『世界を飲む午後』第15回応募作

 運ばれたコーヒーカップには世界が満たされていた。

 珍妙なるコーヒーが飲めるとの巷説うわさで愛好家である私としては期待が抑えられなかったが実物を目の当たりにすると感動などとは程遠く異様なる感懐のみが胸を満たした。震える指先で把手を抓み中を覗くと渦巻く銀河系を初め多種にわたる輝きを放つ星々が黒い液体と共に揺れた。世界か。私は呟く。

「珍しいでしょう。それは貴方だけの世界ですよ」

 店長らしき初老の男がカウンターで微笑んでいた。自分だけの世界か。私は今までずっと自分の世界は己の内部にのみ潜んでいるのだと思い込んでいた。実際はこんな風に外部にも存在しているのだ。たったの二六〇円で買える宇宙。

「本当に世界なんて飲んでいいんでしょうか?」

「飲むんじゃありませんよ。支配するのです。その宇宙に住んでいる生物の全てその世界に蠢く哲学の全てを支配し蹂躙するのです。どうです? ワクワクしてきませんか?」

 確かに今までいかに優秀なる独裁者でも実現し得なかった全てに対する支配の魅力はしがないサラリーマンの私にも十分理解できた。私にその資格はあるのだろうか。

 お互いに震えながらカップと脣が触れ合う。

「さぁ貴方は神になれるんですよ。ひと思いにやりなさい」

 刹那私の咽喉を世界が通り抜けた。私は世界なんて冷たいものだと勘違いしていたが実際は暖かくやさしかった。

「世界って思ってたほど苦くないんですね」

 気付けば私は世界と共に私の胃袋の中を彷徨っていた。

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