第10話 葬式
お母さんの葬式には近くにいたガス工事関係の人たちがやってきた。みなみな眼には涙をためて、このたびは本当に申し訳ありませんでした、と深々と頭を下げた。私は涙も出ずに
「いえ」
と首を振った。葬式の参列者たちは気丈な娘だと思ったらしいが、そうではない。私は真犯人が何だか知っていたから、そう出来た。
あれは呪いのせいだった。
誰をも憎むことがなかったのは、呪いが私の家族を殺したのを知ったからだった。
社会的には、ガス漏れによる昭和以降最悪の被害者を出した事件、となるであろう。実際そうだった。私のインタビューを使って、時の政権を倒そうとする政治家が現れたくらいだった。だけれど違った。だってガス漏れだったら、あんな風に人が死んでいくか? だいたい、なぜ私だけが生き残ったのか。それは、私が華子のお守りを身に着けていたせいだ。
誰かが私の家族を殺した。でも、誰が?
◆
華子の死を知ったのは、母の葬式の後、一週間後に学校に登校した時のことだった。みなが私が登校すると一様に暗い表情に変じたことを覚えている。クラスのお調子者たちも、笑っていた者は一人もいなかった。あの太一でさえ私に話しかけなかった。
静まり返る教室にて、担任の小野が伸びた顎髭をさすりながら、告げた。
「クラスメートの悲しい知らせが続くものです」
高遠華子さんが亡くなりました。
私はその時、ようやっと華子の机に花瓶が置いてあることに気が付いた。
私は茫然自失となったまま、華子の家である神社に向かった。お調子者も時間がたてば慣れるもので、仲良しの男子と笑いさざめきながら私の前で語っていた。華子は神社の杉の木の下で白くなっていたと。重篤の症状で病院に運ばれ、おととい亡くなったと。訳が分からなかった。どうして、私の母と、父と、友が一斉に亡くなるの? 私が何をしたの。
ふらふらしながらバスに乗り込み、神社前で降りた。華子の遺影に手を合わせてこようと思った。ごめんね、華子。華子がお手製のお守りをくれたけれど、効果はなかったみたい。お母さんもお父さんも、死んじゃったよ。華子も。
本殿あたりでうろうろしていると、制服の私に眼を止めたのか、社務所から一人の男が出てきた。紫の袴を纏ったその人を、私はすぐに誰か分かった。片腕がなかったのである。お父さんだ、華子の、と思った。さらに眼を奪ったのは、彼が連れている美しい女の人だった。その人は私の母と同じくらいの歳の人で、見かけは美しいが、すぐにおかしいと気づいた。私を見て唸り始めたのだ。獣みたいに。
「すいません。これは華子の母親で」
と、お父さんが申し訳なさそうに語った。お母さんはすぐに笑顔になった。
「このたびのご不幸、ご愁傷さまでございました」
お父さんがしきりに頭を下げてきて、私は内心困惑していた。いえ、そちらさまこそ、私がそういう旨のことを述べると、お父さんはいえいえ、と返してきてまた深々と頭を下げた。
「……華子は、あなたが、美佳さんが大好きでした。学校のことをめったに口にしないあの子が、あなたのことを語る時だけは楽しそうに眼を輝かせて言っていたものです。私には親友が出来た、と」
華子……。私の眼にも思わず涙がこみあげる。それを手でぬぐいぬぐい、私は家に上げてもらい、華子の遺影に手を合わせた。
華子、私も、あんたが好きだったよ。守ってもらったのに、ごめんね。
華子のお母さんは、目がとろけたみたいに笑っていた。自分の娘が亡くなったのに、どうして笑えるんだろう。ああ、違うのか。この人は確か、自分の家族を呪いによって殺した。だから、おかしくなってしまったのだ。人に呪いをかけるとかえってきてしまうものなのだ。目の前でふふふふ、と声を漏らすお母さんを、私は哀れに思った。
そのお母さんが、遺影のある仏間にて、お父さんがお茶を淹れに席を立った折、突然私の手に何かを押し付けてきた。白い袋に入った、何か茶色のものを。
「これ、杉の木の下に、あったの。あんたの。もらって」
何だろう、これ。不気味に思い返そうとすると、お母さんはまた唸った。それが恐ろしくて、つい鞄の中にしまってしまった。お父さんが四人分お茶を淹れて戻ってきた。一つを華子の遺影の前に置く。私はまた、静かに泣いた。
家に帰って、私は鞄からあのお母さんが手渡してきた白い袋をあけた。そこに、すべての真実が隠されていた。
私は袋の中身を見た瞬間、笑いがこみあげた。あはは、ははは。声をあげながら、私の眼は涙をこぼし続けた。ああ、華子、あんたは私を裏切っていたんだね。
その白い袋の中には、
【本条美佳】
と書かれた藁人形が入っていた。
◆
すべては華子の仕業だった。杉の木の下で頭の血管が裂けて重篤の症状に陥った華子が、私に呪いをかけていたのだった。華子は私を殺そうとした。だけれど何らかの妨害があり失敗した。そうして呪いが飛び散って、私は助かったけれど周りの人間が死んだ。
華子が、やった。
私の大切な家族を、殺した。お父さんはあの後、華子のノートを私に渡してくれた。そこには
【美佳、ごめんね】
と書かれていた。ブログを見てもコメントに同じことが寄せられていた。🌸のマークはなかったけれど。
私は親友とうそぶくものに騙されていた訳だった。
父と母を失い、親友も裏切りによって死んだ私には、さらなる地獄が待っていた。
【あいつ、呪われているらしいぜ】
そんな噂がどこからか駆け巡り、私の学校での地位は美しい蛾から呪われた蝶に転落した。みんなが私が歩くと道を避けた。後輩の自称霊感少女は私を見て気絶した。
誰かが私を呪っているみたいだった。
噂はどこからか漏れ聞こえて私を苦しめた。太一すら私と再び近づくことを拒否した。叔父の支援でなんとか大学進学を決めたのち、自由登校になった学校にはもちろんもう行かなかった。
その頃からだったか。私の眼の前に華子の髪の毛がそよぐようになったのは。
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