第2話 ソフィ


 俺は確かに空に逢っている。


 7年前。父ちゃんが出てたショウケースにサプライズで出演した俺の初ステージは、大成功をおさめた。

 そのパーティでのこと…。



 ****************



「いやぁ!タクト。今夜は素晴らしいアクトだったよ!さすがだな。」

「スミス会長!これはわざわざありがとうございます。」

「今や君たちはうちのレーベルの看板だ。君たちを見つけ出してくれたジョージにも感謝しているよ。まぁ今夜はゆっくりと楽しんでいきたまえ……その坊やはさっきのサプライズゲストの…?」

「はい。僕の息子の蒼音と言います。蒼音。ご挨拶しなさい。」

「…蒼音です。あなたがレーベルの一番偉いさんですか?じゃぁ、10年後、俺はまたあなたのところに挨拶に行きます。その時は俺と一緒に世界を掴みましょうね。」

「…蒼音?! お前‼会長に何てことを?!……」

「………はっはっはっはっはっは!はっはっはっはっはっはっは!!最高だ!……蒼音くん…だったかな…?よし!約束だぞ?その時は私が全面的にバックアップしてやろう。…おい。ジョージ?」

「はい会長。お側に。」

「この小さな未来のうちの看板アーティストに、私のシークレットパスを渡してやれ。」

「…良いのでございますか?」

「構わん。私はこの子のプレイと音を聴いた。とてもあたたかく、強く心に響く音だ。そして何よりもこの目を気に入った。彼は必ず私の元にやって来るだろう。その時私がまだ存命である確証もない。私が居なくて、彼の未来に不自由な思いをさせるわけにはいかないからな。その為のパスだ。私は彼の目を信じる。」

「わかりました。御意のままに。

 蒼音くん。これは会長のパスだよ。これを見せれば、君はいつでも真っ直ぐに会長に会える。そしてこれがあれば、全世界にある我が社すべての設備を特待利用することが出来る。いいかい?」

「…難しい単語はよく分からなかったけど、会長さんに会うためには大事なもんなんだね?分かったよ。」

「蒼音くん。楽しみに待ってるぞ。…タクト?いい息子を持ったな?久々に楽しかったぞ。ありがとう。」

「こちらこそありがとうございました。大変なご無礼を致しました。」

「じゃあな。二人とも頑張ってくれたまえ。」


 ****************


「…お前は……。心臓が止まるかと思ったぜ…。」

「何ビビってんだよ父ちゃん。ただのカーネルのサンダースさんくらいなおじいちゃんじゃねーかよ。大丈夫だよ。」

「ほんっとバカだなーお前。世界最大のレーベルだぜ?あの人に睨まれたら一生上がってこれないんだぜ?ひやひやしたぜーまったく…。」

「父ちゃんなら大丈夫だよ。どっからでも絶対に世界を掴むさ。」

 父ちゃんが負けるわけねーよ。

 さぁメシ食い放題だ!なに食おっかなー。

「タクト!こっち!」

 母ちゃんが呼んでる。

 シンディさんとさっきのジョージさんも居る。

「やぁ。ブルーノートくん。さっきはほんと驚いたよ。まさか会長に気に入られるなんて…」

「聞いたわよーブルーノート。あんたなかなかやるわねー。

 千冬?この子案外大物かもよ。」

「こいつはギターのこと以外なーんにも考えてないだけよ。

 ジョージが居なかったらとっくに摘まみ出されてるでしょ。」

「俺もタマが縮みあがったぜ。もうちょっとでここの全員路頭に迷うとこだった。ほんと、大したタマだよこいつは。」

 なんだよみんなして……

 ……ん?綺麗な子だなー。

 ジョージさんの後ろで、ずっと俺をチラチラ見てた女の子は、俺の視線に気づいたのか、紅くなって引っ込んだ。

 かっわいいなー。人形みたいだ。

 白い髪?色も白いし、何かの病気なのかな?

「hi♪君の名前は?」

 またチラッと顔を出したのを見計らって、声をかけてみた。

「あら?ジョージ?ブルーノートが早速ナンパしてるわよ?

 気をつけなさい?ふふふ。」

 シンディさんが茶化す。もう。

「ほらソフィ。ごあいさつしなさい。ブルーノートくんとお話したかったんだろう?」

 ジョージさんの足にしがみついて隠れてた女の子が、そっと顔を出して、か細い声で言った。

「…はじめまして…ブルーノート。…私はソフィ。」

 それだけ言うとまた引っ込んでしまった。

 可愛い!……あおいと同じくらい…いや…タイプ違うから比べようがないけど…。凄く可愛い。ちょっとドキドキしてる。

「どんどん陽子に似てくるわ…。本当に。」

 母ちゃんがなんだか哀しそうにソフィを見つめる。

 ジョージさんが

「……あれからずっと閉じ籠りっきりだったんだよ。誰とも会わず、誰とも話さず、笑わず、学校にも行かず、最近では家を出ることも少なかったんだ。だけど今日は、パパの大好きな日本のお友だちが来るからって無理に引っ張って来てみたんだ。正解だったよ。ブルーノートくん。君のおかげだ。ありがとう。」

「俺、何にもしてないぜ?」

「いや。君のショウを見たソフィが僕に言ったんだ。あの子は魔法使いだって。あの子とお話したいって。久しぶりにソフィの笑顔を見たよ。本当に嬉しかった。君はこの子の言う通り、ほんとに魔法を使えるのかもしれないね。あの堅物の会長まで君の魔法にかけちゃった。すごいよ君は。」

 そうなんだ。よくはわからないけど、この子は一人きりで寂しかったんだな。

「いいよソフィ。俺が君の友だちになるよ。だからもう恐がらないで。

 君には俺がついてる。だから、前を向いて一緒に行こう。」

 ソフィが紅くなったままだけど、恐る恐るジョージさんの後ろから出てきた。ちいさくうなずいた彼女は

「あなたの音。好き。もっと聴きたいわ。」

「いいぜ。一緒に歌おう。」


 それがソフィとの初めての出逢いだった。



 ****************



それからほどなく帰国の日になり、その前日の夜ホテルにジョージさんとソフィが見送りに来てくれた。

その時は泣いてたっけ。


「ソフィもう泣くなよ。君はもう俺の大切な友だちだ。俺と同じように、前を向いて真っ直ぐに歩いてれば、必ず逢えるさ。

もしも君が道に迷ってたら、絶対に俺が見つけてあげる。約束するよ。」

「……本当に?」

「あぁ。絶対に見つける。そうだ!これ。」

「……なに?これ。」

「これはピック。ギターを弾くための大切な道具さ。世界中に1枚しかない、俺の特注モデルなんだ。これを持ってて。

この先君が今よりもっと綺麗になってたら、俺も分からないかもしれない。その時は、君なんだって証拠に、これを俺に見せてよ。絶対に分かってやるから。」

「うん!私もがんばるから。あなたとずっと一緒に居られるようにがんばるから。絶対に私を忘れないでね。ブルーノート。大好き。」

「俺もソフィが好きだよ。あおいと同じくらい。」

「あおい?」

「うん。俺たちと同い年の女の子だよ。日本の俺の街に住んでる。幼なじみなんだ。」

「じゃあ私のライバルね。いいよ。負けないもん。」

「ケンカしなくていいよ。きっとソフィも仲良しになるよ。保証する。」

「うん。あなたがそう言うなら。そうするね。」


そして、俺は日本に帰って、しばらくして、父ちゃんが亡くなった。

突然のことに俺の世界は何もかも置き去りにしたまんま、月日は流れた。


何もなくなったと思っていた俺を、この世界に連れ戻してくれたのは、

献身的なあおいの存在と、家族を守れと約束した、父ちゃんの最後の言葉だった。

それからの俺は、ただそのために必死で、一生懸命頑張った。

現実のこの世界で、俺のためを排除して、家族のためを選択し続けた。

そして、全力で走ってきた。

ソフィのことも思い出さなくなるほどに。


ソフィ。君だったのか。

ごめん。やっと気づいてあげられた。

ほんと、ごめんな。

そして、ありがとう。覚えていてくれて。





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