第7話 Introduction.─Songs in the Air─




「お疲れさまー!」


Cabo Waboの二階のカフェレストラン。

イベントは大盛況のうちに幕を閉じ、今は全出演者が集まっての打ち上げが、神野さんの乾杯の音頭でスタートした。

見渡してみると、かなりの多さの出演者にびっくりする。

そりゃ、午後イチから始まってトリは21時超えてたもんな。結構な曲数をみんなこなしてたし。


「……あっ あのっ…さ サイン頂けますか?」


神野さんと三上さんに群がっている取り巻きを、ジンジャ片手に眺めてたら不意に後ろから声がかかる。

見れば、出演者の女の子が俺にサインペンを差し出していた。確か、aikoのコピーしてたコだ。20代前半の大きなウェーブの長い髪が印象的だった美人だ。


「……えっ?……俺で…すか?」


「ブルーノートさんのサインが欲しいんです。お願い出来ますか…?」


「……良いですけど……。俺。サインなんて書いたことないですよ?」


「やったー!私サイン第1号ですか?! ぜひお願いします‼」


しぶしぶ色紙に名前を書く。

英語のほうがいいかなぁ?

まっ ストレートに名前を書いて…下に、《Catch up magic moments》と…うん。上出来。


「やったー!大事にしますね‼ デビューはいつされるんですか? 私。絶対応援します‼凄いカッコ良かったー!あんなに巧いのにまだ無名だなんて。バンドは?なんて名前ですか?ソロで活動されてるんですか?」


キラキラした目でそう俺に問う女の子は、手を胸で合わせて今にも飛び跳ねそうだ。


「いやいや…まだ中学卒業したばかりなんで…。気が向いたらストリートしてるくらいの…。」


女の子は大きな目をひときわ大きく見開いて


「まだ高校生ってこと?! 凄い‼

どこですか?ストリートしてる場所!私応援に行きますっ!絶対‼ 毎回!」


女の子の勢いに半ば圧され気味に答える。


「え…えっと。そこの駅前噴水広場で……」


「噴水広場?! うそっ!私よく通るの‼ やったー!楽しみー!絶対絶対行きます!教えてね!ブルーノートくん!あっ ブルーノートくんって呼んじゃった。……良いかな?」


「もちろん。…あなたは?」


「私?詩織。小田切詩織。22歳。よろしくね。」


そう言ってウィンクする詩織さんはすごく綺麗で、少し胸が鳴った。


「っと。私ばっかりブルーノートくん独り占めしてたら迷惑みたいね…。退散しまーす。またね。」


いつの間にか、詩織さんの後ろに出演者が列をなしている。何?まさかサイン待ち?!

仕方なしに順番に馴れないサインをしていると、シンディさんがやって来た。


「わぉ♪ブルーノート?大人気ね?

葵ちゃーん?! こっち来てブルーノート守んなきゃ取られちゃうわよー?

鼻の下伸ばしてデレってるわー!」


「なっ 伸ばしてねーよ?! シンディさん?! 」


母ちゃんとおばちゃんと三上さんとこで話してたあおいが、明らかに顔色変えて走って来た。


「…もぅ。そーとがカッコ良いのは嬉しいけど、これだから目立つのは嫌なんだよ…。」


俺の革ジャンの裾を摘まんでボソっと言うあおいのつぶやきに、朝の美里の言葉を思いだし、ことのほかチクっと胸を突いた。



****************




あたたかい。





それが一番の印象。




こんなあたたかい音。生まれて初めて聞いた。


いいな。


こんな音に包まれてうたえたら、きっと もっと 届くかも。



いいな。


私のうたがあのひとに聴こえたら、いいな。


あのひとと一緒にうたえたら、いいな。


いいな。

魔法の瞬間が見えてる。



いいな。



いいな。




私は………ダメだ。



うたおう。


いつものように。


ひとりで。



****************

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