第2話 卵焼き


「相変わらず味付けが絶妙だな。姫様の作られたベーコン巻きは。」

 

 昼休み。

 一限目に早々と行われた席替えによって、校庭窓際最後列というクラスの王者の席を勝ち得た俺の前で、俺の広げたての弁当から当たり前のように即座につまみ食いしやがったこのいけすかないヤサオトコは、目を閉じてベーコン巻きを大事そうに噛み締めながら、堂々とそう言って放った。

「…お前。俺がそれ楽しみにしてんの知ってんだよな。」

「いやいや失礼。時々はこうして、姫様の料理スキルを確かめておかないとな。ファンクラブ総帥として当然の行為だ。分かるだろう?」

 この図々しさ。気を遣わないでいいこの図々しさがハカセの長所でもあるんだが。

「蒼音くん。私も一緒して良いかなぁ?」

 振り向くと万由が弁当箱を持って微笑んでいた。

 さして断る理由もないので黙って隣の空いた席の椅子を引いてやる。

「…そういうとこ、たまんないね。…ありがと。」

 なんだか頬を赤らめて礼を言う万由に戸惑いながら、うんって生返事しといた。

「うわー。それ全部手作りね。冷食らしきもの一切見当たんない。凄い!」

 俺の弁当の中身をのぞき込んで感嘆の声をあげる万由。そうなのか?俺でも普通にそうするぜ?冷食は味がキツくて嫌だから。

「それ全部あの子の手作り?」

 俺の好みを熟知してるあおいが、最も得意としてる甘めのだし巻きを頬張りながらうなずく。

「俺が店の片付けで弁当作れない時はね。あいつが弁当当番。俺らんとこ、給食出来るの遅かったからな。慣れてる。」

 俺らの通ってた藤宮第一中学は二年の終わりに給食センターが出来た。それまではずっと弁当制度だった。保護者の負担もかなり激減しただろう。まぁ俺とあおいはその点では一切保護者に頼ってなかったけど。

「凄いことだよ?私の弁当なんてほら。冷食だらけ。手抜き弁当だもの。」

 見れば万由の弁当は、見た目重視のカラフルなおかずが並んでいて、明らかに冷食だらけと見てとれた。

「卵焼き食べたらその人の料理の腕が分かるわ。一個貰っていい?私の卵焼きあげるから。トレード。」

「いいぜ。ちょっと甘いかもだけど。俺の好みに合わせてるから。」

 万由はちょっとだけ目を細めて、トレードした卵焼きを口に運んだ。

「んー?! 美味しい‼ なんでこんな美味しく出来るの?! 」

 立ち上がって叫ぶ万由を周りの生徒が一斉に見て、興味が湧いたのかしだいに俺の席の回りに集まりだす。

「ちょっ。万由ちゃん?! 」

「てへ。ごめーん。蒼音くんの卵焼きが異常なくらい美味しかったの。それだけ。さぁみんな帰った帰った。」

 みんなぞろぞろと席に戻り、静けさを取り戻した頃、またもや教室がざわめいた。

 ざわめきの方向を見ると

「…またあおいか。」

あおいが美里と共に千秋の席に居た。

「ね?すごいね?注目の的ってこの事だよ。」

このあおいの呼び込むざわめきが、中学時代はさして気にならなかったのは、だいたいみんな同じ学区だったから慣れてるため。

ここは違う学区や違う街からの生徒も受験して集まる高校だから、あおいに慣れてない人たちがこうしてざわめくのも無理はない。

それだけあいつは目立つからなぁ。

なんだか面倒なことになりそうだ。

大きな嘆息をして、空の弁当に手を合わせた。

あおいがチラチラとこっちを見てることに気づいたが、わざと見ないようにして、机に頬杖をついてグラウンドを眺めた。



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