第7話 Amazing grace
「俺のファンって…親父のファンってなんで?」
わけわかんない。どういうこと?
ちんぷんかんぷんな俺をよそ目に、彼女は胸に手を当てて嬉しそうに微笑む。
「私もね。お父さんがトレーダーだからあちこちを引っ越して回ってるの。だから特定のお友だちも作れないし、馴染もうとも思わない。だって。せっかく仲良しになれても、すぐにお別れしなきゃいけないんだよ?…そんなの…何度も何度も繰り返して…もう無理。人なんて無理。一生懸命馴染もうと頑張っても、結局は名前すら覚えて貰えないんだもの…。
それで一時期、自分の中に引きこもって鍵をかけてたの。誰とも喋らず、誰とも関わらずにね。
お友だちはお父さんと動物たちだけ。つまらなかったけど、私には歌があったから…。
亡くなったお母さんに教えて貰った私の大切な大切な宝物。 」
「…お母さんが…いいよ。無理に話さなくっても…。」
「…いいの。こんなに誰かにお話するなんてほんと何年ぶり?それが…大好きなあなたにだなんて…本当amazing graceだわ!主よ。感謝致します。」
彼女は天に向かい十字を切った。
敬虔なカソリックなんだな。
「歌はカナダに居た頃に覚えたの。お母さんが声楽やってて…地元では有名なひとだったのよ?すごくすごく綺麗だった…。毎日毎日森に行って二人でいろんな歌を歌ったわ。私の目標はHeartのアン・ウィルソン。シアトルに引っ越してからは毎日彼女の家に通ったわ。居ないんだけどね。ふふ。」
「俺もHeart大好き!もう。びっくりするくらい好きだよ!」
「本当に?! 良かったぁ!私のルーツなの。ちっちゃい頃からお母さんのクルマでよくかかってたの。身体中がアンの歌を覚えてる。本当大好き。
お母さんが亡くなって、お父さんが仕事ばっかりするようになってから、あちこちを点々とするようになったの。ちょうど8歳の時。それからちょっとして引きこもってしまって…。そんなときに出逢ったの。あなたに…。
なんだか大きなレーベル主催のパーティだったな。
お父さんはあなたのお父さんの大ファンで、よく家でもアルバムを流しっぱなしにしてたわ。私もそれが、日本人だなんて思ってもいなかった。そのパーティであなたのお父さんたちがショウケースしたの。それはもう凄い反響で、瞬く間に売れちゃったもんね?お父さんたち。
ほんとすごいカリスマティックで、こんなすごい人たちが日本人にも居るんだって誇らしかった。私にも半分日本人の血が流れてるから。
そのショウケースのサプライズゲストがあなただったの。覚えてる…?」
……うっすらと…記憶が…
「NYの13thストリートの?! 」
「yeah!Right!!
そう。あなたがお父さんたちをバックにBeatlesプレイしたの。ヘイジュード。remember that?」
「あぁあ…。覚えてる覚えてる!
ひっどいfirst stageだったよ!ははは。でも、一生懸命やったんだぜ?楽しかったなぁ。」
「でしょ?あの時のあなたの笑顔。私は一生忘れない。すごい楽しそうだった。私と同い年って聞いてもっと驚いた。」
「えっ?! 君、俺と同い年だったの?! 」
「そうよ?私もあなたと同じ15歳。今年からハイスクールよ?
あの時のあなたは何にも怖いものなさそうで、無敵に見えた。私とは大違い。私は今でも人が怖いもの。あなたは別だけどね。私のヒーローだから。
どん底にいた私を、あなたはあのあたたかい音で、ちゃんと歩ける道に引っ張りあげてくれたわ。うつむいててもダメだよって。ちゃんと前見てしっかりと歩こうよって。」
「……そんな大したことしてないよ…。そんなカッコいいヤツじゃない…。」
彼女は大きく首を振り、ドキッとするようなすごい笑顔で言った。
「ううん。あなたの音が私を歌わせてくれてるの。
あなたは私のヒーローよ。」
****************
それから、しばらく彼女の隣でいろんな話をした。
NYやシアトル、トロントやバンクーバー、ロンドンやブルックリン、驚くほどあちこち点々としてしてたことがわかった。
彼女のお父さんも今ではエグゼクティブマネージャーをしていて、ゼラスが居たレーベルの席を大事に守ってくれているらしい。
今は東京本社で人員システムの調律をしているので、5年くらいは滞在するとのことだ。
話せば話すほどに、見た目の強烈な綺麗さと真逆で、本当は可愛らしい 15歳の女の子なんだとわかった。
俺もアメリカでの共通の場所とか分かって、すごい親近感が湧いてきて、ほんと、昔からの幼なじみみたいに思えてきた。
でもそういえば…
「なんでこの街に?君も15歳ならどこのハイスクール?」
彼女は少しためらってから
「……お母さんの生まれた街なの。親戚はもうひとりも居ないけど、私が来たかったから、お父さんに頼んでマンションを借りて貰って、ひとりで住んでる。ハイスクールは………藤宮第二高校…。」
「えぇぇぇえぇぇぇ?! 一緒?! 何組?! 」
彼女はうつむいて
「……1年1組よ。」
「……あおいと美里のクラスだ…。知ってる?遠藤葵と田中美里。俺の幼なじみなんだ。」
「………見た。綺麗な子だなぁって…。私とは違う…。」
「そんなことないよ。あいつはああ見えて中身エロエロなとんちんかんなんだから。」
軽く笑う彼女の目にさっきまでみたいな力はない。
「…やっぱり、ひと。怖い?」
彼女は力なく笑った。
「…うん。伊達眼鏡かけて茶色のカラコン入れたり目立たないように努力してたり…してる。」
ふんっ!と立ち上がって彼女の手を取る。
彼女を立たせて正面に向かい
「今日から俺が居る。俺が君の日本人一番の友だちだ!明日朝迎えに行くよ。一緒に学校行こう!昼も俺たちと食べよう!帰りも俺が送るよ。もう君をひとりになんてさせない。君は一人きりなんかじゃないんだ!Copy that?! 」
彼女は涙を拭きながら微笑んだ。
「Yes…I'm copy 」
「そういえば、まだ名前聞いてなかったな?俺は桐野蒼音。君は?」
彼女は天使の様に透き通った笑顔で答えた。
「私はそら。
今ここから
俺たちの魔法の瞬間が響き始めた。
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