『小噺「遺影」』第15回入選作

家元わたくしも長く噺家をやっておりますとおかしな客とも廻り合うものでして或る日一席終えて楽屋へ帰りますと見知らぬ老婆が泣きながら家元わたくしを待っていたのでございます。今日の「時そば」は素晴らしかった最後の最後にこんな良い噺を聴けて嬉しいこんなに笑ったのは初めてだなんて云うんでございますな。最後だなんて縁起の悪いことを言いなさんなとか何とか二言三言雑談を交わしてお引取り願ったわけです。そもそも「時そば」とは古典落語の名作ではございますが家元は人前でった事はございません。

 そんでもって翌週の寄席の一番席に遺影を抱えた女性が座っていたんであります。良くよく眺めればその遺影がなんとまぁ先日の老婆そっくりでございましてあ! こりゃいけねぇなってな事で予定を変えて「時そば」をりましたよ。

 終わって顔を上げると遺影の老婆は満面の笑み。

 いやはや一週間も先に化けて出るたぁトンチンカンなお化けもあったもんで。そんな訳で今日はおかしな幽霊の出てくる「三年目」なんて古典を一つ……」

 彼が深くこうべを垂れると客席に拍手の音が轟いた。

 そこに人の影はひとつも見えなかった。

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