2. 庭の池に氷がはった日、古城跡地で眠ってしまったきみのタオルケットをはいだときの話
きしっ、と小さな綻びの音がする。
真っ白に眠った世界を歩きながら、ぼんやりと思う。
こんなつもりじゃなかった。こんなはずじゃなかった。君を傷付けるつもりなんてなかった。
どれほど言い募ったって所詮言い訳に過ぎない。なんて言おうと、俺の罪が消えるわけでもない。
それでも。
重たい扉を押し開ける。冷えた空気がかき混ぜられて、俺の唇から白い呼吸が零れた。
自分の影から染み出す黒い熱が、冷たい床を軋ませる。心臓が、痛い。
真っ黒な足跡から真っ黒な花が咲く。あれは、多分、蓮の花。
何もなかった空間に異形の花を咲かせながら、俺はこの朽ちた城の中心地へと近付いていく。
もう一度、君に見つめられたかった。
もう一度、君の笑顔が見たかった。
もう一度、君に名前を呼ばれたかった。
そんな身勝手な理由で君の魂を輪廻からも解脱からも引き剥がすことを、どうか赦さないで。
黒い軌跡を描きながら君の元へと辿り着く。温度のない君の手を取って、多分俺は漸く嗤ったのだと思う。
君の瞳の色が思い出せないんだ。
君の笑顔が思い出せないんだ。
君の声が思い出せないんだ。
あんなにも、好きで好きで堪らなかったくせに。
手を握ったまま、固い床を強く踏み鳴らす。黒い花弁が視界を覆い尽くし、世界が収縮していく。俺の想いをトリガーに、黒い悪魔の力を糧として、君の名と魂で楔を穿つ。
君のいない世界を否定して、俺たちのいる世界を創るのだ。
彼女の瞼が震え、開く。そうだ、君の瞳は綺麗な黒い色をしていたんだった、?
「おはよう、XXX」
咄嗟に呼んだ名前は、世界に遮られて音にならずにかき消える。そうだ、仕方のないことだ、彼女の名前は永遠に失われてしまった。
俺は微笑む。彼女も微笑む。鏡が反射するように。
新しい名前をつけなければいけないね、二度と俺の手からすり抜けないように。
もう、彼女の何もかもが思い出せないんだ。
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