第99話 2006年ー2022年 Twitter 光と影

この先Twitterがどうなるかも分からないのに、書くかは。知れず積み重なった混沌こそが、一時閉幕に繋がったと思うので、書こうかです。


別にSNS論がどうかではなく、Twitterって何だったのかです。物心ついた頃からTwitterがあるのでは、この偏りまずいなーの雰囲気にならないのが、やや不思議は有ります。


Twitterは、2006年3月21日から創設者ジャック・ドーシーによってスタート。初期に認識140文字投稿ではSNSでは無いと通すも、SNSがそもそも仮面紳士多いので、何ぞや、これも有りかで、SNSに取り込まれいつ間にか肥大化して行く。しかも止めどなくも。


私自身のアカウントはやや早かったと思います。確か英語版サイト登録して、音楽アカウントでそこそこタイムラインを楽しんでいたかなと。

そこから暫くして2008年に日本語版がリリースされ。津田大介の「Twitter社会論 - 新たなリアルタイム・ウェブの潮流(2009年)」が出版されたり、広瀬香美がTwitterをヒウィッヒヒーと呼んだりで、文化人も一気に流れて来て、一種のファンサイトの側面を持つ様になります。


とは言え、何故日本だけ何でもTwitterになってる現象は何でしょうね。確かにインターネットだけではここまで拡散しなかったと思います。この辺のタイミングでiPhone 3Gがソフトバンクで爆発的に売れたので、書籍いやネットニュースをも抑えて、ゆるいタイムラインが日本人に合っていたとは思います。


まあ社会人時代は、ただフォローしてはタイムラインも下手すると1日分遡っていたかなと。本当の暇つぶしですね。ここを履き違えて生き甲斐になっていったのが、Twitter廃人、ツイ廃と飛ばれる様に依存症にもなったり。

拍車を掛けたのは、どうしても文化人大量参入であったり、会社広報アカウントもマーケティングの一貫として参入したり。今思うと各自のサイトで拡散する努力が、ここでごっそり落ちたとは思います。2006-2022年の16年で失われたものは、そう簡単に戻ってこないでしょう。


そして、2022年4月25日に世界的成功者イーロン・マスクが株式の100%を取得します。その金額とし日本円で5兆6000億円相当。ここなんですよね。ここ迄高くなる前に、日本のメディアミックス企業が買収しなよ、特にKADOKAWAでしたけど。やはりアメリカ企業買収すると、ニューフロンティアの作法がで腰が引けたかも知れません。もっとも、ニコ生もやり方次第では新たなSNSを牽引出来たと思いますけど、まあ過不足無しが日本企業の現在の風潮でしょうか。



イーロン・マスクの早くの采配、人員整理でこれは仕方無いも有ります。ここ最近のタイムラインと言えば左派的であったり、反ワクチンであったり。これを何故信じてしまうのか…やや意図的な証言も流れて来ています。普通に煽らず自制のままに、行動制限70%位で活動していたら、コロナ禍はここ迄長引かずはとも思います。ここは個人的意見ですけど。


そして、イーロン・マスクがクレバーだなと思ったのは、「Twitterは世界の情報源として圧倒的に正確になる必要があり、それこそが我々の使命」と、ウクライナ侵攻の際に徹底的にマスキングされたTweetのファクトチェックに疑義を呈しています。そうあの日は、ファクト扱いされてTweetが復帰したのは翌日です。ファクトチェック機能「Birdwatch」が装備されているのに機能しなかった、これは人的フィルターがあったと思わざる得ません。


失われたたった1日も、ひょっとしてTwitterを見て、いやウクライナ人がどれだけ傾倒しているか分かりませんが、各自の判断で早くウクライナを脱出したかもが有ります。ウクライナ侵攻の出来事丸ごとファクトにしたのは、どうしても罪は重いと思います。


そもそもで言えば、Twitterは世界の情報源であるべきかは、決して頷けません。日本では東日本大震災の際に大きく救援に貢献したとも定義されるけど、それは災害停電及び輪番停電で情報が入らず、スマートフォンしかなかったからであって、偶然にもTwitterがはまってしまっただけの事。ここで日本のインフラ瓦解がスルーされたのは、今も課題にすべきとは思います。


もっと強く言えば、東日本大震災当時のタイムラインは酷いもので。災害映像を延々垂れ流し、世界にも流すのは今でも理解出来ない。ただそれで関心を引き、募金が多く集まったは有りましょうけど、被災地の心のケアは置いて行かれた感じです。


それが今のウクライナは正しいの主戦論が、意図的に多く流れて来ます。その匙加減で両国死にゆく方がいるのに、どうにか出来ないかは有ります。そこはトレンド担当の社会適性有りきなのでしょうけど。


そんなこんなで、この先のSNSって右寄りになるかはどうでしょう。エネルギーが逼迫して行く中で、電気も回線も以前の様に供給されない筈です。そう右も左もないでしょう。そして古からの、ただ辻でのアジテーションに流されるのが一般人という事になりそうです。

いやSNS復古の鍵は、ストレージの削減かもしれません。映像・音声・画像とどれだけ必要の無いファイルを、全SNSは持っていのでしょう。やはりテキストオンリーに帰った方が良いかもしれません。



はあまあ。結局SNS論とはになってしまって、後で状況見ながら加筆しないとですか。



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