の右腕となって働くのだ」

「御意」

ルーテイシアは、立ち上がるとそのまま玉座の右側へと控えるように立ち並んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最果てのドラグーン @serai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ