1章 You're the voice.

第1話 Love is standing near.



「いってきまーす。」


真新しいパリパリの制服。

詰襟は卒業出来たが、馴れないネクタイが少し窮屈だ。

あおい。ブレザーになって喜んでたけど、まだ着てるとこ見せて貰ってない。どんなだろう。

ちょっとだけ楽しみだった。


俺たちの通う藤宮第二高校は、5年前に新しく創立した高校だ。

新採の新任教師も多く、色々と新しい設備も整っていて、若く先進的な校風で校則も緩めで、わりと人気の高校だ。

特に、某有名デザイナーがデザインしたという、可愛らしい制服が女子には評判になっていて、制服を目当てに受験する子たちが多い。

スカートは短く、赤と茶色のチェックで、ブレザーはカーキ色。ニットベストは薄いピンクで、胸元には、パステルカラーの青緑紫と学年別に分けたリボン。

けっこうリボンの色でも人気が分かれてたようだけど、今年の新一年生は当りカラーの青。あおいたちがかなり喜んでいた。

あおい。仕度出来たかな……?


あおいん家の玄関ポーチに腰かけてつらつらと考えながら待ってたら、ドアが開いて元気な声がした。


「都ちゃん行ってきます!……ん?そーと早いねー。」


そういって笑うあおいは…めちゃめちゃ可愛い。ヤバい。なんだこれ。反則だろ。思わず息を呑んだ可愛さ。


「……何? おかしい?」


凝視してる俺を不安げに覗くあおいに、慌てて首を振って


「…いやわりぃ。……似合うぜ。」


とたんにぱぁっと弾ける様に笑ったあおいは、俺の手を取って


「良かったぁ!さっ 行こ‼ 」


と歩き出した。


並んで降りる桜橋の桜たちがみんな、俺たちの背中を花吹雪で押してくれてる気がした。



****************



「よっ!また同じクラスだな。」


一年は5組まであって、俺は3組。

あおいは1組らしい。

そして、背中を叩いて来た馴れ馴れしいこいつは、中学で一緒になった吾妻博士。通称『あづまハカセ。』

名前はひろしなんだけど、幼い頃から本の虫で、やたらと博識で、普通一般人のおよそ中高生が知らないであろう知識を驚くほど身につけているため、中学の先生たちからもハカセと呼ばれていた。

なぜだか俺とは気が合って、三年間クラスも一緒で、常々空気の様に一緒にいたな。


「おーハカセ。またお前とか。どんな確率だよ?」


ハカセはわざとキザに肩をすくめて


「この場合確率論じゃぁないのさ。

因果率ってところだな。僕とお前の生まれ持った運命さ。」


俺はそれに返事もしないで、クラスを見渡す。なるほど。同じ中学のやつらは少ないな。あおいの親友の森千秋もりちあきくらいか。


「ところで蒼音。落ち着いたところでお前に提案がある。いや。提案と言うか頼みに近い。」


このわざと要点を先に言わない回りくどさ。こいつの悪い癖だ。

いい加減慣れてる俺は、机に頬杖をついてハカセに視線だけ向けて簡素に言う。


「なんだよ?」


それが彼にとってことのほか良い返事だったらしく、嬉しそうに鼻を鳴らして、俺の肩を叩いて言った。


「我らが姫様の様子を見に行こうぜ?選抜クラスの校庭側、窓際の席だ。」


「……言うと思ってたけど、相変わらず凄いリサーチ力だよな。お前。」


「姫様の影にはいつもこの僕在りきだぜ?

ま。お前には敵わんがな。遠藤葵ファンクラブ総帥として、当然のスキルだよ。」


「そんなもんかね。しかしお前も飽きねーなぁ。高校でもそれ続けんのか。」


「当たり前だとも我が友よ。例えこの身が滅びても、彼女への愛はエターナルだ。彼女こそが僕が存在する理由。オメガでありシータなのさ。」


「はいはい。わかったわかった。」


中学一年で俺たちが出逢ってから、こいつはすぐに遠藤葵ファンクラブを創立した。会員は他校の男子にも及び、実に300人を超えている。

定期的に会報を発行している本格的なもので、会報には主に、日常生活におけるあおいの何でもないブロマイドが貼られており、四季を通してのあおいの成長記が、まるでお父ちゃん目線でつぶさにつづられている。

ハカセ曰く、自分のそれらの想いは恋愛感情ではなく、一級の美術品を愛でるコレクターの想いに近いそうな。

あおいこそが美そのもので、ゴッホのひまわりで、大天使ミカエルなんだそうな。なんのこっちゃ。

まぁ一応、しぶしぶながらあおいも公認している健全なファンクラブなので、俺もとやかくは言ってないし、静観している。


「……ブルーノート…さんですよね?」


突然背後から声がかかる。

振り向くと、気の弱そうな眼鏡の男子と、ツルツルのロングヘアが印象的な綺麗系の女子が立っていた。


「そうだけど……なんでその名前を?」


いささか訝しげに応えたら、眼鏡男子が嬉しそうにくしゃっと微笑んで


「やっぱりだ! この高校だったんですね!光栄です!しかもまさか同じクラスだなんて!奇跡だ!」


俺の手を取ってぶんぶん振り回しながら飛び跳ねる彼に、少々たじろいでいると綺麗系女子が


「こらサトシ?! ブルーノートさん退いてるじゃないの。自己紹介くらいしなさい。」


「あ。あぁ。あまりの嬉しさに我を忘れてた。失礼しました。僕は沖田 聡おきたさとし。藤宮第三中学から来ました。この子は柊 万由ひいらぎまゆ。二人とも三中の軽音クラブ出身です。僕はギター。彼女はドラムス担当です。宜しくお願いします。」


「宜しくねブルーノートさん。私たちこないだのCabo Waboのイベントにここの軽音部として参加してたの。私の兄貴が軽音部部長してて、どうしてもBUMP OF CHICKENが演りたいって言うから、聡連れて参加したんだ。

でも凄かったねブルーノートさん。ほんと同じ高校生とは思えない。私、あまりのカッコよさに鳥肌立っちゃった。完全にノックアウトされちゃったもん。」


へえぇ。美人だな。

頬を紅らめてウィンクする彼女はすごく大人びて見える。


「なるほどそういうことね。でも、その名前は学校では止めといてくんねーかな。確かに仲間内ではちっちゃい時からの愛称だけど、同年代には蒼音で通ってる。敬語も止めといて。こいつは俺の腐れ縁の連れのあづまひろし。ハカセって呼んでくれ。」


「宜しく。聡くん。万由さん。僕はまるっきり音痴なんだけど、音楽関連の知識は蒼音に負けないくらい持ってるよ。気楽に話しかけてね。」


そう言ってにこやかに差し出すハカセの手を、嬉しそうな聡が掴んでぶんぶん振りながら


「こちらこそだよハカセくん。二人とも僕と万由も呼び捨てで良いからね。

ほんと、ここに入学して良かったぁ!色々と教えてよね?蒼音くん。」


「良かったねー聡。あの夜からずーっと二人で悶々と蒼音くんのこと話してたんだよね。ネットで調べたり…。ほんと、あなたの大ファンになっちゃったんだから。私たち。」


なぜかハカセが得意気に


「蒼音はほんとギターバカだからな。こいつほどのプレイヤーは国内にはなかなか居ないぜ?」


万由も嬉しそうに


「うん。私たちとは遥かにレベルが違うの。あのゼラスの二人や、あのtyrantのキースさんが完全に蒼音くんのバックに徹してたもんね。痺れたわー。ほんと。最後のナンバーなんて蕩けちゃうかと思った。

あんなこと歌って貰える彼女さんがほんとにほんとに羨ましい。あとで歌詞調べて泣けちゃった。凄い誕プレよ?最後ステージで抱きついてたし。嬉しかったでしょうねー。彼女さん。凄い綺麗なひとだったなー。超絶美人さんだった。」


そう言って胸に手を当てて目を閉じる彼女に、ハカセが訝しげな表情をしていたので慌てて


「万由ちゃん?……違うから。あいつは彼女じゃなくて…その…幼なじみ…?

…とにかく。彼女じゃないんだ。」


その言葉に、聡も万由も目を丸くして


「彼女じゃないんだ?!

えっ でも、神野さんがブルーノートの大切な女の子だって……」


ハカセが訝しげな表情のまま


「ん?蒼音?こないだのイベントにうちの姫様が行ってたのか?確かに姫様の誕生日だったけど…。」


もー。神野さん。

だから余計なこと言わないでって言ったのに。


「……そだよ。あおいの誕生日だったからな?Cabo Waboに連れてったんだよ。」


万由が俺に指差して


「そうそうあおいちゃん!私たちみんなからあおいコールされてステージで礼してた女の子。ゴシックパンクなドレス着てた凄い美人さん。」


ハカセが憤慨して


「それは聞き捨てならんな蒼音?!

じゃぁ何か?うちの姫様がゴシックパンクなドレスで衆知の目に晒されてたってことか?! この遠藤葵ファンクラブ総帥がいまだかつて見たことのないそんなエロ可愛い御姿で?!」


鼻息荒く俺に詰め寄るハカセに聡が


「そうだねー。すごいエロ可愛いドレスだったなー。遠藤葵さんって言うんだー?あの綺麗なひと。何歳なの?」


またも得意満面なハカセが聡の肩を抱いて


「そうだろうとも我が友よ。君も324人の会員数を誇る我が遠藤葵ファンクラブに入りたまえ。今なら入会記念品として、姫様の使用済みハンカチが付いてくるぞ?それを使って夜な夜な……なことをするのは君の自由だ。」


「…えー。ほんとに?…えー。欲しいかも…」


「……聡のヘンタイ。ムッツりだよね?あんた?

ってか、ほんとにファンクラブあるんだ?! びっくり。

まぁあんだけ綺麗なひとならねぇ…。」


さらに得意顔のハカセが万由に


「うちの姫様はあの完成された美しさにも関わらず、実は僕たちと同い年なのだ。しかもこの高校に降臨されている。聡明で万能の姫様であらせられる故に、選抜クラスの1組に首席で御名を列ねておられるのだ。」


「……ふえぇ。あの人同い年なんだ?てんで敵わないなー。

でも、私にも聞き捨てならない言葉だったけど、あの人、彼女じゃないってほんと?蒼音くん?」


万由が人懐っこい笑顔を向けてくる。


「…あぁ。幼なじみだよ。隣に住んでて、父ちゃん母ちゃん同士も幼稚園の頃からの幼なじみだから、生まれた時からずっと家族として育ったんだ。」


「ふぅーん。それで大切なひとなのねー?

じゃぁじゃぁ。蒼音くんに彼女は居ないってことね?」


「……まぁね。」


手を叩いて小躍りする万由。


「やったー! ね? 私。立候補しても良いかなぁ?立候補だけ。考えてみてくれたら嬉しいな。私もあんなラブソング歌ってくれるひとが夢だったんだ。……ダメ?」


聡も手を叩いて


「そうだよ!万由はお買い得だよ蒼音くん?こう見えてこいつ、料理は得意だし小まめで面倒見いいしさ。何よりまだ処女だよ?考えてやってよ。」


「聡?! もぉぉ!余計なこと言わないで?! あぁぁ。はっ 恥ずかしいじゃないの?! バカ‼最低‼」


真っ赤になって顔を伏せる万由。

可愛いなこの子。普通にモテてそうだけど。

……でも。


「…万由ちゃん?とりあえず俺たち友達になろうぜ?三年間あるんだ。ゆっくり行こう。」


うつ向いていた彼女がにっこり微笑んで顔をあげた。


「うん。わかった。

でもやっぱカッコいーよ蒼音くん。私。ハマっちゃうかも。」


「はは。光栄だよ。……ん?」


教室がざわめいてる。入り口の方だ。

ハカセが満面の笑顔で


「彼女はいつでもざわめきを連れて来るのさ。

うちの姫様のご登場だよ?」



****************



ハカセの言葉に3人が教室の入り口の方を見る。


ざわめきの先には、おっかなびっくりという風にキョロキョロと教室を見回すあおいが居た。

それにいち早く気づいた千秋があおいに駆け寄っていく。


「よっ。葵。どしたの?」


それに遅れること数秒。

ハカセがあおいの元に膝まづいて、胸に左手を当て、右手を床に付けて、騎士の最敬礼を行う。何者だお前。


「お待たせ致しまして申し訳ありません姫様。この様な凡愚の集まりに一体如何様なご用が?」


「森ちんおはよ♪

ハカセくんは相変わらずね。元気だった?」


「私めの様な凡夫にも、かようなお優しいお心配り。まさに女神。かくなる上はこの吾妻博士。この腹をかっさばいて……」


「恐いよハカセくん?! ほんと何でもないんだから。」


「葵ー。あんたがあんまし入り口でキョロキョロしてるから、教室がザワっちゃってるじゃん。ただでさえ目立つんだから、新しい場所じゃぁ気をつけなよ?……で、どしたの?なんか用?」


キョロキョロしてたあおいの視線が教室の隅っこに居た俺に気づいて止まった。途端、ぱぁっと嬉しそうに微笑んで手を振る。


「うん。そーとにね。お昼ごはん渡すの忘れてた。

ごめーんそーと! これ。お昼ごはん!」


弁当箱持って小走りに走って来たあおいが、俺の前の机に腰かけてる万由に気づいて固まった。

何だか何とも言えない空気が流れる。


「…えーっと。あおい?弁当さんきゅ…。……あおい?」


聡と万由も何だか固まってる。

なんだこの空気?

沈黙を破ったのは…ハカセだった。


「はいはい。不肖私めが自己紹介をさせていただきます。姫様?こちらのお二人は藤宮第三中学から来られた沖田 聡くんと柊 万由ちゃんにございます。聡くんがギタリストで万由ちゃんがドラマー。二人ともこないだのCabo Waboイベントに、この高校の軽音部一員として、BUMP OF CHICKENのカバーバンドで出演されています。そこで蒼音のプレイに感銘を受け、こうして偶然にも再会を果たして、先ほど万由ちゃんに蒼音はスピード告白を受けたところでございます。」


「なっ お前余計な情報が混ざってるぞ?! 」


「ハカセくん!恥ずかしいじゃない?! 」


「いやいや。こういったことは後に必ず分かるものだ。今はっきり周知させとくのが得策というものだよ?」


「う…確かに一理あるわ…。」


万由もしぶしぶうなずくが…

あおいが……なんか凄いオーラ出てる……恐い。


「そしてこのお方こそ、我ら最愛の姫様。遠藤葵さんにあらせられる。以後、お見知り置きを。」


万由がほげーっと見とれてる聡を肘でつつく。


「こら聡?! なによ?魂抜かれてるわよ?」


「…いやいや…。…いやいやいやいや…。すげぇなぁって想って…。こんな生物地球上にほんとに存在するんだ…。いや…なんていうか…もぅ……綺麗過ぎてため息しか出ないよ。ほんと二次元の女の子みたいだ…。」


ほぅぅっとため息を吐きながら聡が呟いた。

万由も大きなため息をついて


「…悔しいんだろうけど、ここまでレベルが違うと悔しくないわねぇ…。ほんと、ハカセくんがファンクラブ作った気持ちよーく分かったわ。なんていうか…凄い。綺麗。

間近で見るとほんと。凄い。」


ハカセは得意満面だ。


「葵と競い合おうってのが、そもそも間違いなのよ。この子はアイドルくらいに想ってなきゃ。普通に女の子してるあたしたちが報われないわよ?万由ちゃん…だっけ?

あたしは千秋。もりちあき。みんなからは森ちんって呼ばれてる。蒼音くんと葵の小学校からの幼なじみ。よろしくね。」


千秋が割って入ってくる。

こいつは昔から空気を読めるヤツですごく助かる。中学時代はけっこう 人気もあった赤毛癖っ毛の可愛らしいヤツ。人懐っこい性格で誰とでも自然に仲良くなれる特技がある。ちなみに中学では三年間学級副委員を努めて、実は影からすべてを操っていた。頭の切れるヤツだ。葵は全幅の信頼を寄せている。


「…あ。あぁ。こちらこそよろしくね千秋ちゃん。森ちんのほうがいい?」


「そうねー。その方がしっくりするわ。」


「じゃぁ森ちんで。私は万由って呼び捨てにして?その方がしっくりするから。蒼音くんも葵ちゃんもね?」


突然流れを向けられたあおいが鼻白む。

狼狽しながら


「…私は遠藤葵。詳しくはハカセくんが充分に語ってくれてると思うけど、そこのそーとの幼なじみで…その……か…かの………家族みたいなものなの。」


千秋があおいをジロッとにらむ。

あおいは首をすくめて続けた。


「…万由ちゃんもイベントに出てたのね?BUMP凄いカッコよかったよ。女の子でドラマーってカッコいいよね?凄い。」


万由もあおいに向き直って


「ううん。私は吹部でパーカスしてたからね。全然まだまだよ。それよか蒼音くんのプレイにノックアウトされちゃってもぅあれからずーっと夢中なの。幼なじみっていーよねー。私も蒼音くんち行ってごはん作ってあげたいわー。」


あおいのオーラが増した気がする…。

見つめあう二人の間に火花が見えた。恐いよー。


「──────────♪」


そんな雰囲気を始業のチャイムがかき消した。


「葵またね。お昼は美里と一緒においで。」


千秋が手を振り、あおいが万由に会釈してから小走りに去っていく。

千秋は俺の頭を小突いて小さく嘆息してから席に戻る。


新しい学校生活は波乱のスタートみたいだ。

がんばろう。俺。



****************


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