勇者であるという手加減

 次の敵は俺のコピーっぽいものが一体。

 正直肩透かしというかなんというか。


「がっかりね。先生のコピーなんて作れないわ」


「同感だ。全女神の魂を結集しても、師匠には遠く及ばん。ハリボテのザコができるだけだ」


「いやいや勇者どんだけ強いのさ」


「訓練だけでは理解できませんよ」


「そうだねえ、結局本気出したところを見たことがないし」


 そんなことはルビィだって百も承知のはず。

 あえて俺を出した理由は何だろう。


『戦闘開始』


「面倒な。師匠の偽物というのが気に入らん」


「消えなさい紛い物」


 ジンとリリスによるパンチが直撃するその瞬間。

 コピーが両手を伸ばして拳を掴んでいる。


「……ほう?」


「あら、そこそこやるのね」


 油断せず、すぐさま距離を取る。このへんは体に叩き込まれているのだろう。


「カラクリが知りたいねえ。二人の攻撃は女神じゃ止められないはずだよ」


『女神界誕生から限界まで女神のデータを入れ、再現した虚無に食べさせた』


「それだけじゃないと思います。虚無は知りませんが、まず先生のコピーが成立しないはずですよ」


『忠告する。全力で戦って。そいつは勇者の力を残した虚無』


「なんだって?」


 コピーが光速で動き、クラリスと美由希に迫る。


「くだらん。切り伏せるまでだ!!」


「さっさと倒れるデース!」


 二人の攻撃をまったく同じ動作で打ち破り、腹に一撃入れて即移動。


「うぐっ!?」


「アウッ!!」


 結構動けるタイプらしい。速いな。光速の二百倍かな。


「フレアチェーン!!」


「加勢しましょう」


 魔女の炎の鎖がローズの太陽の炎と混ざって強化される。

 この時点で並の神なら蒸発するが。


「うっげ、弾かれた」


 気合を入れただけで消している。変だな。

 なんかこう……虚無の戦法じゃない。俺に似せているのだろうか。


「七龍旋風脚!!」


 龍一の攻撃を顔に食らってもびくともしない。


「圧縮女神螺旋!!」


 サファイアの攻撃の嵐を平然と歩いて抜けていく。


「バーニングブレイカー!」


「一点集中で打ち込めばいけるはずですわ!」


 正面から集中攻撃で潰す作戦に出たようだ。

 その攻撃をくらいながら直進し、まず人間側を殴り飛ばして数を減らす。


「うげえ!?」


「きゃあぁ!!」


 組み付いたクラリスとヘスティアを振り回して武器にしながら、他の女神を襲う。

 そこそこ威力があるようだが、必殺の一撃じゃない。


「なんでしょうね、凄く見覚えのある光景ですよ」


「あたしらも特訓で死ぬほど見たね」


「文字通り死ぬほどな」


 純粋な身体能力と反射神経のみで、女神と人間の最高峰を手玉に取っている。


「先生の戦闘だ」


「全部が通じなくて、どうしようもない感じ。まさしくそのものデス」


「俺の戦闘スタイルそんな雑か?」


 結構気を遣っているんだぞ。

 死なないようにとか、どのくらいの速度なら見えるのかとか。


「技術を使う必要がないからそうなるのだ。雑に殴ればカタがつく。それに慣れすぎているのだ」


「先生に本気を出してもらえない弱さを嘆くのみデス」


「だがおかしい。あんなコピーは作れんはずだ」


『あれは勇者の力を食べた虚無』


「ちょっと面白そうね。聞いてあげるわ」


 完全に息が上がっている。時間稼ぎのつもりだろう。

 俺もちょっと興味が湧いた。


『かつて勇者パーティーは虚無の本体と戦い、勝利した。そのデータを調べていくうちに、戦闘により勇者の力を少しだけ食べた事実を見つけた』


「初耳だねえ。いたとしても、完全に消滅させたぜ」


『知っている。戦場は世界ごと完全に消滅していた。けれど諦めず、戦闘の余波が染み込んだ世界を探し続けた。異世界の統合によって、その力はより見つけやすくなった』


「そこまで計算してのことか」


「小賢しさマックスですわ」


 かなり周到に計画されていたのだろうか。

 ルビィしか本当の目的を知らないで動いていたのかもしれない。


『虚無が食べたのは、かつて百分の一の力を出した勇者の、百億分の一ですらない欠片だけ』


「……この前百兆分の一で世界消せるとかジンと言ってたような」


『それより圧倒的に弱いよ。現時点の勇者はその戦闘時より圧倒的に上。これはせいぜい女神や世界を壊す力しか無い』


「そうかい、そいつは素敵なニュースだな」


「そうね。それと戦わなきゃいけないということを考えなければね」


『休憩終わり。戦って』


 そしてさらに戦闘は激化する。

 全員が致命傷を避けるため、距離をとって防御魔法をかけつつ攻撃していく。

 だがどんな攻撃も決定打どころか、傷をつけることすらできない。


「俺様が超えるべきは貴様のような偽物ではない!!」


 だが例外はある。ジンとリリスだ。

 二人はコピーを殴り飛ばせる。

 スピード勝負でも負けていないし、遠くまで吹っ飛ばせるパワーもある。


「効いているのかいないのか」


 だが瞬時に戻って来るし、回復魔法なのかノーダメージなのか曖昧だ。


『勇者は何度でも立ち上がる。全ての敵を滅するまで。自分自身こそが最後の砦であり、最強の剣であると知っているから』


「ダメだ何やっても効かねえぞ」


「何か弱点とか知らないのかい女神様。生徒だったんだろう?」


「……先生の弱点ってどこ?」


 そこで沈黙とともに全員の動きが一瞬止まる。

 人間組が先に口を開いた。


「一応人間なのよね? 脳か心臓じゃないの?」


「脳か心臓でいけますか先生?」


「無理。臓器ゼロでも普通に動ける。欠けて弱体化するとしんどいじゃん」


 ぶっちゃけ人体なんていくらでもいじれる。

 心臓とか血管も鍛えているので傷つかない。


「血が全部抜けるとか、酸素が取り込めないとダメとか」


「ないよ。血は出し入れできるし武器にできるから、下手に流すとやばいかも」


 無限に出せるし、光速を超えて飛ばせる。

 ウォーターカッターなんぞ比較にならんほど鋭いぞ。


「別次元に飛ばすというのはいかが?」


「別次元から攻撃できるし、行き来する手段なんていっぱいあるぞ」


「何らかの方法で肉体と魂を分離するとか、肉体を消してしまえば死ぬのでは?」


「別に霊体で自分に蘇生魔法かけりゃいいじゃん」


「ちょっとは弱点とか作っときなさいよ!!」


 なぜか味方から不満の声が続出しています。

 勇者に弱点なんかあったらダメだろう。

 克服しておかないと勇者っぽくない。


「あったら助けられない人が増えるだろ」


「先生の強さは弱点を全部克服していったうえで存在する」


「人間は漢方飲んでバランスよく食事をし、筋トレすれば健康になるだろう? そうやって弱さを克服していくはずだよ」


「センセーはそれを宇宙で生活できるようにとか、水銀ジョッキで飲めるとか、臓器が無くても平気とか、そういう頭おかしいレベルまで徹底してやっちゃった狂った人デスからねえ」


 なんでしょう、なぜ俺の評価はそんな感じなんでしょうか。

 いや尊敬されていたり、感謝されていることは感じますよ。


「それって女神の加護じゃないのか?」


「それもあったよ。けど先生はそれが消えた時のために、加護なしでも同じことができるよう克服してる」


 そりゃそうさ。そうじゃなきゃ、助けられずに後悔するからな。

 全部できちまうくらい強くていいんだ。勇者なんだから。


「弱点が一切ないし、純粋に全ジャンルで頂点に立てる人よ」


「だから一芸に特化したやつが、一転突破で倒すしかないってことか?」


「違うデス。一転突破を狙っても、膨大な加護と特技の波に飲み込まれるだけデス」


「勇魔救神拳がどれだけあると思っているの。必ず特化型に対抗する技があるわ。全世界の異能や技術全部が詰め込まれた拳よ」


「つまり同レベルに全知全能を超えた、万能の究極生物が身体能力で倒すしかないと」


「敵にすると本当にタチ悪いですね先生」


 なんかどんよりした空気が立ち込めてまいりました。

 戦闘中だぞー。集中しなさい。


「どうすんのよこれ」


『そういえば、十二時の鐘が鳴るまで生きているという課題を出したと聞く』


「言ったな」


『教えてあげる。あと二回で十二時になる。だからスパートをかける』


 コピーが初めて構えを取る。

 直感だか予感だか予知だか知らないが、俺とジンが同時に叫んでいた。


「サファイアッ!!」


 コピーの手だけが、サファイアの首を絞めている。


「う、あぐ……」


「サファイア!」


 手首だけを別次元を介して移動させている。

 そのため引き剥がそうにも大技が使えない。

 使えばサファイアに怪我をさせる。


『勇者は決して力だけじゃない。心技体が究極のレベルにまで高まっている』


「本体を叩くだけだ!」


 勇者組が突進するも、途中でコピーの遥か後方へ移動する。


「なん……だ……?」


「魔法も届かない! どうなってるのよ!」


「次元に干渉しているんだ。コピーはこの場にいて、この場にいない。自分の座標すら自在に変えている」


「つまりどうすりゃ殴れんだよ!」


 事態を察したリリスが動く。

 あいつは次元の狭間を経由してコピーの手を攻撃できる。


「ああもう……面倒ね」


 ギリギリの所で手が引っ込められ、コピーの元へ戻る。

 傷が付く可能性は残っているな。


「うえ……げっほげほ! 最悪よまったく」


『まだまだ技はある。そして、勇者というハンデを脱ぎ捨てた恐怖はここから』


「勇者という……ハンデ?」


 コピーが両腕を高く上げ、魔力を練ってから天へ放つ。


「あれはちょっと……まずいわね」


 見上げれば、星がより一層明るく輝き始める。

 どんどん大きくなるそれは。


『勇魔救神拳、異能の五十五。死標銀河』


「隕石?」


 一見すれば大量の隕石が降ってくるようにも見えるだろう。


「隕石だけじゃない。全部の星がここを終点として突っ込んでくるわ」


「しかもご丁寧に、個別に状態異常や地水火風などの異能特殊攻撃付きだ。一発一発が全存在へ死を運んでくる」


「一発でも当たれば星は滅ぶわ。そこに住む人々も消え、ただ死に冷やされた世界が残るだけよ」


 終わることのない広範囲攻撃だ。

 しかも天体を破壊しても、コピーなら星を無限錬成できるはず。

 そのための魔術も当然あるのだ。

 宇宙の端っこに、星を量産する工場みたいな星を一個作ればいい。


「さっさとコピーを倒せ。俺様の気は長くないぞ」


 ジンの両手から暗く黒く深い闇が溢れ出し、落ちてくる星の海を砕いて飲み込んでいく。


「アンチブレイブアーツ。全星々を闇にて誘い続けよう」


『まだ終わらない。勇者が勇者であるという枷から解き放たれたのだから』


 コピーが魔力とは違う、異質な色に包まれていく。

 これは超能力か。テレパシーのたぐいだな。


『勇者ほどのエスパーになれば、声だけでなく情報や映像を強制的に流し込むことも可能。それが人も神も壊れるほどの量であろうとも』


「なんですって!?」


『どんな声と映像であろうとも、必ず送り込む。勇魔救神拳、異能の三百二十四。スティンガービジョン・テレパス』


「そう簡単にはいかないわよ」


 膨大なテレパシーの波動を全て同種の念で打ち消して、全員に映像が流れ込むのを防いでいるリリス。かなりの神経を使う荒業だ。正に神業。


「リリス、何が起きてるの?」


「あんまり話しかけないでちょうだいな。テレパシー全部が針よりも細いわ。それが何千億もみんなに向けて飛来する。全部消すには集中するしか無いわ」


「魔力を全身に張り巡らせろ。それでなんとかカバーできるはずだ!!」


『たった二個。二個の技を使われただけで、最高戦力が動けない。仲間という人質を攻撃させないために』


「勇者が人質かよ」


『これが悪に堕ちた勇者の戦闘スタイル。勇者としての振る舞いをせず、自由に能力を行使できる。ただそれだけで、無敵の悪となる』


 長時間の戦闘は不利だ。スタミナの問題もある。

 だがそれよりもコピーの引き出しが圧倒的に多く、対処できるものが二人だけという状況が続くことがまずい。


「ボサッとするな! 誰かが師匠のコピーを叩けばよいだけだ!!」


「はっ、はい!! ファイナルライトニングウウゥゥゥ! セイバアアァァァ!!」


 状況を把握したリリカが突進し、コピーに必殺技を叩き込む寸前。


『リリカチャン、ドウシテ?』


 コピーがあやねの姿と声で語りかける。


「あやね……ちゃん?」


 一瞬だがリリカの動きが止まる。

 その隙は、コピーが動くには十分な時間で。


「逃げろリリカアアァァ!!」


『これが勇者であるという手加減のない、誰も勝てない絶対悪』


 コピーの右腕が、リリカの腹を貫いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る