自主企画向けコラム スランプ或いは長過ぎる助走の事

今話は、戸松秋茄子さんの自主企画「スランプの突破口」受けての自分語りになります。



執筆におけるスランプの発露は、高校生の時に延々プロットを書いていた源頼光と四天王と藤原保昌ものですね。当時の世の中はまだ平安武士ものはなかったので、ゴール無かったものの無性に頑張りました。

そう、A4ノート4ページを延々半年書き直しては書き足し、その間にも『今昔物語集』『宇治拾遺物語』等を読んでは肉付けしたものの挫折。


それはそうです。高校生にそこまでの知識有りませんし、図書館に通うにも時間が足りな過ぎます。何より大人の感情を執筆作品に投影出来ようかです。

現代の様にwordとwikiとgoogle-mapがあれば、未成年でも何とか書けるかなの時代になったのが本当に羨ましいなと。



まあ、挫折後は延々読み手になります。趣味が音楽に移行した事も有り、自ら執筆する事は、もはや忘却の彼方になっていました。



それが或る日、転職でやや時間が出来たので、どうしようかな…と思っていた時期にTBSのシナリオコンテストの募集が有り、挑戦してみようで思い立ちました。

書きましたよ。レギュレーションのドラマ10回分のあらすじに、第1回分のシナリオ。


本当苦労しましたね、演じてくれるであろう役者さんが、心から納得して台詞を言ってくれるかぎりぎりのところですけど。ここは多少の人生経験踏まえての言えるの判断で書きましたね。その追い込みがあればこその今日ですか。


その台詞に作り込みも、音楽で得た経験は有ります。その昔詩人の血というバンドが EpicSonyで活動していたのですけど、そのインタビューで「音楽で煮詰まったら、音色とか楽器とかではなく、大方は転調なりコードの作り込みで解消出来る」とのニュアンスを読んだ記憶が有ります。


私なりの解釈では、そこは地の文の作り込みではなく、台詞の言い回しかなと咀嚼しています。

何を持って転調とするかコードとするか、千差万別ですが、幾つかの事象に当てはめては如何でしょうか。その積み重ねで、きっと良い台詞で書き上がり、本人もじんと来る筈です。




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