第14話 イベント前日
「落ちついた?」
腕の中でさっきまですんすんと言ってた彼女は、今は大人しく身体を預けてる。
「…うん。ごめんなさい。」
消え入るような声でつぶやく彼女。
顔をあげると、目と鼻が紅い。
綺麗。
たぶんあおいやソフィにも負けてない。
みいはほんと、初めて逢った時から気になるんだよな…。
なんかこの儚げな感じが、酷く抱きしめたいって衝動に駆られる。
しかし、俺の周りはほんとに………
いわゆる絶世の美女が、一挙に集まった様な自分の環境を呪いながら、でもきっと彼女は、俺が初めて好意を持ってしまった女の子かもしれないと思った。
それは、誰にも言えないけど…
「えーっと。実際にどのくらい聞こえるの?今の声。聞こえてる…よな?」
彼女は一転、微笑んで答える。
「蒼音の声は、絶対に聞き逃さない。」
悪戯っぽい笑顔。ちょ ちょっとぐっと来た。
顔が熱い。はー。
「からかうなって。補聴器外すとぜんぜん聞こえないの?」
「本音だもん。……そうね。耳に口をつけて大きな声を出してくれれば、補聴器は要らないかな。」
「そんなに?! じゃぁ、補聴器外してたら何にも聞こえないじゃないか。」
「うん。そうね。聞こえない。
よっぽど大きな音なら…たとえば、ドアを勢いよく閉めたりだとか、呼び鈴…は微かに聞こえるかな?
昨日実はここで外してたの。あなたが寝てる時。
あなたの寝顔見てたら、補聴器つけてるのが嫌になってね。
油断してた。空さんたちが来たことに、ぜんぜん気づかなかったから…。
隙を見てまた装着たけど、それまでは何とか唇を読んで頑張ってた。
空さんたち、感じ悪いと思ったかも…。」
「…そうだったのか…。
ソフィは大丈夫だよ。あいつも実はコミュ障だったしな。美里もいいヤツだぜ?面倒見のいい優しいヤツだよ。」
そう言うと、みいはちょっと息を呑んだ。
「……ソフィって空さん…よね?」
「あぁごめん。そう。空はお父さんがつけた名前。ソフィはキリスト教の洗礼名なんだ。俺は昔から家族みたいなもんだったからソフィって呼んでるんだよ。」
「空さんってすごく綺麗ね。すごく奔放な感じで、なんだか憧れる。
あなたとも英語で話してて、その……二人だけの世界なんだな…って…。」
「あいつは、感情的になったり、自分にとってすごく大切なことを話したりするときは、あぁやって英語に戻るんだ。やっぱり一番伝えやすいんだろうね。俺もその気持ちは解るから、なるべくあぁやって付き合うようにしてる。」
「…空さんを…その……愛してるの?」
「うん。愛してるよ。恋愛感情なんかじゃなく、俺の存在全てで、ソフィを愛してる。
あいつは俺の声なんだ。
あいつの歌は、俺の音のためだけに生まれたんだ。あいつの声が俺の音に寄り添って初めて俺の音になる。君はまだ聴いたことないよね?俺らの音。」
「……ない。空さんの歌は話には聞いてたけど、怖かったから…」
「そうか。じゃぁ日曜日、予定がなければ俺につき合ってよ?」
「つき合う?」
「詳しくはまた夜にメールするから。」
「…うん。分かった。」
****************
彼女が帰ってから、ちょっといろいろ考えさせられた。
頑張って来たんだな。みい。
辛かっただろう。
俺になんか出来ることはないのかな……
ただソフィと音楽を聴かせるだけじゃなくて、もっと何か………
……そうだ。いいこと思いついた。
俺とソフィがみいに届けられること。
俺たちが出来る最高のプレゼントが。
よし。今から動いても間に合うかどうか。
とりあえずシンディさんに連絡しないと。
****************
「空ー?! あなたも合わせなさい!こっち来て?」
今日はいつもより一時間早くお店を閉めて、やっと届いた夏用の制服をフィッティングしてる。
シンディさんが急に言い出したことだ。
どうやらそーとの発案で、日曜日に駅前噴水広場で、チャリティーイベントをやるらしい。
それにカボ+が全面参加する。
あいつは病み上がりのクセにもぅ。
「なにこれー?! すっごい可愛いー!」
「トップスはチューブなんだ? スカートはシフォン? あー!チュチュだ。可愛いー!」
「これ翼がついてるよ?チューブトップ。胸におっきい編み編みがー!」
うんうん。満足です。
夏服のテーマは天使と悪魔。
ホールクルー全員が悪魔。空だけが天使。
悪魔のほうは赤をベーシックカラーにして、黒のラインで禍々しくアクセント。 胸部分を大きく開いて革ひもで粗めに編み上げた紅いチューブトップの背中に、黒の小さな翼をつけ、ボトムは、黒の透けたレース素材のチュール素材をふんだんに使った、バレリーナの履くようなチュチュと呼ばれるミニ丈スカートを。
セパレートなので、胸のふくらみの下からおへそ下まで綺麗に開いている。
基本的にはチュチュだが、骨盤で履くヒップハンガースカートにしたので、下腹のギリギリのラインまでお腹が出ている。
もちろん黒の網のニーハイを赤のガーターベルトで吊るようにしてるので、ウェストには赤のガーターが見えてる格好。
天使は綺麗に身体のラインが出るぴちぴち純白ベアトップワンピースの背中に純白の小さな翼。
ワンピースのスカート丈は膝上12センチミニ。裾にも羽毛をたくさんあしらって天使アピール。
ベアトップの胸部分は、乳首が見えない程度に大きな穴を開けてあり、空のハリのある真っ白な胸が一番綺麗に見えるようにしてみた。
こっちは純白の網ニーハイを白のガーターベルトで吊る。
今回も自信作だ。ふふふ。
みんなもすごい喜んでくれてる。
「葵ー?これちくび見えそーだぞー?いいのかー?」
空の言葉にみんな空のほうを振り向いて、絶叫。
「「「きれーい!!」」」
ほんと綺麗だ空は。ふふふ。
ちくびくらい見せときなさい。
みんなもすっごく可愛いよ。
日曜日が楽しみです。
****************
「──という訳なんだ頼むよ。」
「へぇ。面白そうじゃないか。乗ったぜ! 必要な機材とスタッフは集めとくよ。それと、ゴスペルクワイアーには俺に心当たりがあるんだ。そっちも連絡しとくよ。急遽なんで、出来るかどうかわかんねーけどな。まぁ必ず演れる様にしとくよ。任せとけ!」
「ほんと?さすが神野さん‼助かるぜ!」
「また明日カボ+で詳しくミーティングしようぜ?じゃぁな。」
これでよし。
あとはあおいたちと合流して、みんなで練習しとかなきゃ。
大がかりになってきたぞー。
****************
朝からカボ+へ。
今日は臨時休業にしてもらった。
あおいたちと一緒に練習だ。
神野さんの段取りしてくれたゴスペルクワイアーも、急なことにも関わらず快諾してくれた。ありがたい。
しかし、そう言えば初めてカボ+に入るな。
ちょっと緊張する。
「そーとおはよ。身体はもう平気?」
店内に入るとすぐにあおいがバタバタとしてるとこに出くわした。
ってかあおい……その格好……
「え?これ?…ふふふ。可愛いでしょ?夏服よ?」
「……お前それほぼほぼ裸じゃねーか?」
「ちゃんと履いてるもん。見せぱんつ。ブラはしてないけどね?触ってみる?」
「練習どころじゃなくなるから遠慮しとくよ。」
「じゃぁこれ着て帰るから、アパートで…する?」
「何をだよ?!ったく…。」
「ブルーノートぉー!おはよー!」
ソフィがやって来た。
お前も……か。
「……乳首がヤバいぞ?もう乳輪少し出てるし。」
「触る?いーよ?」
「お前もか?!……ヘタすりゃ風俗だぜ…」
「もうすぐウチの子たちも集まるから、そーとも準備しときなさい?病み上がりなんだから、鼻血出さないようにね?」
「みんなもそれか?! ほんと鼻血くらい噴くわ!」
シンディさんもやって来た。
「あらブルーノート?もう怪我は大丈夫みたいね。でも、ウチの踊り子には触らないようにしなさいね?また入院しちゃうから。」
「触らねーよ!…どいつもこいつも……。」
****************
「じゃぁ本番もそんな感じでいきまーす。お疲れ様でしたー。」
「────────!!!♪♪」
みんな大興奮。
思ったよりも盛り上がった。
ホールクルーたちもノリノリで踊りまくってた。
本場アメリカで活動してる有名なゴスペルクワイアーだ。
客の掴みかたも完璧だった。
ソフィをリードシンガーに、一糸乱れぬハーモニー。
これは聞き応えがあった。
喜んでくれるかな?みい。
俺は俺に出来ることを。
精いっぱい。
明日が楽しみだ。
***************
「明日、10時に駅前に来れる?」
みいにメールで連絡。
もう時刻は23時。
帰りがちょっと遅くなってしまった。
寝てるかな?
───────♪
早いな?!
もしかして待たせてたかな?
「いいよ。デートしてくれるの?」
はは。
そうならもっと楽しいだろうな。
「ちょっとしたイベントするんだよ。それに君を連れて行きたい。」
よし。
でも、みいん家遠いんだよな。
大丈夫なんだろうか?
迎えに行ったほうがいいのかな。
────────♪
「嬉しいな♪ どんな服着て行ったらいいかな?」
まるでデートだな。
なんかドキドキしてきた。
「好きな服でいいよ。俺もたぶんいつものダメージジーンズにTシャツくらいだろうしね。」
みいの私服どんなんだろ?
綺麗なんだろうなぁ。何を着ても。
──────♪
「わかった。じゃあメイド服で行くね。ご主人様?」
ぶっっっ。想像力たくましい高校生に何を言うか!
「想像しちまった。勘弁してよ。みいなら何着ても似合いそうだから破壊力ありすぎだよ。」
──────♪
「どんな想像したのー? 私、けっこう胸おっきいのよ?」
いやいやいやいやまったく俺の周辺の女子はほんとにもぅ。
「もう無理。泣きそう。とにかく、明日楽しみにしてて?じゃぁそろそろ寝な。」
──────♪
「わりと可愛いこと言うのね?あんなキスする人なのに。
分かった。楽しみに待ってます。
おやすみなさい。」
「おやすみ。」
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