第12話
謀られた。街路樹の透き間から、駅前のロータリーに屯する、見知った連中を窺って足を止めた。梅雨明けの真夏日だというのに、僕の上空だけが土砂降りのようだ。
「おはよう」
背後から突然声をかけられて、しかたなく歩く。
「ええと……これのどこが、クラスの打ち上げなのかな」
璃央は不敵な笑みを浮かべ、
「まあまあ鮎川、細かいことは気にするな」
並んで歩く僕の脳みそまで見透かしているように言う。
いいや、大雑把すぎるだろ。同じクラスは僕を含めて四人。あとのひとりはクラスどころか学年だって違う。璃央は何を企んでいるのだ。
遊園地の送迎バス乗り場には、思った以上の行列ができていた。僕を見つけた華絵が、思い切り背伸びして手をふっている。それに気づきながら何も応答しなかった。彼女の傍には、陽に透けた明るい髪の後ろ姿があったから。振り向いた視線が一瞬交差して、向かってきたバスのサイドミラーで反射した太陽に遮られる。
僕は、まともに海雪の顔を見ることなく、一番最後にステップへ飛び乗った。
星野は僕といるときよりも幾分はにかんでいたが、おずおずしながらも関心を惹こうと、海雪の隣で吊革を握っていた。
なるほど、そういうことか。つまりは、星野のための企画なのだな。いい先輩たちだよ、おまえらは。海雪の真意も知らないのに。
「のんちゃんたち、泳がないの? 泳げない……ってわけじゃないよね」
華絵がプールサイドに腰を下ろした。水泳の授業は男女別だったので、女の子たちの水着姿なんて見たこともなかったけれど、ピンクのセパレートは華絵をますます幼く見せる。
「こんな浅いプールで、泳げるも泳げないもないでしょ。混雑しているからだよ」
「確かにね。こんなに混んでいるとは思わなかった。やっと梅雨明けかと思ったら、今日は真夏日だもんね」
「これじゃあ、泳ぐっていうより浸かるだな。銭湯だよ銭湯。俺は絶叫マシンの方がいい、乗りたい」
「のんちゃん、絶叫マシン好きなの?」
微妙な距離を挟んで座っていた僕と海雪の間で、華絵はこの遊園地の遊具がどれくらい面白いかを興奮気味に語る。それに少々大袈裟に返す僕からそっと離れるように、海雪は立ち上がった。
「ねえねえ、海雪ちゃんと喧嘩しているの? 先週から変だよね、ふたりとも」
華絵は海雪が行ってしまうのを確かめてから言う。
そうだよね、訊きたいよね。僕らはあの日からひと言も言葉を交わしていないのだから。僕らの間に流れるピキピキとひび割れた空気に、敏感な彼女たちが敢えて触れてこないことは解っていたけれど。
「……まあ、ちょっと」
でも、何があったかは言えない。
「やっぱり、そうなんだ。璃央がね、海雪ちゃんの様子がおかしいって言うのよ。やっぱりさ、元カノって、すぐに気づくのね」
自覚はなかったけれど、多分、眼とくちをぽかんと開けて、僕は華絵のことを見ていたと思う。
「……元カノ? 海雪って璃央さんと付き合っていたの?」
「のんちゃん、知らなかったの? うそ、どうして」
「それ、いつの話」
「ん……と、一年のとき」
内緒話でもするように、華絵は僕に体を傾ける。
「全然知らなかった。彼女いないって言っていたし」
「昔のことだしね、長続きしなかったし」
「……そうなんだ」
「海雪ちゃんってさあ、飽きられるんじゃないのかなあ。だって、面白い話のひとつもできそうにないじゃない」
「バッサリだな」
僕もこそこそと近づく。
「でも、モテるのよ。見た目で得しているっていうか……。いろんな女の子と付き合っていたよ。でも、多分、あれ全部、海雪ちゃんじゃなくて、女子の方が誘ったっていうか、告ったっていうか……だと思うんだよね」
「うん……それは解る。こっちから話しかけないと、友達もできないような感じだからな。コミュニケーションに関して言えば、受け身っていうか……」
「ああ、そっか、それだ、それ。受け身なんだ。だから、別に好きな子じゃなくても付き合っちゃうんだ。そんで上手くいかなくなって、とっとと別れる。うん、そうだそうだ」
華絵は、ぱんっ、と両手を打ち、ひとりで納得したけれど、僕には解らないことがひとつある。
「ねえ、華ちゃん。恋人同士ってえのは、別れた後でも、もう一度友達に戻れたりできるもの?」
「さあ、璃央が大人だからじゃない」
華絵はくるんっと眼を動かして応えた。答えになっていないよ、適当だな。と思っていたら、売店で海雪がうろついているのを確かめるように首を伸ばす。
「あのさあ……今日のことだけど……騙したみたいに呼び出してごめんね」
「本当だよ。追試の打ち上げなんて……」
「だって、のんちゃん。海雪ちゃんも一緒だって言ったら、来なかったでしょう? 海雪ちゃんはね、のんちゃんも誘ったって言ったから来たんだよ」
華絵は、僕の顔を覗き込む。
嘘だろ。拒否されているのは僕の方なのに。
「もし俺が、今日の誘いを断っていたら、どうするつもりだったんだよ」
「うん、どきどきしながらスマホ握ってた。って言っても、最悪の場合、海雪ちゃんだけでもよかったんだけどね」
てへへ……と首を傾げる。
「星野のことだろ」
「あったりい」
「本当、好きだね。そういう……」
小さな親切、大きなお世話ってやつがさ……。いいや、僕が海雪にしたことも同じだったのだろうな。
「でもね、璃央が言っていたの。海雪ちゃんが仲直りしたがっているって、だから、のんちゃん、お願いよ」
僕は、にっこり両手を合わせる華絵の「お願い」に応える自信がなかった。ふう、とついた溜め息は聞こえなかったようで、ペットボトルをぷらぷらぶらさげた海雪が戻ってくると、華絵はさっさとプールへ向かって行った。
いつの間にか太陽は高くなり、華絵が座っていた跡がちりちりと乾いていく。こめかみから、首から、脇から、汗が流れる。背中が焦げる。
大人の女性がふたり、楽しげに喋りながらピクニックシートを広げていた。仕方なく、僕は腰の位置をずらす。海雪は黙って僕の傍に腰を下ろすと炭酸飲料をくちにした。
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