Cマート朱口トンネル前店
みゃつき
第1話 雨の降らぬ日に
「ん……」
目を開けるとそこには見慣れない天井、背中には親しみのあるベットの感触。ふわふわとする頭でとりあえず今の状況の把握に勤しむ。えっと、たしか友達を見送って…なんで見送ったんだっけ?そうだ引っ越しの手伝いをしてくれたから…それで…
「寝ちゃってたか…今何時だろ」
カーテンは締めきっているから外の様子は分からない、薄暗い部屋の中でベット脇にぼんやりとした光源を見つけると能動的に手を伸ばした。目にジクジクとした痛みを感じつつ、友達からのメッセージもスルーして、ロック画面へ移動すると
0:24
の数字が画面を占める。
「夜中か…お腹空いた…」
時間を確認すると、すぐに空腹が襲ってきた。
入居初日で備え付けの冷蔵庫には何も入っていない。このまま一食抜く気にもなれないし何かを作る気にもなれない。花の女子大生として許されるならカップ麺が食べたい、更に言うならシーフード味がいい。
ゴロンとベットの上に寝そべりながら地図アプリを起動して最寄りのコンビニを探す。さすが東京の中の片田舎、聞いたことのないコンビニが一件だけヒットした。
「Cマート、車で10分…。行くか」
それだけ決めると私はポケットの中にいれっぱなしだった免許証とバイクのキーを確認し放り出していた財布から1000円だけ取り出してアパートを出た。
考えてもいなかったが、外は雨も降らず、頼りない街灯だけの見知らない道路は少しだけ私を新鮮な気持ちにさせた。ナビ代わりのスマホをバイクパーツにセットしカララとアクセルをふかす。スマホの残量は心もとないが幸い一本道だ、ガソリンは来るときに補給してあるから心配はない、その確認だけ済ませるとバイクを走りらせる。
春先特有の夜風の肌寒さを覚悟していたが少し前まであった切り裂くような寒さは鳴りを潜め、変わらない景色を楽しむくらいには余裕が出来ている。数十メートルおきの街灯に思わず眠気を誘われた時、大きなトンネル前にコンビニが見えた。
バイクを停め、改めて店舗を見ると少しばかり小さい。不動産屋から聞けばこれの反対方向に20分も行けばスーパーがあるらしいからよっぽどじゃないと来ないんだろうな。
合成音声がいうイラッシャイマセを聞き流しつつ、目についたカップ麺をかごの中にいれる。ついでにペットボトルもかごに入れた時、また合成音声が鳴った。
見て見れば私よりも少し年上そうな若者グループが見えた。女が1で男が3、私が言えた話じゃないけど夜に出歩くのが好きそうな出で立ちでピアスにごつい指輪、スカジャンにネックレス。私も茶がかかる程度染めているがそれの比でないほど派手な色の髪。ヤンチャや悪ノリという言葉が好きそうなグループだと感じた。
グループに接触しないようにしつつ品物を見ていると、彼らは意外と早く店を出ていった。少しほっとしてレジへ向い、店員を見ると少しだけ疲れたような顔をしている。私のバイトの先輩は夜勤の上にさっきのような客が来ると決まってそんな顔になっていた。
「大変でしたね」
そう声をかけると
「…えぇ、まぁ」
と小さな声が返ってくる。特に気にしてなかったが、声を聴いて私はこの店員が男なのだと気づいた。
会計を済ませ店を出たとき、鼻先に水が落ちるのを感じた。雨だ。予報外れの雨はすぐに強さを増し、ザァザァと地面へと打ち付けられる。
あいにくバイクに雨具は積んでいない。雨具を買おうにも今の残金では足りないしこの中を10分も走れば体が凍えてしまう。
「通り雨です。すぐに止みますよ」
低い声が降ってきた。
咄嗟に振り返るとさっきの店員が立っている。
「よかったらそこのカフェスペースへどうぞ」
視線を送り、それだけ言うと店員はまたレジへと戻っていった。
「えっと…はぁ、はい」
見れば3人くらいが座れるスペースがある、しかもレンジにポット付き。お腹の虫が鳴く前に私はカップラーメンは消費してしまうことにした。
「・・・」
お湯を注いで待つ三分間、ふと品出しをしているあの店員に目をやった。身長は私よりも大きくどちらかと言えばやせ型、髪は短髪で顔は…私の好みに微妙に掠ったくらい、三日もすれば忘れてしまいそうな顔だった。
ピピピピッ
タイマーが鳴る、食べごろだ。
ふたを開ければむわりと上がる海鮮の蒸気、沸き立つ食欲に従って割りばしを割り口へと運ぶ。これだ、夜に食べるには憚れる強い塩分の味、そして後を追ってくる貝とエビの旨味…夜食という限定で言うならどんなラーメンにも勝る禁欲的な味。あぁこれが家ならばあたりも気にせずがっつけるというのに!
止まることを知らない衝動を打ち消すためにふと外を見ると、大口を開いたトンネルが目についた。いや、大口を開くなんて言う生易しいものではないかもしれない。先が見えない真っ暗闇、通れば二度と出口へと辿りつけないのではないかと錯覚させる底知れない恐怖感、まるでここと別の世界を隔てる門のような、そんな存在感を放っている。
「気になりますか?あのトンネル」
横から聞こえた声に思わずビクリと体を震わせる。反射的にそちらをみると、さっきの店員が一つ離れた席に座っていた。
「驚かせちゃってすみません。このコンビニ、夜はほとんど人が来ないので暇でして」
「あぁ…いえ、こちらこそ大げさで」
「お姉さん、もしかして最近この辺りに来たんですか?」
「え…どうして」
突然言い当てた店員に私は目を丸くする。
「ここに来るのは近所の人達か、あのトンネル目当ての人ばかりですから」
「あのトンネルが…どうして?」
「出るんですよ、あのトンネル」
出る、そう言われた瞬間はイマイチ分からなかったが、店員が手を胸の前でだらりとさせてようやく勘づき同時に背筋に悪寒が走った。
「で、出るって幽霊がですか?」
「有名ですよ、朱口トンネルは。掲示板や心霊サイトにも載っていますし」
「見た人は…」
「大勢ですね」
帰りたい…、そう思ったが外は雨だしカップ麺はまだ残っている。さっきのグループも、あのトンネル目当てで来たのだろうか。
「もしお暇なら、一つ怪談に付き合ってもらえますか?」
「怪談…ですか」
世間話のように言い出したが心霊スポットの前で怪談なんて正直乗り気にはならない。ただ、このまま止むかどうかわからない雨をスマホもいじらずただ待っているのは億劫だし、怪奇マニアとは言わなくてもそういったオカルトには少しは興味はある。私の沈黙を肯定と受け取ったのか店員は話し始めた。
「僕がここで働き始めたことの話なんですが…」
僕がここでバイトをし始めた頃から、朱口トンネルには多くの心霊マニアが来ていました。中にはさっきみたいな面白半分でくる人たちもいますけどね。
そういう人達が中に入った後、決まって雨が降るんです。そう、今日みたいにどれだけ晴れていても急に雨が。
僕も初めは不気味だと思っていましたが自分がこのトンネルを使う訳でもないので一月もすれば気にならなくなりました。知っているかどうかは知りませんが、あのトンネルの先は行き止まりなんです。
さて、半年くらいたったある日にお客さんが一人、店に駆け込んできました。その日も不自然な雨が降っていたので多分面白半分で来た人だったんでしょうが血相を変えてこう言ってきたんです。
幽霊が出たんだが車を中に置いてきてしまった。私は戻りたくないから取ってきてほしい…って
僕は嫌でしたが奥で寝ていた店長…あ、ここの店長はよく寝てるんです。今も奥で寝てるんですよ。…話が逸れましたね、店長に相談したら取って行ってやれって言うんです。そう言われると仕方ありませんから僕は車の特徴を聞き、傘と懐中電灯を持ってトンネルの中に入りました。
それほど寒い季節でもないのに中は底冷えするように寒く、震えながら歩を進めました。カツーン、カツーン、カツーン…と足音がトンネルの中でやけに響いて、帰りたいと思いながら3分くらい歩くとその車を見つけられました。
車は雨に打たれたように濡れていてフロントガラスは水滴で前が見えない程でした。エンジンをかけ、ワイパーを動かしたときに…ふと思ったんです。
どうして車が濡れているんだろう?
雨が降り出したのはこの車が入った後、なのにこの車は土砂降りにあったように濡れている。そう思ったとき、背中に寒気が走りました。急いでここを出よう、そう考えギアをRに入れた時、カツーン、カツーン、カツーン…と足音が聞こえたんです。僕は思わず耳を澄ましてしまいました。
カツーン、カツーン…ギギッギギッ…カツーン、カツーン…ギギッギギッ…
足音と共に何かを引きずるような音、僕は怖くなって思いっきりアクセルを踏み急発進でバックしました。ワイパーが一回、二回、三回とフロントガラスの水滴をぬぐったとき、遠ざかっていくボロボロの作業服を着た人影が鈍く光るツルハシを引きずっている様子が見え同時に遠のいていきました。
店に戻ったとき雨は止んでいました。お客さんは顔面蒼白のまま店を後にし店長は僕に早めに上がってもいいと言ってくれました。その帰り際、どうしても気になって店長に聞いてみたんです。
あのトンネルで何があったんですか、と。
店長が言うにはあのトンネルの採掘中、山が蓄えていた水が噴き出しそれに伴った落石事故があり数名の作業員が亡くなったそうです。僕はあれ以来、トンネルには入っていません。このお店に立ち寄るに人にもあのトンネルに入らないように伝えています。まず、聞く耳を持つ人はいませんけどね。
「…以上です。どうでした?」
どうしたもこうしたもない、体中が鳥肌だらけだ。暇つぶしのはずがどうしてこんな本格怪談を聞いてしまったんだろうか。
「すごく怖かったです…。」
そういいつつ、残った麺をずるずると食べてしまう。話に聞き入ったせいで少しふやけてしまっているが、微かな温かみが体に染みる。
「そう言いつつラーメンは食べるんですね」
「…身体が冷えてしまったので」
店員は困ったように笑ったが私からすればこの話のせいで凍えるように体が冷たい。思わず腕を擦り合わせ申し訳程度のぬくもりを甘受する私の前にコトッと何かが置かれた。
「コンポタ…?」
「僕からのお礼です。拙い話を聞いてもらったので」
「あの、お金は」
「いいですよ、僕が入れておくので」
店員は少し笑うとコンポタのふたを開け一口する。少し安心して私も口に含んだ。ちょうどいい暖かさが冷えた体を温めてくれる。
「お姉さん怖がりですね」
「そんな…これぐらい普通ですよ」
少し照れて顔を逸らすと、轟くようなエンジン音が目の前を走り去り少しずつ小さくなっていった。
「出ていきましたね。そろそろ雨も上がりますよ」
さも当然のように言う店員は窓の外を見ている。つられて私も外をみると先ほどの土砂降りが嘘のようにカラリと雨は上がっていた。
「容器とかは捨てておくので」
「はい。あの、ありがとうございました」
別れ際、チラリと店員の名札を見た。
京極、珍しい名字だと思った。
帰り際、トンネルの方を一瞥する。何かを飲み込みそうなほどくらい闇、あそこに入れば本当に雨が降って…あの霊体験をするのか…
「……」
一欠けらも好奇心は湧かず、そのままバイクを走らせた。
Cマート朱口トンネル前店 みゃつき @myatuki
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