挿話 CaboWabo+のある生活。空編


「ソフィ。8番にこれ。」

「Roger♪」


シンディが慌ただしく次々とカウンターに料理を並べる。

今日も店内は満席状態。

ホールに出ている女の子たちも、額に汗すら浮かべて、忙しくテーブルを行ったり来たりしている。


「お待たせっ!こっちのお兄さんがエスプレッソダブルで、あなたがアイスラテだったよね?」


20代半ばくらいの男の子二人連れが、赤い顔してペコリとおじぎする。

あー明らかにコミュ障っぽいな。ニートチックなにおいがぷんぷんしてます。

さっきから視線はずっと私の胸と絶対領域に。

ってか、入って来たときからあなたたち、私ばっかりしか見てないよね。

コーヒー好きには決して見えないし、こんなご飯時に、そんな中途半端なものを頼んでる時点で、女の子目当てだって確定してるんだけどね。


葵のデザインしたこの制服。

ゴシックのメイド服をベースに、ゴシックパンクの要素をふんだんに取り入れ、大きく肩を見せた、黒のショルダーレスの横開き編み上げビスチェドレスに、首には紅のチョーカー。手首から二の腕までを覆った深紅のアームマスク。膝上12センチまでの丈にこだわったドレススカートから覗くのは、黒のニーハイを吊ってる本格的な深紅のガーターベルト。

少し屈めば中が見えてしまうが、ちゃんとショーツも深紅と黒の二種類、コスチュームとして用意されている。ショーツは、上質シルクと凝ったデザインのレースであしらった、いわゆる見せパンだ。

編み上げビスチェは、横が完全に開いていて、ちょうど前後ろ二枚の生地を革紐でジグザグに繋いでる格好。胸をぎゅっと編み上げる為に自然と胸が押し上げられて、すごい谷間が発生する。ブラもつけられないため、基本的に裸で着る。


すっごく可愛くて、女の子の人気が高く、これを着るためにここの門を叩く子があとを絶たない。

だから、フロアマネージャーである葵が、週に一度だけオーディションを行い、ホールクルーを選んで雇っている。

私はマスコットらしいので、アウトローに過ごしてるけど、ホールクルーにはたくさんの決まりごとがあるみたい。


基本的に接客は敬語。

親しくなった常連さんでも、それは適用しなければならない。

そして、接触厳禁。

何があっても、お客さまには触らない触らせない。

カメラ、携帯写真撮影禁止。

アイドルチックだが、見せパンとはいえ、ちゃんとした下着であることは変わり無いし、SNSに投稿されて悪用されると大変だから。


その他こまやかな決まりごとがあるらしいけど、私は基本的にフリーダム。

それでもカボ+のみんなが私をもろ手あげて可愛がってくれる。


そう。私には大事な仕事があるから。


「──────♪♪」



20時のベル。

そろそろスタンバイしなくちゃ。


カボ+の店内は、入り口から入って正面の奥にあるステージを中心に、席を作ってある。

壁に面したステージではなく、スタジアムアリーナのようなアイランドスタイルのステージ。


だから後ろからも横からも見れる。

アコースティックライヴ専用ならではの作りだ。


機材が少ないから配線やコードも要らず、音や声を少し大きくするための最低限のPAアンプとスピーカーとミキサーのみ。

しかもここは、すべて天井にスピーカーを埋め込み済みの為、はっきり言ってステージ上にはほぼ何も無い状態だ。


そのステージに上がる。


大きく息を吸うと、

これからうたえることの嬉しさと、楽しさで胸がいっぱいになる。


出演者が居ない日に限り、1日4回、13時15時18時20時に行われている私のステージアクト。

満席の店内に立ち見のお客さんが入り出して、私がステージに上がったことに気づいたお客さんたちが、私を見て、嬉しそうに盛大な拍手をくれる。


私は伴奏をとらない。

オケも鳴らさない。

マイクもPAアンプすら全てOFF。

シンディやきょうへいが用意したミュージシャンも、ぜんぶ断った。


私にとって、彼以外の音は邪魔なだけ。


彼の音だけが、私を響かせる。


ブルーノートの音があれば、

私は神をも虜にしてみせる。



届いてね。ブルーノートのもとへ。



そして、私は大きく翼を拡げる。



「Madonna“Crazy for you”!」



****************



音楽が始まると

部屋がゆっくりと揺れ始める

見知らぬ人たちが影を落とす

やがて二つの影は一つになっていく。


私は煙の向こうにあなたを見ている。

私の視線の重みに気づかない?

あなたはこんなに近くにいるけど、

私にはいまだに遠い世界のはしっこ。

私が本当に言いたいことはね、


私はあなたに夢中なの。

一度でも私に触れれば

それが本当だって分かる。

こんなに誰かが欲しいと思ったのは初めて。

全てが新しいの。

私にキスすれば感じるわ

あなたに夢中だってことを


心をコントロールしようと頑張ってる

あなたのいる場所へ歩いていく。

目と目が合う

私達に言葉なんて必要ない。


そして

ゆっくりと私達は踊り出す。

一呼吸ごとにあなたに深くはまって行く

もしあなたに私の心が読めたら

分かるんだけどな。

それは、


私があなたに夢中だってこと。

一度私に触れれば

それが本当だって分かる

こんなに誰かが欲しいと思ったのは初めてよ。

全てが新しい

私のキスで感じて欲しい。

あなたに夢中だってことを


あなたに夢中なの

全てが新しいの


私はあなたに夢中

それが本当だって分かる


私はあなたに夢中なの。



****************



翼を閉じる。


目をあけて、ゆっくりと

はきだした私の息を取り戻していく。


拍手が響く。

その音でしだいに、私が戻ってく。


そしてソフィに帰る。


****************


「空ちゃーん!お疲れさまー!

また泣けちゃったー!」


初期の頃に入った、19歳フリーターの五反田弥生ごたんだやよいちゃんだ。


彼女は、年齢以上に見える、ゴージャスで豊満な身体に乗った、類い稀なるロリ顔が大人気で、葵と私と弥生の3人は、カボ+の三女神と言われて、スタッフからもお客さんからも崇められている。


彼女は私のうたの大ファンで、うたう度に毎時間泣いてる。涙の量は底知れないようだ。


「弥生は泣き虫だなー。あんまし泣いてると、目が腫れたまま戻らなくなるぞー。」

「空ちゃんが泣かすからじゃん?!

もっと泣けないように歌ってよ!」

「どーやるんだよそれ?! 私はふつーにうたう。知らない。」

「えーん。空ちゃんが冷たいよー。えーん。」

「………仕方ないなー。ほら。来な?」


手を拡げてやると、すぐに胸に飛び込んで来る。

私の胸の谷間に鼻を入れてプルプルスリスリする。これが弥生デフォルト。

これが可愛い。


「おーよしよしよし。」

「あーん。空ちゃんいいにおいー。好きー!」

「はいはい。仕事戻りな。」

「はーい!ちゃんと見ててね‼」

「よしよし。おねーさんに任せなさい」


とまぁこういった内容のことが、私のうたのあとに必ず発生するイベント。

疲れるー。


他のクルーたちやお客さんたちが、端から微笑んで見てる。

これもデフォルト。


私、ここの生活にけっこうハマりこんでしまってる。


ブルーノート~。早く迎えに来て~。



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