未来

 社会の授業。

 古代日本の律令制度について僕らは学んでいる。


 社会のおじいさんみたいな先生は、優しいので生徒から人気がある。ちょっと眠くなるしゃべり方は問題だけど、今日はまだ一時間目の授業なので、やる気のある生徒が多かった。


〝芯条くん〟


 頭に声が響いてくる。


 しかし、僕はその声をスルーすることにした。今は授業中なのだ。授業と関係のないものは排除したい。


〝芯条くん、芯条くん〟


 それでも、声は僕の邪魔をする。僕の斜め前の席に座っている女子、沙鳥の声だ。


 僕と沙鳥は、口を開かずに脳内で会話をかわすことができる、テレパスと呼ばれるタイプの超能力者なのだ。


〝芯条くん〟


 テレパスだからといって、別に常にテレパシーを飛ばして会話しなきゃいけないわけでもない。今は先生の話を聞いて授業に集中したい。


 悪いな、沙鳥。


〝芯条信一……〟


 なぜかフルネームで呼ばれたところで反応しないぞ。


〝聞こえますか……。芯条信一……。私の名は沙鳥蔦羽……〟


 ……。

 なんか急に自己紹介しだした。


〝漢字で書くと『蔦羽』の『蔦』に、『蔦羽』の『羽』で……蔦羽……〟


〝それじゃ説明になってないよ〟


 結局、反応してしまった。


〝沙鳥。先生の声聞こえなくなるから、黙っててくれないかな〟


 僕は不平をテレパシーで伝えた。


〝芯条信一……。本当のところは、別に私が邪魔をせずとも、先生の声はほとんど聞こえないのではありませんか……?〟


〝それはまあ……その通りだけど〟


 僕の席は教室の一番後ろであり、おじいさん先生の声のコンディションによってはほぼ口パク状態なのだ。


〝ていうかさ、沙鳥〟


〝はい……〟


〝なんなんだよ、そのしゃべり方〟


 今日の沙鳥はなぜかものものしい。


〝ふふふ……。驚かれているようですね。これは、そう……。言うなれば、超能力者っぽい雰囲気……〟


 別に雰囲気を出さなくても超能力者のはずだけど。


〝芯条信一……私は気づいたのです……。どうも、沙鳥蔦羽はエスパーらしくないと……。そこで何が足りないのかを考えました。その結果がこれです……〟


〝そっか〟


 よくわかった。


〝わかったから、ちょっと黙っててくれ〟


〝ふふふ……。それはできない相談というもの……〟


 今日の沙鳥は、いつも以上に面倒くさい。


〝芯条信一……。私はどうやら、チカラに目覚めたようなのです……〟


〝もとから目覚めてるけど〟


 毎日、無駄に使い放題だ。


〝いいえ……。実は、新たな能力を身に着けたのかもしれないのです……〟


 新たな能力?


〝それはですね……〟


 沙鳥はもったいつけて念じた。


〝わずらわしくなってきたので……。この雰囲気やめていいですか……〟


〝ぜひそうしてくれ〟


 誰もリクエストは出していない。


〝ふう、です。超能力者って疲れるんですね〟


 沙鳥はいつもの調子に戻った。


〝さてさて。それでは、さてさておきおきです、芯条くん〟


 いつもどおりの面倒臭さに戻った。


〝私、超能力に目覚めたかもしれないんです〟


〝ずっと目覚めてたけど〟


 毎日、無駄に使い放題じゃないか。


〝どうも未来をコントロールするチカラを身につけたようなんです〟 


〝未来をコントロールする力?〟


 そんなものあるわけない。


 と、言いたいところだけど、現実に僕らはテレパスだったりするわけだから、一概に否定もできない。


〝今日の朝ですね。私、テレビの血液型占いを死に物狂いで見てたんです〟


〝そんなに命かけてまで見るものかな〟


〝私、AB型なんですが〟


〝ぽいね〟


 ぽい。


〝ひょっとしたら、AB型が一位じゃないかなって思いながら見てたんです。そうしたらなんと。AB型が堂々の一位だったんです〟


〝それは……、ただ単にラッキーなだけじゃないの?〟


 いや、別にラッキーでもないな。確率四分の一だし。


〝私は思わず持っていた歯ブラシを落としましたね〟


〝歯みがきしてたんだ〟


 ちっとも死に物狂いで見てない。ながら視聴だ。


〝それで、一つ思い出したんです。きのうの数学の時間なんですが〟


 きのうの数学の時間……。


 ああ。沙鳥が頭の中で、来年の年賀状に書く文面を推敲してた時間だな。あれはかなり心を乱された。なんせ、まだ五月なのだから。


〝実はきのう、たまたま私、予習してなかったんですが〟


 いつもしてないくせいに。


〝なぜか不思議と先生に当てられないだろうという自信があったんです〟


 それは自信じゃなくて願望だ。


〝そうしたら、見事に当てられなかったんです〟


〝だからそれも、運がいいだけだよ。というかちゃんと勉強しろよ〟


〝このように、未来をコントロールしたとしか思えない出来事が、立て続けに起きているんです〟


〝サンプル二つ?〟


〝ふふふ……〟


 沙鳥はまた、ものものしい沙鳥になった。


〝どうやら……この私に驚かれているようですね?〟


 ある意味ではな。


〝沙鳥。悪いけど、それだけじゃ超能力とは思えないんだけど〟


〝いえいえ。まだまだあるんです。そういうことが〟


 沙鳥は得意げに念を飛ばしてきた。


〝例えば……。私が家を出るとき「今日は学校に遅刻するんじゃないか」って思ったら、必ず遅刻します〟


〝それは単に、時間と距離の問題だよ〟


 遅刻しないように早く出ろ。占い見てないで。


〝それから、近所にガラガラの喫茶店があって「そろそろつぶれるんじゃないかな」って私が思ったら、数日後につぶれていたり〟


〝それは、経営の問題だな〟


 結局、似たようなお店がまたできたりする。


〝あとは、友達の食べてるアイスを「一口くれないかな」と思ってじっとその子の目を見つめていたら、一口もらえたりするんです〟


〝それは友達の優しさだろ〟


 小さい子供か。


〝さらに、テレビ見てて「この芸人さん、ブレイクするんじゃないかな」って思ったら、いろんな番組で見かけるようになったりとか〟


〝それは芸人さんががんばったんだよ〟


 沙鳥の手柄ではない。


〝「晩ごはん、てんぷらがいいな」と思ったらフライだったりとか〟


〝それはもう違うものだけど〟


〝「なんだかあったかくなってきたな」と思ったら、五月だったり〟


〝むしろ遅いよ気づくの〟


〝そろそろ誕生日だなと思ったら、もう来週の今日です〟


〝めでたいね〟


〝そんなふうに、気づかないうちに未来をコントロールする力を使ってしまっていたわけです〟


〝今のエピソードからよくそう思えるな〟


〝私、なんだか自分が怖くなってきました〟


〝ある意味ではな〟


 沙鳥は不安そうな念を送ってきた。


〝どうしましょう?〟


〝……どうもしなくていいと思うよ〟


〝だって怖いじゃないですか。普通、超能力って一人一つじゃないですか〟


〝バトル漫画とかだとそうだな〟


〝二つ持ってるなんて、規格外の卑怯なボスキャラですよ。きっとろくな最期になりません……。どうしましょう〟


〝……大丈夫だよ。沙鳥〟


 僕は念じた。


〝沙鳥の持ってる能力はテレパシーだけだ。十中八九〟


〝芯条くん……〟


 沙鳥は、呆れた様子で念じてきた。


〝私の話聞いてました?〟


 沙鳥にそのセリフを言われるとは。


〝聞いてたよ。聞いてた上での回答。沙鳥は間違いなく、テレパシー使える以外は普通の人間だよ〟


〝では、さっき私が話した数々の不思議現象は、偶然だっていうんです?〟


〝いや、偶然っていうか、あれはただ単に都合のいい解釈――〟


「芯条」


 前の席の宇佐美が、僕の方に振り返って僕の名前を呼んでいる。もちろんテレパシーでなく空気が振動するタイプの普通の声だ。


 宇佐美、悪いな。今、僕は沙鳥と議論の途中だ。邪魔しないでくれ。


「芯条。何をぼーっとしているんだ。さされてるぞ。いわば先生に当てられている」


「え……」


 黒板の前で、優しい社会の先生が僕の方を優しい目で見ている。


 そうだ。授業中なのだった。


「……な、何の問題?」


 宇佐美に小声で尋ねる。どうやら、平城京が廃れていった理由について、尋ねられているらしい。


 そんなの知りません。


 僕は、この状況を作った沙鳥に尋ねた。


〝沙鳥。責任とってくれよ。平城京は廃れていった理由教えてくれ〟


 僕が優しい先生に悲しい目をさせる未来を変えてくれ。


〝うーん、平城京ですか。ごめんなさいです〟


 沙鳥はあっけらかんとした念を送ってきた。





〝過去のことは、お手上げです〟

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