第6話 鈴の音
万由の家は俺んちとまったく正反対。
駅を越えて川沿いをずっと行った隣街との境界付近の住宅地だった。
バスで通っているらしい。
彼女を降ろして帰る途中、久しぶりに来た川向こうをせっかくだからゆっくりとバイクで走る。
この辺は河川敷も広く、芝生公園やテニスコートがあったり、早朝夕方には散歩やジョギングする人たちであふれてる。
芝生公園から少し行くと、浅瀬が作られており、子供たちが川に降りて水遊びしたり出来る長く緩やかな階段になっている。
この階段に座ってよく歌ってたな。
川の流れる音が上手く音を消してくれて、どれだけ全力でシャウトしても対岸の民家には届かないから重宝してた。
オフシーズンには人もあまり来ないから、実際俺はここで小学生の頃から、毎日毎日歌の練習をして、ここまでになれたんだ。
俺のルーツでもある場所。
蛍に歌を聴いてもらったり、カワセミたちと歌ったり、赤トンボにワルツ教わったり。
父ちゃんが死んだ時には誰にも言わないでここで声が枯れるまで泣いたっけ。
懐かしいな。
土手沿いをゆっくり走ってると、微かに何か聴こえた気がした。
あの階段のほうだな。
俺は止まって耳を澄ますと、どうやら鈴の音。でも、メロディがついてる…なんだろう?誰かミュージックベルの練習でもやってんのかな?
邪魔すんのは同じ階段仲間として悪い気がしたので、ちょっと土手に座って聴くことにした。
─────♪
綺麗な音…。身体中に染み込むような澄んだ音。
蒸留水?いやいやもっとだ。純水?
100%があり得るなら、この音の透明さだろう。
これは…ゴスペル…?
アメイジンググレイス…。ほんと綺麗な音だなぁ…魂が震える。
────I see♪
えっ?! 歌詞が聴こえる?!
鈴の音じゃないの?!
───sweet that sounds♪
歌声なんだ!
なんて…なんて澄んだ歌声!!
この世のものとは思えない。
ってか人間?! 誰?! 女のひとだろうけど……見えない。
これは間近で聴きたい。いや。聴かないと一生後悔する!幽霊でも妖怪でもいい。聴かないと!
こんなに魂から揺さぶられたのは生まれて初めてだ。
俺は逸る心のまま、気がつくと土手を駆け降りていた。
─────now I that retch……
歌が止まった?! 急げ!
けっこうな急勾配の土手を一気に降りて階段まで全力疾走。
もうすっかりと暗くなった河川敷公園は、所々に点在するマグネシウムライトのオレンジの光だけが、微かに足元を照らすだけ。すれ違うひとの顔も間近じゃないと判別も出来ない。
こんなとこで、こんな時間に女のひとがひとりで歌ってるなんて思わないよな。まさか…ほんとに幽霊?!
…いや。幽霊でもいい。聴きたい!
階段まで着くと、長い緩やかな階段の一番下。川のすぐ際の一段目に誰かが立ってる。白色の影。
ゆっくりと階段を降りて行くと、影がこちらに気づいて少し後退りした。間違いない。人間だ。
降りて行くにつれて、白い影もゆっくりゆっくり後退りしていく。怖がってるんだろうか?
俺は出来るだけ怖がらさないようにと、中段付近で止まって声をかけた。
「すみません突然。あまりにも綺麗な歌声だったので…」
白い影はちょっとビクっとして、その声に安堵した風に後退りを止めて、こっちを向いた。相変わらず顔は見えない。
だけど、こちらも安心したのでまた下段まで移動しながら話す。
「こんばんは。お邪魔しちゃってごめんなさい。」
白い影もか細く話しだす。
「…いえ。ちょっとびっくりしました…。あっ…。こんばんは。」
なんともか細い弱い声。別人?
ほんとにあの声のひと?
ゆっくり彼女の隣まで到着すると…
白髪…? いや。銀髪…なのか?
世に言うプラチナブロンドってやつだ。
透き通るような白い肌に、キラキラと輝く銀色の真っ直ぐな腰まであるロングヘアがさらさらとなびいて、白いワンピースと相まって、なるほど。真っ白に見えるのは当然だろう。
身長は160くらいかな?あおいより少し高い。でもか細い。出るとこ出てるみたいだけど、あんな声が出せてたなんて微塵も思えない。とにかくか細い儚いってイメージだ。この長い銀髪がそう思わせるんだろうな。
よく見ると、緑色?の瞳。外人?
歳は俺より幼いように見える。
まつげは長く目が大きく顔もちっちゃい。 北欧の少女シンガーにこんな子居たな。間近で見ると驚くほど綺麗な顔だち。
「……どうしました?」
思わず見とれてた俺を警戒したのか、怪訝そうな彼女に焦って
「すっ すいません!あっ あんまり綺麗なひとだったのでつい…」
とっさに本音が出てしまった。まずった!余計に警戒させたかな?
心配をよそに彼女はくすくす笑った。
「…そんなに焦らなくても。ふふふ。ありがとうございます。」
笑った顔に背筋が痺れるほどときめいた。うわー。綺麗な子だなぁ。
「…歌…。素敵ですね。最初俺、鈴の音だと思ってました。歌詞が乗ってんの気づいて居ても立ってもいられなくなって…ついダッシュで。ここに。」
「ありがとうございます。歌が…好きなんです。私、こないだ引っ越して来たばかりなんですけど、日本じゃなかなか歌えるとこないんですね?やっと見つけたここで、時間が許す限り好きなように歌ってるんです。」
そう言ってにっこり微笑む彼女は、すごく嬉しそうだった。
「そうなんですか…。日本に…ってか、日本語お上手ですね?どこから引っ越して来たんですか?」
「シアトルです。私、見て分かる様にハーフなんです。お父さんがカナダ人、お母さんが日本人のハーフ。おじいちゃんはノルウェー人だから…なんになるんだろう…分かりません。ふふ。この髪と瞳はおじいちゃんの遺伝ですね。」
可愛い。いやいや。すっごい可愛いひと。彼女の笑顔がたまらなく幸せな気分にさせてくれる。
「すっごい透明な声ですよね。シアトルでは歌手でもしてたんですか?」
彼女はまたくすくす笑った。
「…ごめんなさい。私、人前がダメなんです。カナダの山奥で育ったから、お友だちって言ってもグリズリーや狼とか。人間苦手なんです。いつもお友だちのクマさんや狼さんや鳥さんと歌ってました。あと、お父さんがそういうの大好きで…。」
「俺もよくシアトルには行ってましたよ?カナダもある…かな。親父がちょっと有名なギタリストだったので。よくついて行ってた。」
彼女が大きくうなずいてにっこり笑った。
「知ってるよ?You're Bluenote?Right?」
突然の英語に驚いて、いや。なんで知ってんの?!
「えっ?! why do you know me?」
彼女は満面の笑顔で
「Because. I'm your bigfan!あなたのお父さんは私のお父さんのfavorite guitaristだったの。」
えぇぇえぇえぇえ?!
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