第13話 握手
「ぎゃああああ」
私にのしかからんとした彩香が突然、悲鳴を上げた。首をおさえて、何か苦しそうに呻いている。
気が付けば周りに白装束を纏った死人たちが立っていた。何人いるんだろう。数えきれない。
あれは――もしかしてあの七夕の日に死んだ人たち?
そして彩香の首には、杉の木の枝から黒い髪の毛が垂れて幾重も巻き付いていた。
「ぐっぐえええええ」
ハサミを振り廻す彩香の首を、髪の毛は絡みとって離さない。やがて彩香の顔は紫から白に変じ、手はだらりと垂れてハサミを取り落とした。
髪の毛の主は杉の木の裏から現れた。
「華子……」
華子は白いワンピース姿で、変わらぬ笑顔をたたえて私に近づいてきた。
「美佳、ごめんね」
私はほっとしたのか何なのか、涙が溢れて止まらなくなった。それを華子の指が優しくすくう。その指が冷たい。
「今まで怖い思いさせたね。あの女の呪いから守るために、ちょくちょくお部屋をのぞかせてもらっていたの。でも、怖かったよね。こんな形でしか美佳を守れなくて、本当にごめん」
私はひとしきり泣いた後に、
「もう、華子は私に謝ってばっかりだね」
と微笑んだ。
華子も微笑み返してくれた。
やがて死人たちが何か一心に呪文を唱えだした。呪文のような、お経のようなものを。
「華子、私こそごめんね」
私はその中で華子に謝罪した。私こそ、華子の友情を疑った。華子は命がけで私を守ってくれ、また死したのちも救ってくれようとしたのに、私は憎悪すら彼女に抱いていた。
「本当にごめん……」
気が付けば私はまた泣いていた。華子がふふと声を漏らす。
「謝ってばっかりなんて、美佳らしくないよ。大丈夫。私のお守りが、美佳を守ってくれてよかった」
華子の笑顔は生前と変わらず温かで優しくて。
私の眼は涙を振りこぼすことをやめなかった。
「さあ、美佳。そろそろいきな。死人たちが騒ぎ出している」
「騒ぐって、どうして」
私が不思議そうにあたりを見回す。さっきまで遠巻きに見ていた死人たちが、近づいてきている。一歩、また一歩と。
私をも連れていこうとしているのだとは、すぐに察しがついた。
「華子、華子も一緒に……」
「私はもう、行けない」
そうして差し出す華子の指が、骨と化しているのを私は認めた。
「私はもう駄目だけど、美佳は生きているから、これから何があっても大丈夫よ」
「けど華子……」
「ほら、最後に握手しよ。友情の握手」
私がためらうと思ったのか、控えめに華子の腕が伸びる。骨だけの手。これでずっと私を守ってくれていたんだ――。
「華子、大好きだよ」
私は思い切り華子の身体を抱きしめた。華子の身体は細くて、温かだった。ありがとう、そんな思いを込めて、私は華子のぬくもりを忘れないように力いっぱい抱きしめた。華子の眼に涙が光る。
「さあ、もういきな美佳っ。戻ったら、もっと太りなさいよね! あんた、痩せすぎているから」
最後まで私の心配をしてくれる華子に、私は背を向けて走りだした。
「振り向いちゃダメよ! 連れていかれるからっ元気で、幸せにねっ今まで、ありがとう」
「私こそだよ、馬鹿華子っ」
最後に叫んだのは、聞こえたか聞こえなかったか。お経が満ちる杉林のなか、華子の笑顔を私は見た気がした。
杉林を出て、本殿にたどり着いた時、私は意識を手放した。
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