第6話 To love you more


「母ちゃんからメール来てる…なんだ?」


放課後、ケータイをチェックすると母ちゃんからメールが。


“ソフィ連れて帰れ。”とだけ。

ちょっとだけ部室に顔出そうかと思ってたんだけどなー。

まっ 連日どんちゃん騒いでたらさすがに迷惑だろう。今日は大人しく帰るか。一組に迎えに行こう。


教室をのぞくとあおいの姿が。

俺に気づいて、すぐに近寄る。


「部活行くの?」

「いや。今日は真っ直ぐ帰るよ。

お前は用事なんかあんの?」

「ううん。今日は無いからあたしも一緒に帰るよ。」

「うん。仕度しな。」


ソフィと美里が居ない…

見渡してもどこにも。

カバンを持ったあおいが来て、キョロキョロしてる俺に気づいた。


「……空ちゃん? 美里がコーラス部に連れてったよ?」

「へっ?美里何してんの。ソフィは軽音部入ったんだってば。」

「入れるつもりじゃないみたいよ。なんか、お昼ごはんの時にコーラス部の先輩何人かから頼まれてた。見に来てって。手を合わせて拝まれてたよ。空ちゃん。」

「……拝まれもするだろうな。あいつの声じゃ。」

「美里は空ちゃんの保護者らしいから、断るつもりで見に行ったみたい。」

「今日は母ちゃんからソフィを連れて帰れって言われてんだよ。俺たち3人に経緯を話すつもりなんだと思う。大事な話だからソフィ連れて帰んなきゃ。」

「そうなんだ。じゃぁコーラス部に行ってみよ?こっちよ。」


****************



部室である視聴覚室に着くと、中から大きなざわめきが聞こえた。

けっこうな数が居るんだろうな。

ソフィ大丈夫なのか?


「失礼します。」


あおいが教室を開けると、ソフィがたくさんの女生徒の真ん中で真っ赤な顔してうずくまっていた。

なんだこれ?とんな状況だ?


「ソフィ?」


声をかけると、すごい速さで俺に抱きつく。

「ブルーノート‼」


俺が女生徒のほうを睨んで、あおいも心配そうにソフィを見る中、美里が


「…いや違うのよ蒼音くん?いじめてた訳じゃないの。私が居る限りそんなことさせるわけないでしょ。」

「そりゃそうだな。お前が居るならそれは間違いない。」

「ありがと。実はさっき空ちゃんにね。空ちゃんの声域の幅を聴かせてもらったのよ。そしたらもぅ凄まじいのなんのって…」

「ごめんなさいね。空ちゃんを怖がらせちゃったみたいで。

あ。私は部長の美山観月みやまみづき。 とにかくすごいっていうか、凄まじい音域で、みんなどよめいてしまって、空ちゃんが急にうずくまって……。怖がらせてごめんなさい。」


そりゃ普通に生きてきた一般女子高生ならしょうがない反応だろうな。


「いえ美山先輩。いいんですよ。それならしょうがないです。こいつの声は普通じゃないんで。ちゃんと構えてる人の前でしかほんとは歌ったらダメなんです。ビビらせてしまうから。」

「…正直、ここまでとは思ってなかったの。……彼女…何者?」


俺にしがみついて隠れてるソフィを撫でると、不安そうに俺の顔を見つめる。

俺は美山先輩のほうに向き直り笑った。


「こいつは、ただの女の子ですよ。ちょっとだけ恥ずかしがり屋の。ね。」


そう言うと、ソフィはぱぁっと嬉しそうに微笑んで、俺の手をぎゅっと握った。

美里もソフィの表情に安堵した様子。

美山先輩も肩をすくめて、


「少なくとも、私たちが死に物狂いで頑張っても届かないとこに居ることだけは分かったわ。うちの子達のお手本になればと思ってお願いしたんだけど……ごめんなさいね。」

「いえ美山先輩。もし良ければ時々顔を出させてもらっても良いですか? こいつも歌える場所に限りがあって、なかなか好きな時に歌えないですしね。」

「もちろん‼ 願ったり叶ったりだわ!むしろこちらからお願いします。」

「よかった。じゃぁ今日お騒がせしたお詫びに何かお聴かせしましょうか?」


その言葉に部員たちが沸き立つ。


「それはぜひ!!聴かせてくれる!? 」

「分かりました。何か聴きたい歌はありますか?」

「そうね……彼女の声なら…

そうだ!セリーヌ・ディオンなんてどう?」


ソフィを見ると、やっぱり不安そうにしてる。まぁ初対面のド中心に放り込まれればしょうがないかな。


「Sophie? She wants you to sing Celline Dione. What will you do?(ソフィ?彼女たちがセリーヌ歌って欲しいって。どうする?)」

「Celline?! I wants! ……You sing along with me?…a little scary…。(セリーヌ?! うたいたい!…一緒にうたってくれるの?…ちょっとだけ怖い。)」

「Sure. I have.(もちろん。いいぜ)」

「Okay.Well sing!(OK。じゃぁうたう!)」


一転してやる気満々ってところか。

美里もあおいもにこにこと俺らのやりとりを見守っている。

コーラス部のみんなや部長は突然の英会話に唖然としている。


「先輩?OKです。曲は何かリクエストありますか?」


我に帰った部長は


「あっ あぁ。えーっとね。じゃぁ私の大好きな曲で、“To love you more”なんていけるかな?凄く高くて難しいけど…」

「問題ないです。……ソフィ? To love you more演るぜ。」

「はい。ブルーノート。」


とたんに部室内が騒然とする。

電話するもの。走って外に飛び出して行くもの。

どうやら、みんなに今からソフィの歌が始まることを知らせてるらしい。


俺とソフィは部室の端に置いてあるエレクトリックピアノのところにいき、キーを決めた。

もちろん原曲オリジナルキーで演る。

あおいと美里が来る


「蒼音くんがピアノ?! 弾けるの?」

「弾けないよ。たぶん。でも、ギターコードと音符を追わえれば、何とか出来るよ。」

「そーとはたぶん普通に弾いちゃうよ。たまにそうやって弾いてるもん。」

「どうにだって出来るさ。楽器なら。」


部長さんが来る


「蒼音くんがピアノコーラスしてくれるの?楽しみ!うちの子達も騒然としてるわ。友達とか呼びに行ってる子も居る。わくわくするよ。」

「光栄です。ソフィも喜んでるし、よかった。」


でもこの曲とは…すごいタイムリーな…。

しかも、おそらくソフィよりの。

今のソフィの心境を歌ってるようなもんだろうな。

だから喜んでんのか…こいつ。


ソフィを見ると、にこにこと俺がピアノのコードを確認してるのを見ている。嬉しそう。


「そろそろ行こう。ソフィ。」

「Sure♪」


靴を脱いで裸足になるソフィ。

俺の前にしっかりと立つ。

俺がイントロのヴァイオリンフレーズを弾き始めると、ソフィはフレーズの中を舞う様に踊り、目の前の生徒たちに向かって美しい声の翼を拡げた。



****************



私が大好きなその腕でもう一度抱いて欲しいの

昔のように必要として欲しい。

もう一度私に触れて、そして思い出して。

私以上なんていなかったあの頃のことを。


行かないで

分かっているはずよ

あなたが私を振ったんだけれど、

でも彼女は私のようにあなたを愛せない。

もしも彼女があなたを離れて行っても、

私なら待って居られるわ。

私がずっと変わらず待ってるって、あなたは分かっているでしょ?


あなたを待ってる。

心の底からあなたを愛したい。

そう思っている私はずっとここにいるわ。

いつかきっとわかるの。

あなたの求めるもの

すべてあげられるのは、私だけだと。

もっと

私にあなたを愛させて。


初めて出会った時のように

私を見て。

どこにも行かないように

きつく抱きしめて。

ただ信じて欲しい。気づかせてあげる。

あなたの心だって待ってるのよ?

それに気づく時を。


あなたを待ってる

心の底から

私こそがあなたを愛せるたったひとりなの。

私はここに居るわ

いつかきっとわかる。

あなたの求めるもの

すべて応えられるのは私だけなんだと

もっとあなたを愛させて欲しい。


私たちならきっと

大切に温めていた愛を取り戻せるわ

何を犠牲にしてでも

きっと見つけだしてあげる。



****************



ソフィは穏やかに微笑んで、両手を左右に拡げひらひらと舞い歌う。

本当に楽しそう。


低音域から高音域まで、継ぎ目のまったくみえないしなやかなブレス。

高くどこまでも届いて行きそうな、伸びやかなハイトーン。

ソフィの一番の特性である、鈴虫の鳴き声のように掠れた繊細な声を、ソフィ自身が本能的に理解していて、なんの計算もなく、天性の勘だけで、一番良い場所を使い分けて歌いあげる。

いったいこんな小さな身体のどこから、このパワーが出てくるのかが不思議だ。


俺は左手でコードをバラしアルペジオして、右手で葉加瀬太郎氏の情緒たっぷりのヴァイオリンをプレイする。

ピアノで弾いても、素晴らしいフレーズだ。

逆にこのほうが、ソフィの声質に絶妙に絡んでカッコいい。


ちらっとあおいと美里を見ると、二人はまるで両親のように、ソフィが歌うところを見守っている。

なにげにあおいの目元が光ってる。

泣いてる?


部室には次々に人々が集まり、みな一様に、ソフィの声の翼で撫でられ、魅了されたように言葉を無くして立ち尽くしてる。

中には号泣してることに気づかず、拭いもせず、ただ涙を流すままソフィから目が離せないでいる者もいる。

美山部長さんなんてもうドロドロに号泣してる。おいおい。あんた。何があったんだ?この曲に。


終盤のサビのパートに差し掛かった頃、ソフィが俺の正面に来て、俺の目を真っ直ぐに見つめながら歌う。


まるでソフィの想いを表したようなその歌詞を、俺に向け投げる。

うん。分かってるよ。

そうさせてあげたいけどさ。

俺にはあおいも居るんだ。


そして、ラストのフェイクを決めて、ソフィは翼をたたんだ。



****************



「ありがと~空ちゃ~んありがと~」


相変わらずの拍手と賛辞の嵐の中、美山先輩が号泣で、ソフィの手をぶんぶんと振っている。ほんと、何があったんだ?


「……。ほんとすごいわね。空ちゃんが歌う度に毎回こんなに集まって。これじゃぁお姉さん。空ちゃんを守りきれないなぁ。」


いや。いつからお前はお姉さん?

美里もたいがいキャラ変わったよな?


あおいは微妙な顔をしてる。

目がちょっと赤いのは、さっきやっぱり泣いてたからか。


「あおい?大丈夫か?」


声をかけると、嬉しそうに首を横に振る。


「大丈夫。ありがとそーと。…心配はまだしてくれるんだね。」


言葉の意味はあまり分からないけど、俺はお前が泣くのはやっぱり嫌だよ。


「お前が笑っててくれたら、それで良いんだ。」


あおいはそれには答えず、少し哀しそうに笑った。


みんなに名残惜しそうに見送られる中、俺たちは部室をあとにした。



****************



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