第4話 可愛い子、だれだ
「そういえばさ」
放課後、華子が清掃委員の仕事をつとめて人の少ない教室に箒をかけているさなか、教室で私と彩香はおしゃべりに興じた。ムカつく奴の机に腰を落として。
「あれどうなったの?」
「あれ?」
「お母さんと新しい彼ぴの話。おさまったの?」
「いいや? 」
私は華子との話が知られていなかった気安さから、彩香に朗らかに語った。
「なんか、この間も出かけに言われたよ。今度会わせたい人がいるからって、来週の七夕の夜おひまですか、だって。ほんっと、あの人もまた騙されなきゃいいけどねえ」
「まあ、そのたびに厭な思いするの私たちだしねえ」
彩香も笑みを滲ませる。私は彩香みたいにお母さんの付き合っている人にボーコーされたことはない。いつもお母さんはお父さん候補を連れてくるときは私を外に出していた。その時間はとても、寂しかった。とてもとても、寂しかった。
「彩香こそ、あの人どうなったの?」
「あの人って?」
「この間知り合ったって言っていた人。付き合えそうなの?」
「……無理そう。やることやったらすぐにお別れを言われちゃった。あたし、どーして毎回そうなんだろーやっぱりバッグ買ってって言ったのがいけないのかなー」
私は思わず口をつぐんだ。それは、彩香が付き合ってもないのにわがままを言ったり、簡単に身体を許しちゃうせいもあるんじゃない。そう言いたかったのはほんの少しある。けれど馬鹿、言うなとこらえた。こらえられてよかった。彩香がふいの沈黙に不機嫌そうになる。やばい。私が何か言いたいことが、ばれたかもしれない。
私はこらえたまま別な話を切り出した。
「あの彼女たちと別れた太一も、また新しい彼女出来たらしいよ」
「ええっはやっ」
驚く彩香に、私も苦笑を向ける。
「ほんと、早いよね。今度の彼女はどうもマジっぽい。一個下で商業の子なんだけど、街でナンパされて歩けなくなる程可愛い子だって。でれでれだった、あいつ」
「……あいつ、顔もいいしがたいもいいし頭もいいから、それでモテるんだろうね」
なんか、妙だ。
このあいだから彩香はなんだか妙だ。急に不機嫌になったり、と思うとにこやかに笑い出したり。あの日かな。ちょっと情緒不安定なのかも。次の一言の価値が急激に重くなるこの場で、彩香から口を切った。
「……ねえ、美佳さ」
「うん?」
「太一と付き合おうと思ったこと、ないの?」
え?
私は突然の彩香からの提案に、訳も分からず顔をしかめる。付き合う? あいつと? ていうか、いきなり何なの、彩香は。あ、情緒不安定なんだ。たまに彩香も自分のブログで死にたくなるって書くからな。私は一笑に付さんとした。
「何言ってんの。あいつとそういう関係になりたいなんて、思ったこともないよ」
「本当に? 」
彩香は顔を歪ませて、私に迫った。
「本当にそう思う? 嘘でしょ? 何のためにあいつが他の女を抱くと思うの? 全部全部、美佳のためじゃん!」
何だろう、彩香の顔は鬼気迫っていた。怖い、華子と違う恐怖を感じる。
「わかってないの? あいつ、本当は美佳が一番大切なんだよ? あいつの中で不動の一番は美佳なんだよ!? どうしてそれが分からないの!!」
華子がこちらを恐る恐るうかがっているのが分かる。そして太一の中で私が一番なことも、わかっている。太一は昔から私が好きだった。妹みたいと言いながら、私のことを悪く言う男子をぼこぼこにしていたもの。さらに言えば抱かれそうになったことも一度や二度じゃない。私も応じないそぶりを見せたけれど、太一は途中で脱いだものをとって、やめた。
「妹は抱けない」
それだけで、私は特別な感じを抱かれているのを、思い知った。
「何でみんなみんな、美佳が大事なんだろうね!! 美佳、可愛いけど性格歪んでいるのにね! 」
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