新たな女神の帰還

 突然現れた女神。麦わら帽子で黒髪。白いワンピースのそいつは。


「…………イヴ?」


「お久しぶりね、先生」


 帽子の下の顔はまさしくイヴだ。

 見間違えるはずがない。前に戦った時より格段に魔力が上がっている。


「今の私はリリス。勇者見習いよ」


「あんたどうして……」


「ボロボロだけど生きているのね。それでこそ先生の生徒よ」


「イヴ……? その風貌、前に私と会っているよね?」


「ええ、魔神空間の時にね。ちゃんと修行はしていたかしら? やんちゃな女神さん」


「ヘスティア様のお知り合い?」


 それぞれ驚きを隠せていない。

 戦闘中だというのに、全員の動きが止まっている。


『女神イヴ。勇者に鍛えられた中では最強の女神』


「ふうん、よく調べてあるのね。褒めてあげる。けどイヴはもうやめたのよ」


『勇者に負け、女神界から去ったはず。その後の消息は不明だった』


 ルビィでも本気で身を隠したイヴは補足できなかったらしい。

 腕を上げているな。嬉しいぞ。


「今は勇者見習いよ。でも女神なら参加できるのでしょう?」


『……興味はある。勇者の鍛えた女神。その極地』


「まだまだ極めてなんかいないわ」


 コピー女神が構えを取る。

 戦場が動きそうだな。


「気をつけるデスよイヴ。そいつらワタシたちでもきっついデス」


『女神イヴの参戦を認める。ただし、コピー女神を更に追加。打ち倒す難易度を上げる』


「頑なにリリスと呼ばないのは嫌がらせなのかしら? 助けに来たのにこの仕打ちはどういうことよ……」


 かっこよく登場したのにうなだれている。

 哀愁が漂っているのでフォローしてやろう。


「かわいそうだから聞いてやる。なんでリリス?」


「イヴは先生に鍛えられ、先生の後ろをついていく存在だった。でも今は違う。勇者の横に、対等な存在として並びたい。いつかそうなりたいという誓いと願いよ。だからリリス」


「意外と理由がちゃんとしてる」


「…………先生は私をどう見ているのかしら? 他の駄女神と一緒くたにしないでちょうだい」


 声から不満がありありと伝わってくる。

 そういうことならリリスと呼んでやろう。


『女神イヴの参戦を確定。戦闘を再開する』


「そう、ならその粗雑な紛い物で」


 コピーの一斉射撃が始まる。

 リリスは着弾する直前。右腕を横薙ぎに振る。それだけで。


「このイライラを解消してもいいのね?」


 コピーが半分ほど吹き飛んだ。


「なっ……馬鹿な……」


「戦って実感していましたが、相変わらず化物ですね」


「女神の領域と限界を突破しているな」


 コピーが散らばり、光速を超えて接近する。

 そこから一撃を繰り出す前に、リリスの攻撃は終わっていた。


「遅いわ。そして気に入らない」


 俺とジン以外、誰も攻撃した瞬間は見えていないだろう。

 リリスへ近づいたものから順に、膝から崩れ落ちていく。


「勇魔救神拳を汚したわね」


 魔力が渦巻き、怒りによって爆発的に膨らんでいった。


「先生の優しさも、強さも、気高さも理解できないお人形の分際で……その拳を汚したわね」


 コピーの群れの中心で、その手刀を繰り出し、斬滅する。


「絶対に許さないわ」


『おかしい。それは女神が到達できる領域ではない。コピーは群れればどんな邪神にも女神にも負けないように設計してある』


「先生が女神界にどれだけ貢献したと思っているの? どれだけの世界と女神を救ったか知っている? 先生より多くの人を幸せにした人なんていないわ。それなのに勇者活動を禁止? ふざけるのも大概にしなさい…………先生を止める権利なんて、誰にもない!!」


 再度構えを取る。俺以外で唯一本家と言える勇魔救神拳だ。


「この拳は、私と先生が作ったもの。先生の、勇者の歴史そのもの。それを思い知らせてあげる」


 五本の指が風景に溶け、巨大な爪痕を空間に残す。

 どんな無効化能力も、不死属性も透過し、相手の魂や核だけを切り裂く技だ。

 ゲーム世界なら防御力や無敵結界を無視してぶち込める。


「勇魔救神拳、拳技の三十四。透過裂爪」


「これで全滅か」


「フン、昔よりは腕を上げているようだな」


 コピー女神の発生源まで空間をすり抜けて切り裂いたため、もうコピーは出せない。少なくともこの世界でコピーを作るという概念まで消したからだ。

 やっぱり勇魔救神拳は封印しておかないと、誰かが悪用すると危険だな。


「あらいたのジン。まだ無駄な挑戦を続けているのね」


「勝つまでやる。俺様に敗北は似合わん。貴様こそ師匠に迷惑をかけていたようだが?」


「うっ……反省して勇者見習いやってるわ。いつまでも魔王なんてやっている誰かさんとは違うのよ」


『あり得ない。生物と神の限界を超えている』


 ルビィの声に同様が感じられる。ここまで差があると思わなかったのだろう。

 部屋の透明な結界が解かれた。同時にまた鐘が鳴る。今何回目だっけ。


「限界なんて超えてなんぼでしょう?」


「同感だ。そうしなければ師匠は超えられない」


「これが人や神の力だよ。こういう奇跡を起こせるんだ」


 これは人間だけでも、女神だけでも可能だ。

 両方が合わさると世界を変えるくらいの力を得る。

 だからこそ使い方を誤ってはいけない。


『……試練は突破。次から魔王の参戦を許可』


「ようやく出番か」


「別に出なくても私がなんとかするわ」


 イヴがこちらに来ると同時に、人間組と女神組も集まってきた。

 ボロボロになっちゃいるが、全員生きている。


「なんかまたすげえ女神が来たな……」


「わたしを先生のカレー屋に連れて行ってくれたのって……」


「ええ、私よ。無事に世界は救えたようね」


「はい! あの時はありがとうございました!!」


 リリカの世界で手引きしたのはリリスらしい。

 妙な所で接点があるものだ。


「んん? 先生が私とカレー屋やっていた時期だよね? その時期にイヴが勇者見習い?」


「今更それ言うか? 時間なんていくらでも移動できるだろ」


 時間移動も別次元旅行もできて当然。

 言うまでもないことである。

 なんか思うところでもあって過去にいたのだろう。


「昔の先生がちょっと気になっちゃって、見てみたかっただけよ」


「それは気になりますね」


「たいして変わらんよ」


「本当に外見変わっていなくて驚いたわ」


 めっちゃ昔に不老不死だからなあ。

 勇者やるのに寿命とか邪魔でしかないし。


「まあそれはどうでもいいんだよ。とりあえずおかえり、リリス」


「ええ、ただいま先生」


『次は本当に強敵。ゆっくり休んで、万全の態勢で来て。簡単に死なれると困る』


「ほう、今の戦いを見てそう言うか。余程のものであろうな」


 リリスの戦闘を見て驚いていたはず。

 そしてジンの加入も認めた。

 それでも準備をしてこいとは、相当にきっつい試練らしいな。


「わかった。まず全員回復だ。休め」


 ここで改めて全員を確認しておく。

 死者がいないことが素晴らしい。

 このままでは終わらないという、何か嫌な予感もするが、これ以上の敵ってなんだろうか。


「ついでに私の加護もあげるわ。全能力を爆発的に増幅させるの」


「なにかもっと反則技みたいなものはないんですか?」


「ないわ。というより、ここからはそういう小細工は効かないわ」


「だろうな」


 コピー女神でもリリスには勝てなかった。

 ならば余計な加護なんて持っているだけ邪魔になるはずだ。

 ならば意地になって無限に加護を増やすか、極限まで鍛えられた存在を投入するか。


「行ってみればわかるわよ。こんなところで負けるわけにいかないのは一緒でしょ」


「そうですね。そろそろいいでしょう」


 休憩を開始してから何度目かの鐘が鳴った。

 全員立ち上がり、より強くなった力をその身に宿して進む。


『ようこそ』


 外だ。部屋の、建物の中に外の景色を作ったのだろう。

 検索してみるとやたら広い。

 遠くに扉だけがある。あれが次の空間への入り口か。


『ここはシンプルに強さを見る』


「今までだって似たようなもんじゃない」


『もっとシンプル。そして、最も危惧すること』


「どういうことだい? 説明してくれるんだろう?」


『ここまでリリス以外は団結し、絆の力と特訓により勝ちを得てきた。けれど、それが通じないほど強い存在がいたら?』


「それを想定していたのがコピー女神ではないのデスか?」


 扉から出てきた敵を確認し、全員の動きが止まる。


「何よこれ……どういうこと?」


「…………俺?」


 そこにいたのは、どうやら見た目まで俺をコピーした何からしい。


『勇者が世界に絶望し、世界を滅ぼす存在へと変わったら、貴方達で止められる?』


「そうきたか。厄介な真似を」


『さあ、最強の敵となった勇者に勝てる?』


 そして戦いは始まる。

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