第5話 Introduction.─in the Blue Note─
シンディさんに挨拶して下に降りると、ハコには続々とお客さんが入って来ていた。
「あおいは誰が好きなんだっけ?」
今日のイベントのフライヤーに書かれているセットリストを見ながら、入り口の壁に居るあおいに声をかけると
「え…なんで…?……そーとだよ?」
「…は?」
「……え?…あれ?……ダメなの?」
「……ん?………俺は今日は演んねーよ?」
「……え?… 知ってるよ?……あれ?」
「…いや…だから、誰が好きなんだっけって聞いたんだよ?」
「………だから……そーとだって…。……はっきり言えってこと?…そーとが好きです。……はい。」
「いや…お前…はいじゃねーよ?!
いやいや…好きなアーティスト誰だっけって聞いてんの‼ ……超恥ずかしーじゃねーか…。」
「…え?…あ…そうか。てへ。
今は…aikoちゃんとか。ずっと好きなのはCHARAさん。」
「……お前。なんかふっ切れた感あるよな…?
そぅ。CHARAさんだっけ。
このイベント。珍しくイェンタウンバンドのコピーバンドが出るんだ。…えーっと。夕方くらいだな。」
「えへ。そーとはバカみたいに鈍いからはっきり伝えていこうと決めたの。美里や森ちんのおかげ。
イェンタウンバンド出るんだ?! やったー!あたしめちゃめちゃ好きだよ。おばちゃんの影響だけど。」
「母ちゃんCHARA大好きだもんな。俺もだいたい聴いて育ってる。」
「そう。お店手伝ってたらBGMずっとCHARAさんだもんね。あたし1stアルバムが一番好き。CHARAさんいつまでも可愛い。」
「aikoのコピーバンドも出るみたい。最初のほうだ良かったな。」
「ほんとに?! 早く入ろ?」
あおいの手を取ってライブスペースに入る。
少し堅めのバスドラムが胸に響く。
ギターはナチュラルにオーバードライブした音。アタックの強い真空管の歪みがゲンゲンと耳に心地よい。
ベースはプレジションだな。アンプ一発なんだろう。少しギタリストに食われちゃってるよ。
バンドはBUMP OF CHICKENのカバーをしてる。シンガー弱いよ。それじゃ基生くんに怒られるぜ。
でも、すげぇ楽しそう。
それが全てだもんな。プレイヤーってやつは。
俺たちは何度失敗しようが、挫折しようが、何度でもこのステージにあがるんだ。
その瞬間に出逢うために。
演奏もバンドも何もかもがぴったりとはまり、ミスすらも神がかりな勢いでアドリブになる。
バンドとオーディエンスが一体化し
、たった一曲が光の速さにも永遠にも感じれる。
どんなジャンルのプレイヤーでも、1度は感じたことのあるあの瞬間。
『Magic moments』
魔法のような瞬間がここにはあるから。
だから俺たちは何度でもここに立って歌うんだ。
****************
バンドの入れ替えの時間。
上気した顔であおいが言う。
「すごいねー!超楽しい‼
さっきのバンプ良かったー!ギターのひと、まだ高校生くらいじゃなかった? あたしたちの高校のひとかなぁ?軽音部あるんだよね?」
「楽しんでくれて嬉しいよ。
さっきのバンド、たぶんうちの高校の軽音部だぜ?セトリに書いてる。」
「そーとも軽音部入るんでしょ?けっこう有名らしいじゃない?全国大会で何度も優勝してるって。」
「あー。俺はいいや。
いつもストリートしてるし、バンドで演りたくなったら神野さんや三上さんがつき合ってくれるしな。」
「まぁあたしとしては、そーとの歌や音が聴けたら何でもいーんだけどね。…それにもぅあんまし目立たないで欲しい。かな。確実にライバル増えるの目に見えてるもん。」
「……ほんとにはっきりと言うようになったねあおいちゃん…。
まぁまぁ、父ちゃんと一緒に世界で演ってきた神野さんや三上さんみたいに巧いヤツが居るんなら話は別だけど、よっぽどじゃないと俺はバンド組む気はないから。一緒にMagic momentsを掴めるヤツじゃなきゃ、プレイヤーしてる意味もない。」
「…まじっくもーめんつ?何?それ?」
「うーん…口で説明すんのは難しいんだけどな…。
ほら、よく音楽家がさ。コンクールの為に苦しんで苦しんで練習して、緊張で吐きながらステージに上がって、演奏完璧にやりきった時の会場からあふれんばかりの喝采に、『あぁ。この瞬間の為に生きてるんだ!』とかって思ったりしてるのって解る?」
「あーそれ何となくだけど解るかも。あたしも美術部でさ?コンクール目指して一生懸命描いた絵が入賞して表彰台に上がった時は、そんな気分だったな。」
「だろ?でも、それとは違うんだ。
ステージに上がる為やコンクールで優勝する為じゃない。
一生懸命練習して、メンタルも制御して、完全に仕上げて結果を出した喜びや、それに対する称賛を受けた達成感がMagic momentsじゃないんだ。
確かに、そこにもMagicはあるとは思うけど…違うんだ。
紙に描かれた完璧な絵画に、もうひとつ線を描き足したら、この世のものとは思えないほどの凄い絵が出来たような感じ。
今日のイベントのカバーバンドたちみたいに、原曲通り一生懸命練習して練習して、せーので合わせて、せーので終わるんじゃなくて、ギタリストが何だか原曲と違う音を突然アドリブで乗せてきて、『俺はこうやるけど、お前らどうすんだ?』って 言ったらベースやタイコが、『よし、じゃぁ俺たちはこうするぜ。どうなんだ?』って言う。
そうしてみるみる原曲をも超える自分たちの最高な曲が完成して、聴いてるオーディエンスも一緒に歌って、その自分たちの音をまたさらに完成させる。
練習では得られない、バンドじゃなきゃ絶対に出来ない魔法みたいな瞬間。
それを1度でも味わってしまったら、もうやめられない。
このステージの上には、そんな瞬間があるんだ。
それを幸運にも見てしまった俺たちプレイヤーは、みんなこう言うんだ。
Catch up Magic moments!!《魔法の瞬間を掴まえろ。》ってね。」
「………ふぇぇえ。何となくしか解んないけど、解った気がするよ。
そうなんだ。だったら例えば、さっきの人たちにそれは見えてたの?」
「…さぁ? まぁギターの子には見えてたみたいだけどね。ちゃんと実力が無いと魔法は降りて来ないからな。」
「ふーん。じゃぁそーとには毎回魔法が降りてる?」
「いや。ひとりきりじゃぁ魔法には かからないんだ。神野さんや三上さんと演る時なんて毎回降りて来るぜ?演り終わったら三人ともクタクタでぐぅの音も出ないくらい。凄い魔法にかかっちゃう。」
「見たい‼ あたしもそーとの魔法の瞬間見たい‼」
「神野さんはいつもじゃないけど居るけど、三上さんは今は有名な音楽ライターさんだからなぁ。一年に一回逢えるかどうか…」
「そーとズルい‼ そんな話一度も教えてくれなかったじゃん? 教えてくれてればどこだってついてくのに!ズルい‼」
「今度ね。今度。次はついて来たらいいよ。」
「やったー!絶対にだよ?忘れないでね?約束だよ?」
「はい。約束するよ。」
バンドの入れ替え終わってサウンドチェックもグリーン。
おっ今度は女のひとがシンガーか。
セトリは…ジュディマリだ。
あおい、さっきのセットではどうしたら分からない感じで手拍子してたみたいだけど、ここらでひとつライブの楽しさを教えてやるか。
一曲目のSEが流れて来た。『Joy』じゃん。ちょうどいい。YUKIちゃんの曲だ。
「あおいー? ちょっと踊ろーぜ?」
会場の知ってるヤツらはみんなシンガーに合わせてショッカーダンスを踊りだす。
あおいを俺の前に出してあおいの両手を取ると、会場のショッカーダンスに合わせて二人羽織で踊らせる。
「ほら?回りをよく見て。みんなで踊るんだよ。」
「えっ…え…あっ…はははは!面白いね!はははははは!」
「ライブは楽しんでなんぼだ!今日は踊りまくろうぜ?! 」
「ひゅ~!はははは!楽しーい!」
俺たちはひたすら踊って煽って叫びまくった。
****************
「あっ!これっ!あいのうた!
大好きなのっ‼」
ステージ上のバンドがセットリスト最後の曲をプレイし始めると、すぐにあおいが反応した。
「俺も好きだよ!あおいも歌っちゃえ‼」
「…とまったーてのひーらー♪ ふるえてーるのちゅうちょーしーてー♪」
「ははは!可愛いぜあおい‼」
……ほんと。連れてきて良かった。
すごい楽しそうなあおいの笑顔見てたら、やっぱり嬉しい。
これからは
俺の持ってるいろんな景色の中にあおいを連れて来よう。 想い出が同じ景色になるように。
その瞬間を二人で見れるように。
***************
「あ~楽しかったー!身体バテバテー!声枯れたー!ノド痛ーい!」
そろそろイベントは終わり。
ステージはトリへの入れ替えが行われてる。
いったん会場を出てバーカウンターのある通路に行くと、シンディさんがシェイカーを振っていた。
「なんだシンディさん。上に居るんじゃないんだ?」
「hi♪ブルーノート。
あおいちゃんも楽しんでる?」
「はい!汗だくです!ノドからからー!シンディさん?なんか作って貰えますか?」
「OK♪My sweetie! じゃぁシェイクしたげるね。待ってて。」
シンディさんがてきぱきとシェイカーにトニックを組んでいく。
「……すごい‼ カッコいい!」
「あらありがとスウィーティ。残念だけどまだアルコールは入れてないからね?」
「こいつにアルコール一ミリでも入れたら倒れるんだよ。やめてよね?」
「へぇぇ。そうなの? 聞いて良かったわ。1%のジュース使おうと思ってたの。じゃぁピンガー無しのトニックカイピリーニャをどーぞハニー?」
「ありがとうございます‼ わ!美味しい‼ 甘いライムソーダですか?ううん。何だろ?もっとごくごくいける感じ。」
シンディさんは指を立ててウィンクをひとつ。
「Aquarius♪
普段なら、ブラジルのサトウキビで作ったアルコール50%のスピリッツを、絞りたてライムとソーダで割るのがカイピリーニャのレシピなんだけどね。甘ーいピンガを入れない分、そこにお砂糖とアクエリアスで割るの。ごくごくいけるでしょ?」
「ほんと。こんな美味しいジュースなんて市販にないですよね?やっぱりカクテルっていいなー!何よりシンディさんカッコいいですしね。」
「もぅこのコったらほんとにもぅ。
ブルーノート?今夜はこのコ置いていきなさい。私が抱っこして寝たいから。」
「やだよ!連れて帰るよ!また今度ねー。」
ふりふりと手を振って会場に戻ろうとする俺に、
「あぁ。ブルーノート? 今日のトリは恭平と涼二よ。BONJOVIのカバーやるって。」
何?! 聞き捨てならんことを?!
「早く言おうよシンディさん?!
あおい‼ 急ぐぞ!」
「えっ…は…はいっ!……あの!シンディさん!ごちそうさまでした!」
急いで俺についてくるあおい。
今度はシンディさんが手をひらひら振って
「楽しんでおいで。ブルーノート♪」
と満面の笑みで見送ってくれた。
****************
スタンディングエリアで、出来るだけステージ前に陣取ったため、モッシュ気味だから、あおいを俺の前で背中から抱くように柵に押しつけ、周りから守る形になっている。
吐息が見下ろすあおいの髪に当たるほどの至近距離で、抱きしめている格好なので、少々抵抗あるが、周りのヤツらにあおいを触らすわけにはいかない。うん。
身動き出来ないほどギュゥギュゥに詰まったエリアなので、そんな文句は言えない。さすがだよ。恭平さん涼二さん。
あおいが俺の腕の中で首を傾げながら
「すっ すごいねー。この人の数。
さっきまでとは空気が全然違うみたい。」
「あぁ。恭平さんと涼二さんがシークレットで、しかもカバーバンドやるんからな。ファンにはたまらないだろうから。」
それにしてもあおいがフニフニであったかい。やわかい。いいにおいだなぁ。ヤバい。反応しそう。
「…そんなに凄い人たちなの?その…きょうへいさんとりょうじさんって。誰?プロの人?」
「……あおい? ほんとに覚えてねーのか?」
腕の中の頭がふるふるする。
「……あたし知ってる人?………ぜんぜん覚えてない。」
あおいの頭に思いきりため息吐いてやる。
「ドラムス神野恭平。ベース三上涼二。ギター&シンガー桐野拓人。
父ちゃんのバンドメンバー。
要するに
「ええぇぇぇぇええっ!すっ!すっ!凄い‼」
会場のボルテージは異様なまでの昂りを見せて、満員のハコはパンク寸前。
今まさに伝説のバンドがシークレットギグを行う歴史的瞬間に、あおいと二人で居合わせた。
****************
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