第4話 Jam Session


 音楽準備室の隣にある防音室。

 ここが軽音部の部室だそうだ。

 広さは音楽室と同じくらいあって、ドラムセットが二台。一台はツーバス仕様で、キャノンタムと呼ばれている胴の長いタムタムが大小いくつも取りついていて、フロアタム二つ、シンバルもライド、クラッシュ、チャイナ、スプラッシュ、おまけに後ろにドラまである、完璧にハードロックドラマーが好む重音仕様だ。

 もう一台は逆に、タム二つ、フロアタム一つ、バスドラム一つ、ハット、クラッシュ、ライドのシンプルな仕様。

 ベースアンプはピーヴィーのスタック。ギターアンプはRolandの名機JC120とマーシャルのJCM800とfenderの名機ツインリバーブ。

 スタンウェイのアップライトピアノに、ちょいと古いがRolandのシンセサイザーDの上位シリーズ。金かけてんなー。

 高校にこんな設備があること自体驚きだが、壁にかけられた数々の賞状とトロフィーが、この部の実績を物語っている。

 創立から5年。ほぼ毎年。何らかの賞をとっているみたいだ。

 最近では、全高校を対象とした大会も開かれていて、学生バンド人口も増えて来ているって神野さんから聞いたことある。

 全国一のトロフィーもある。わりと凄いんじゃねーか。ここ。

 案内されるままに部室に入ってキョロキョロしていると、ベースを抱えた長髪で長身の男前が入って来た。

「やぁ。来てくれたんだね。ありがとう。僕が部長の柊真ひいらぎまことです。万由の兄貴だよ。よろしくね。」

 そう言ってにこやかに差し出す手を握り、挨拶を返す。

「はじめまして。桐野蒼音です。ここ。凄いですね。」

 真は誉められたことが嬉しかったのか、照れた風に握手した手を強く振って話し出す。

「君にそう言って貰えて本当に光栄だよ!この前のイベントは本当に驚いた!中高レベルじゃないよね。プロにだってあんなプレイ出来やしない。声も素晴らしかった‼ まるで拓人さんがのり移ってるみたいだったよ‼ カッコよかった‼」

 誉め殺しだ。こういうの慣れてない。早々と退散したい。

 そう思っていたら次々と楽器を手にした人たちが部室に入って来た。

「おはよーございまーす。あれ?新入部員ですかー?」

 黒のレスポールを手にしたひとりが近づいて来る。

 部長が鼻息荒く部員たちに向かって

「喜べみんな‼ 桐野蒼音くんが見学に来てくれたぞ‼ 凄いだろ‼」

 その言葉に部員が一斉に俺を見る。

「君が蒼音くん?! 本当にうちの高校に来てくれたんだ?! 」

「やった‼ これで今年はうちが全国獲ったぞー!」

「すごい‼ ギター教えてー!」

 口々に叫んで大喜びする部員たち。

 いやいや。俺はまだ…。

 万由が俺の手を取って

「ほらね?みんな蒼音くんを待ってたの。ぜひ入って欲しいなぁ。」

 聡が俺の肩を叩く。

「去年は惜しくも準優勝だったんだってさ。僕は力になれそうにないけど、その点、蒼音くんなら即戦力出来るだろ?っていうか、優勝間違いなしだからね。どぅ?」

 部長が俺の正面に立つ。

「お願いします蒼音くん。君が居ればこの部は確実に全国を獲れる。今ならうちの万由を付けるよ?試しに入ってみてよ?」

 万由も鼻息荒く

「うん!喜んで付けられちゃう!お願い!つき合って!」

 慌てて聡が

「そこ違うよ万由?! 部活勧誘だよ?! 」

「えへ。バレた?お願い蒼音くん。毎日お弁当作ったげるから。ね?」

 なんだか断り切れない雰囲気になってきたなぁ…。

「…うちの店に影響しない程度なら…手伝えるかな。うち、お好み焼き屋やってんですよ。母が。一人で。手伝わなきゃ可哀想なんで。それで良ければ…。」

 その言葉に、部長以下部員全員が飛び跳ねて喜ぶ。

「やった~‼ありがとう!」

 まぁ。こんなに喜んで貰えるなら悪い気はしないかな。

 万由がシンプルな方のドラムセットに座ってセッティングしながら

「じゃぁ蒼音くん。なんか一緒に演ろうよ?って言っても、私、あんまし叩けないけど…。」

 聡が自分が背負ってたギターを渡してくれる。MR.BIGのポール・ギルバートモデルじゃん。白の。かっけーな。

「僕は弦高低めじゃないと速弾き出来ないんだ。蒼音くんならどんなギターでもいけるだろ?」

「さんきゅ。ポールモデルは弾きやすいから俺も好きだよ。トリックプレイもしやすいしな。」

 部員全員が見つめる中、チューニングをする。こんな雰囲気初めてでなんか落ち着かないな。

 部長が申しわけなさそうに

「妹に任せて、部長としてはなんとも心苦しいんだけど、君のお相手をするレベルのベーシストはここには居ないからね。」

 俺はそれがおかしくてちょいと説教をする。

「部長さん?音楽って音を楽しむって書くんですよ。レベル云々なんてどうでもいいとこにあるのが、俺たちが追いかけてる音楽ってやつです。素直に楽しみましょうよ?なんの気後れもせずにそこでスタンバってる万由ちゃんみたいにね?」

 と、万由に向けてウィンクすると、万由は真っ赤になって

「もぉぉ…。蒼音くん?たまんないって言ってるでしょ?もぉぉ。」

 言ってることはわけわかんないけど、万由には気後れは全然ないみたいだ。いい子だな。

 部長が嬉しそうに

「ちょっと寝耳に水だったよ。ほんとだ。僕たちは完全に君の実力に呑まれて本質を忘れてた。ありがとう。じゃぁ僕が演ってもいいかな?」

 俺はにっこりと微笑んで

「もちろん。」

 とだけ答えて、マーシャルのゲインを二つともフルアップにした。

 万由は準備万端みたいだ。

 俺は中央に置かれたシンガー用のマイクに立って、万由と部長のほうに向かった。

「部長さんと万由ちゃんが演れる曲で良いよ?何演りたい?」

 チューニングし終わった部長が

「万由が演れる曲はあんまりないからね。僕の影響で、モトリー・クルーとかエアロスミスとかなら叩けるよ?なんか知ってる?」

「わぉ!モトリーもエアロも大好物ですよ?! 万由ちゃん何叩ける?」

 万由がうつむいて少し考えてから、嬉しそうに顔をあげて答えた。

「ミス ア シング歌って欲しい!アルマゲドンのテーマの…迷惑じゃなければ…だけど。…ダメかな?」

「I don't wanna miss a thingね?もちろんOKだよ?」

「やった~!私大好きなの!

 こっち見て歌って?ね?」

 俺は苦笑しながら

「えーっと…。…努力はするよ。 …鍵盤どうする?抜き?」

 後ろから手をあげて女の子が近づく。

「あたし、弾けるよ。2年2組の鍵盤弾き杉本かおりでっす!よろしく~!」

 さらさらセミロングの小柄な女の子。なるほど。鍵盤巧そうな手してるな。

「かおりちゃんありがとう。」

 部長がかおりの頭をポンポン叩く。

 かおりははにかんで、ラックに三台置かれたシンセに向かい、そのうちの二台を使ってストリングスとピアノの音色を出した。

 俺はかおりにうなずいて合図を送ると、かおりはストリングスの重厚なイントロを弾き始める。

 そして、高校生活初めての演奏が始まった。



 ****************



 君の寝息を聞いてるだけでずっと起きていられる。

 寝ている君の笑顔を。

 遠く君が穏やかに夢を見ている間。

 この甘い時間に身を任せて

 いつまでだって君のそばに永遠に居たい。

 君と過ごす一瞬一瞬が僕の宝物なんだ。


 目を閉じたくない。

 眠りになんて落ちたくないんだ。

 だって君を見失いたくないから。

 何一つだって逃したくないんだ


 君の夢を見たとしても

 そんな甘い夢だって目の前の君には敵わないよ。

 君が恋しくて

 僕は君から目が離せないんだ。



 ─意外と巧いじゃん万由。

 お兄ちゃんと息もぴったりで、ちゃんとリズムキープ出来てるし、何より楽しそう。可愛いな。

 かおり先輩はかなりの腕前だな。

 上下二台のタッチも異なる音色をちゃんと弾き分けてる。おそらくクラシック畑じゃなく、エレクトーンプレイヤーなんだろうな。器用だ。

 部長さんは…可も不可もないかな?

 巧いけど、それだけだ。これが高校レベルなんだろうな。

 軽くみんなを分析しながら最後のフレーズを弾いて、シャウトして、ふと万由を見るとこっちを凝視したまま号泣してる。ちょっとビビった。

 曲が終わり、静けさが戻った部屋。

 突如起こる拍手の波。

 そんな中、部長が俺に握手を求めてくる。

 俺は握手に応じながら、万由に向かい

「だ 大丈夫?なんで号泣してんの?」

 万由は聡に渡されたハンカチで目を押さえながら

「うえーん。泣けちゃった!もぉぉ!蒼音くんカッコ良すぎー!ちゃんと私見て歌ってくれたし!えーん!大好きー!」

 かおり先輩が万由の頭を撫でて

「分かるわー。あたしもちょっとウルったぞ。反則に近いね?この歌声。」

 他の部員たちも近づく

「俺はドラムの池田公二。2年3組だよ。今度は俺に叩かせて?なんでもいいからハードなやつ聴かせてよ?」

 見ればかなりの体格をした見た目そのままドラマーな男の子。巧そう。

 プレジションベースを抱えた子も名乗りをあげた。

「俺は庄司大介。3年2組。見ての通りメタラーだ。色んな曲プレイ出来るぜ。試してみてくれよ。」

 みんなさっきのプレイに鼻息が荒くなったみたいだな。こりゃ面白くなってきた。

「OK。コージ先輩。ダイスケ先輩。じゃぁテーマだけ決めて適当にJAMりましょうか。俺のリフに合わせて全力で向かって来てください。かおり先輩も。ね。じゃぁいきますね。」


 ──♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


 適当に即興でヘヴィなリフを弾いてやる。そのテーマに合わせてスウィープやタッピングを駆使してけっこうテクニカルなソロフレーズを決めてやる。


 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪─♪♪♪─♪♪♪♪♪──♪♪♪♪♪♪♪─♪♪♪


 とたんに部室の空気が変わった。

 かおり先輩が俺の弾いたリフを即興でコピーして弾いてくれる。

 それに合わせてダイスケ先輩がチョッパーでボトムを作り、コージ先輩がツーバスを踏みながらテクニカルなビートを刻む。

 万由や聡。部長や他の部員たちが飛び跳ねて手拍子を始める。

 もうここはライブハウス。

 なるほど。この人たち巧いよ。おもしれー!もっとビビらせてやろう。


 ─♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪─♪♪♪──


 スティーヴ・ヴァイの様な超絶変態速弾きをかおり先輩の目の前に行って弾いてやる。

 かおり先輩はウィンクひとつするとオルガンの音色を使って俺のフレーズの3度上で弾く。


 ─♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪─♪♪♪──


 やるなー!このねーちゃん!

 二人でハーモニーを弾いてるとダイスケ先輩がスラッピングでベースソロを決めてくる。


 ♪・♪・♪・♪♪♪・♪♪・♪♪


 へぇえ!ダイスケ先輩も案外やるじゃん。

 じゃぁコージ先輩にもツーバス聴かせて貰おっと。


 ♪・♪♪・♪♪♪♪・♪♪♪♪・♪・♪♪・♪♪♪♪・♪♪♪♪・♪♪♪♪


 スラッシュメタルばりの速い16分リフを刻む。

 かおり先輩とダイスケ先輩がこっち見ながら空気読んでバッキングしてくれる。

 コージ先輩はリフに合わせてツーバスのリズムを踏みながら、まるで踊るようにタムを絡めたパラディドルで向かって来た。ふふふ。おもしれーよこの人ら!

 じゃぁそろそろ終わりにしますか。


 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪─♪♪────


 VANHALENの曲のようなラストお決まりのフレーズを弾くと、みんなもちゃんと読んでついてきた。

 最後のEコードを鳴らして終わり。

 聴いてた部員たちもプレイヤーもみんな笑顔だ。これが音楽だぜ。



 ****************



「──────────!!!」


 音が途切れた瞬間何事かと思うくらいの大拍手。

 指笛や絶叫が校舎に響く。

 驚いて戸口の方を振り向くと、部室のドアと防音窓が全開。廊下はギャラリーで埋め尽くされていた。

 先生方の姿もちらほら。なんだこりゃ。

 部長さんが俺の肩を叩いて笑う。

「こんな凄いJAM僕たちだけ聴くのは申しわけないからね?全校に解放させて貰ったよ。見なよこの反響。やっぱり凄いよ。君は。」

 俺はやられた感いっぱいで、かおり先輩やダイスケ先輩コージ先輩に向き直り肩をすくめる。3人は本当に楽しそうに笑った。

 万由が駆け寄って来て、ギターを抱えたまんまの俺に抱きつく。

「ね?このままもう一曲だけなんか演って?歌ってよ蒼音くん!」

 部員たちやギャラリーや先生方までからも拍手が起こる。どうやら抗えそうにない。

 俺は頭をかきながらマイクに向かった。

「なんかリクエストあります?」


 波乱の学校生活が幕を開けたらしい。





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