7.やっぱり、歯が痛い。

それからしばらく、歯医者には行かなかった。

だって歯も痛くないし、なら怖い思いしてわざわざ行くこともない。

第一、あんな変態ドS眼鏡のとことか、行きたいわけがない。


……マスク姿は確かにイケメンに見えたから、ちょっと惜しいことをしたな、とか思ってないとも。

うん。



変態ドS眼鏡のことなんて忘れかけていたころ。


……また、歯がずきずきと痛み出した。


うっ。

変態ドS眼鏡の云うとおりだった。


「文、人相悪いよ」


会社帰り。

駅近くのコーヒーショップに、千草に連行された。


「……ううっ」


「もしかして歯医者、ちゃんと行ってないの?」


千草に怒られたって、云い返せない。

だって事実、だし。


「文、小学生以下だよ」


「……ハイ。

今度はちゃんと行きます」


はぁっ、呆れ気味にため息を落とした千草の向こうから、こちらをちらちらと窺ってる黒縁眼鏡の男がいる。


……誰?

知らない奴だと思うんだけど。

なんか気持ち悪いな。


「文は痛かったとか、ドSだったとか云ってたけど。

やっぱり、あそこの和久井先生、優しいって評判だったよ?」


「……どこ調べよ、それ。

……っ」


飲んだコーヒーが痛い歯に染みて、思わず顔をしかめる。

顔を上げたらさっきの男と目があって、小さく笑われた気がした。


「経理の内田さんとか経営企画の下山さんとか。

優しくてイケメンだから、あの歯医者がいいって云ってたよ」


「どこが!?

何度も云うようだけど、絶対マスクマジックだって!!

それにあいつ、変態ドS眼鏡だし!!」


一気にまくし立てると、呆気にとられてる千草と……その背後でくすくすと笑ってる男。

その男は席を立つと、私たちの席まできた。


「酷い云われようですね」


「えっと……」


すらりとした長身。

短めに切り揃えられた清潔な黒髪。

涼やかな切れ長な目に、スクエアの黒縁眼鏡。

薄い唇の下には、ほくろ。


……こんなイケメン、一度見たら忘れられないと思うんだけど。


でも、記憶のどこを探っても見あたらない。


「お忘れですか?」


「……文、誰?」


ぼぅっと見とれてた千草が聞いてくる。


……うん。

私のほうが知りたい。


「ああ。

これでどうですか?」


そいつはハンカチを広げると、鼻から下を隠した。


……ん?

んん?

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