虚無とルビィの存在理由

 三人が虚無と戦うのを眺めているわけだが。


「まあそりゃ苦戦はしても勝てるよなあ」


 簡単だ。宇宙よりでっかい敵だろうと、一撃で消せるパワーで殴ればいい。


「…………本当に殴るのが最適解なのね」


「こちらの世界へようこそ、サファイア」


「いやあ……なんか腑に落ちないわこれ……」


 猛烈に渋い顔である。完全に納得いっていない。


「だってこんな……せっかくキラキラしてかっこいいわたしになったのにぶえあああぁぁ!?」


 集中を切らしたため、背後から虚無にぶっ飛ばされて飛んでいく。

 ギャグ漫画みたいだな。


「いっ……たいわね!!」


 怒りで魔力を上げ、右ストレートで消し飛ばす。

 大怪我しているわけでもないし、やはりあの形態強いな。


「こいつら攻撃力が上がっているぞ」


「進化するって言っただろう。まあがんばれ。全力出しゃいけるって」


 衝撃の波が世界を荒らし、轟音がこの世の終わりなんじゃないかってくらい鳴り響く。

 そんな観戦には向かない環境で、生徒の成長具合を確認している。


「簡単に言いおって。ならば見せよう……俺様の部分形態変化!」


 ジンの右腕だけが第二形態へと移行し、豪腕が天も地も関係なく衝撃により砕け散る。

 純粋に腕力だけで大量に虚無を消し去っていく。

 最強の魔王は伊達ではない。


「俺様は師匠を倒すためにいる。雑兵に相手が務まるほど安い魔王ではない!」


「ううぅぅぅ……こいつらおっきいくせにすばしっこくて邪魔!!」


 当然だが全員光速の七億倍くらいで動いている。

 それに追いつき、ビームだの突進だの異能だのとバリエーション豊かに攻撃してくる虚無。実に邪魔くさい。


『苦戦はしても、致命傷は負わない。やはり勇者に鍛えられた存在は異常』


「鍛え方ってもんがあるのさ。ノープランでなんとなくやってもダメだ」


『それでもおかしい。全攻撃が数億の次元を消滅させるレベル。ほとんどの世界はこんな戦いを想定していない』


「だが目の前で起きている」


 虚無との戦闘にはいくつか手段がある。

 戦士によって方法はまちまちだが、やれないことはない。


「うぐぐ……先生! なんかアドバイスちょうだい!!」


「じゃあちょっとアドバイスだ。こういうでかくて気配とか質量とかなーんにも感じられない系はな、ジンのように圧倒的な戦闘経験と魔王の勘で戦うか」


「リリスのように気配だの魔力だの空気だのを察する特殊能力を全部使うかだろう」


 ここはモロに戦闘経験の差が出ます。

 今まで培った経験全てを出し切るしか無い。


「あとはとにかく全面攻撃すればいいわ。今のサファイアならできるはずよ」


「脳筋すぎない?」


「お前が言うか? 脳筋の権化だろ」


「ちっがーう!!」


 抗議されるがピンと来ないです。

 それでも改善するように授業はしたさ。マシにはなってると思うよ。


「しかし厄介ね。並の攻撃じゃあ弾かれるか取り込まれる」


 半端な攻撃魔法がどんどん虚無に飲み込まれていく。

 これがめんどいんだよ。ちまちま削る戦法と相性が悪い。


「そろそろ目で追うのがきつくなってきたわ」


「感覚よ。先生に授業してもらっているでしょう……いいわねえ授業。懐かしいわ」


 笑いながら勇魔救神拳を使い分け、的確かつ着実に虚無を屠るリリス。

 冷静な判断力と、確実に実行するだけの身体能力がある証拠だ。


「受けに来てもいいぞ」


「考えておくわ」


 激化する戦闘についていく三人。

 だが無を殴るというのは感覚が掴めないのだろう。ちょい苦戦気味。


「虚無は世界そのものよりでかい。つまり世界に現れている部分だけを消そうとしてもダメだ。宇宙の外側にいる本体を完全に消す。破裂させるイメージで戦え」


「早く倒さんと無限に成長し続けるぞ」


「そこだな。無限かける無限で無限に成長し続けるっていう、無限のバーゲンセールだ」


「つまりわたしはそいつら倒せるくらい無限で無限で無限に強いのね!!」


「そうやって集中を乱すと……」


「ぶへえぇぇい!?」


 またぶっ飛ばされている。もうどうしようもないなあいつのアホさは。

 融合する時に他のやつらの賢さを手に入れているはずなんだが。


「あだだだ……ああもう! じゃあなんで先生はこいつら倒せるのよ!」


「師匠は全存在が無限進化を続けた最後の最後。存在の極地であり頂点に到達している」


「例外なく先生以下で、ゴールが先生と互角になれるかどうかなのよ」


 やたらと褒めだしたな。なんか気味が悪いぞ。何を企んでいやがる。


「それでも勝てないやつとかいないの? ギャグ漫画の住人とか」


「そのマンガ書いている人間に催眠術かけて、自分が勝つ内容にさせているのを見たことがあるわ」


「うーわきったな!? 勇者のやることじゃないでしょ!!」


「その展開もギャグにしたからセーフだ」


『勇者は汚い』


「変なことを学習するな!!」


 そんなこんなで戦いは続き、いよいよ三人にダメージが入り始めた。


「誉めてやろう。俺様に血を流させたのは、師匠とリリス以外では貴様が初めてだ」


「なるほど……これがかつて先生のパーティーと戦ったという災厄ね。納得したわ」


「ほんの少し……厳しいわね」


 今までの敵は大きくても星に収まるレベル。

 それより強くても人間サイズであることが多かった。

 こういう戦闘はサファイアには難しいのだろう。


「倒してもキリがないし」


「こちらの攻撃に順応しているな。小賢しい」


 だが血を流しながらも感覚で有効な攻撃を選別。

 的確に虚無を潰せるようになっていく。

 基本的に才能の塊だからな。


「うぐ……調子に乗りおって!!」


「ここから本気出しましょうか。余波で死なないでねサファイア」


「どんど来なさい!!」


 さらに三人の力が上がっていく。

 それは俺が防御障壁を張らなければ、世界から漏れ出て異世界を消してしまうかもしれない。

 消さなくても大きく運命や因果が変わっていくだろう。


「相変わらず先生は優しいわね」


「どうせこれをあてにして開放したんだろ? 見てるだけってのもつまらんしな」


 どこまで成長しているのか知りたかった。

 こいつらは強い。追い込まれるという機会が圧倒的に少ない。

 だからチャンスだとか思ってな。


「これが女神の加護とか特殊能力と一緒に身体能力も上げさせた理由だ。虚無には死の概念すら無い。無限に増えるから、即死技や並の必殺技程度では全部倒せない」


「純粋に殴って倒せるくらい強くないと無意味なのね」


「そういうこと」


 特技一辺倒だと効かない敵に弱くなるからね。

 トレーニングは大事です。


「じゃあちょっと見本見せてよ」


「楽しようとするんじゃない」


「えー……じゃあ本気出すから、わたしたちが限界超えて攻撃すれば消せるギリギリまで減らしてみせて」


「なかなかアクロバティックな要求しやがるな」


 そういう知恵だけつけやがって……どうしたもんかね。


『勇者の戦闘に興味がある。女神界の資料では、ほとんどが殴れば終わっている』


「ほらほらこう言ってるわよ」


「いやお前ら敵同士だからね」


 敵でも使えるものは使ってやろうという心意気は認める。


「そもそも虚無って先生が潰したんでしょ?」


『本体も残党も壊滅した。さらに僅かに残された残党も、ヘスティアとカレー屋をやっている時代に勇者が殲滅している。今戦っているのは、女神界の悪い女神が回収した破片と、戦闘記録から作った本物だけど紛い物』


 ほっときゃ死人が大量に出るからな。

 使える加護何百種類もミックスして、徹底的に捜索して潰した。

 女神界マジでろくなことしねえ……駄女神より質悪い連中もいるからなあ。


『だから指揮官クラスが一匹いるだけ。あとは勇者因子で強化した虚無コピー」


「これでコピー……厄介なものねえ」


「ならばなぜ虚無のコピーなど作る? 消えたもののコピーに怯えるのか?」


 ちょっと興味が出たので戦闘中断。

 俺たち五人以外の時間を止め、念の為サイコキネシスで虚無の体も止める。


『もう二度とそんな存在は出てこない? そう言い切れる?』


「それは……けどこうして戦えてるじゃない!!」


『何人戦えるの?』


「どういう意味かしら?」


『融合していない貴女達は何体倒せるの? 無数に存在する虚無は、それぞれの世界だけで倒しきれる?』


 三人が言葉に詰まる。

 正直なところ少し難しい。それは理解しているのだろう。


『人の願いや希望が奇跡を起こすと仮定して、その奇跡は虚無を超えられる? 偶然ここにいる勇者と同じくらい強い存在が生まれる?』


「結論から言え。結局お前たちの目的は何だ?」


『どちらがより安全なのか。世界はどうしたら平和になるのか知りたい』


「襲ってきた戦闘女神どもは、平和とは程遠い俗物だったが?」


『虚無を知らない下っ端女神は、新しい女神界での権力が欲しくて動いている』


 どうもルビィだけが本当の目的を知っていたようだ。

 あとは女神の威光を増やし、全世界を平和にして偉くなるとか、まあなんかそういうアレな悪どい女神が加担したんだと。


「つまり女神界の掌握や、好き勝手に贅沢三昧することが目的ではないと?」


『違う。あくまでも世界を統合し、女神界が少数の幸福な世界を全力で管理し、広げ、虚無の生まれるスペースを消す。それにより平和の維持と第二の虚無の発生を止めることが目的』


「それはルビィの発案なの? あんたの正体がいまいちよくわかんないわ」


『私は女王神とサファイアの保険。今の勇者と女神のシステムが不調になり始めた時、まったく別の解決方法を模索するために生まれた存在。世界がどうしたらより効率よくハッピーエンドになるか。それだけを突き詰めるため、遥か昔の女王神が残した遺産』


 駄女神が増えすぎたことで起動した、世界に対する保険みたいなものかね。


『女王神とサファイアは女神界の秩序を守るための力と、仇なすものへの処罰決定権を持つ。それがあれば、異世界の法則までも塗り潰せるはず』


「できるっちゃあできるだろうが……荒業もいいとこだぞ」


「すべては駄女神が増えすぎたから、ということだな」


「わたしらのせいだっての?」


「否定はできないわね」


 世界はそれこそ無数にある。すべてを管理できるわけではないのも知っている。

 だが人の可能性と、優秀じゃなくとも世界を守る女神を知っている。

 それはどちらが上とか、そういうもんじゃないはずだ。


「俺も駄女神には迷惑かけられてるよ。けれど世界は個人が全部管理するもんでもない。ちゃんと真面目に働いている女神もいる」


『優秀な女神を優秀な世界に多く派遣し、それによりその世界を盤石にし、別の可能性を消す。それは平和ではないの?』


「それも一つの形だろう。けれど、幸せってのは押し付けりゃいいってもんじゃない。俺だってそうさ。異世界で出会うのが優秀だろうが駄女神だろうが、その世界は楽しかったよ。どっちだってな」


 これは本心だ。俺の旅は女神との旅。

 強敵というものが存在しなくなっても戦えていたのは、女神が俺の心を癒してくれていたからだろう。


『それでも勝てない、圧倒的な悪は存在する』


「だから俺みたいな勇者がいる。案外誰でもなれるぜ、勇者ってのはな」


『まだ結論は出ない。わからない。答えが出るまで続ける。それだけが私が生まれた意味』


「しょうがない……お前ら準備しろ。虚無はギリギリまで倒してやるよ」


 少し準備運動でもしますかね。


『今まで殴れば終わっていた。それ以外の解決法が見たい』


「ん?」


「じゃあ手を使うの禁止ね!」


「何だよ急に」


 また妙なこと言い出しやがったぞ。

 これは面倒ごとの匂いだ。


「なら足も禁止しよう。師匠なら可能だろう?」


「加護も禁止ね。魔力は……どうしましょうか」


『使っていい。ただし攻撃魔法は禁止』


 どんどんよくわからないルールができていきますよ。


「はいはい、やりゃいいんだろ」


 別に倒す方法なんていくらでもあるしな。


「じゃあいくぞー」


『勇者の観測を開始』


 とりあえず軽く息を吸いまして、俺たち五人と虚無以外の全部を吸い込む。

 完全な闇となった世界で、女神達が出す魔力の光だけが輝いている。


「なに……? 光が消えた?」


「これは……星が無い。この世界から光源が消えたのよ」


 口の中で星々に魔力でコーティングをしまして。


「フッ」


 スイカの種みたいに超光速で飛ばしてぶつければいい。

 衝撃波で紙切れのように千切れ飛ぶ虚無。

 ぶつかり爆裂し、その爆発と衝撃が一切殺されずに世界全域を侵食していく。


「まあこんなもんだよ」


 やがて世界の外側まで誘爆を続け、指揮官一匹を残して全滅した。


「………………もうよくわかんない」


「……いやあ狂ってるわね先生」


「この化物がなぜ人間のカテゴリーなのか理解できん」


「人間は鍛えりゃこのくらいできるよ」


「できるかああぁぁぁ!!」


 いやいやなんとかなるもんだって。

 無理そうなら加護とか使えばいいじゃん。俺以外にもできるやつはいるはず。


『理解不能。生物の限界を超えている』


 全員呆れ顔というか、なんかドン引きされている。非常に不本意だ。


「人間の可能性ってのは、下手なステータスなんかより無限なんだよ」


「いいこと言ったつもりでしょうけど、直前の行動で引くわよ」


「いいから指揮官倒しとけ」


 その後三人の必殺技により、無事指揮官も倒された。


『これで本当に最後にする』


 ルビィの手には虚無の欠片。勇者因子とやらも入っているのだろう。

 それを取り込み融合していく。


『これが最後のデータ取り。これで決まる。正しいのは人類の希望と奇跡か、女神の管理か。女神誕生から今までの全ての歴史と力が私にはある。戦い続けてきた勇者と女神の力も、そこで生まれた力も』


 ルビィの魔力が桁違いに跳ね上がっていく。

 楽に指揮官クラスを超えたな。


『私は歴史の観測者。世界の平和と安定、永遠の秩序を望む願いの結晶』


「そういうことか」


『あなたたちは強い。だからこそ戦闘を長引かせ、この世界で戦わせた』


「あらゆる歴史の中で行われた戦いと、その力を吸収、再現できるって感じだな」


 しかも単純なものじゃない。

 ゼウス戦と邪神戦にコピー戦、その他諸々全部が乗算され続けている。

 戦闘で使われたあらゆる力と記録をそのまま力にできるらしい。


「ちょっとそれまずいんじゃないの!」


「師匠の戦闘も読み込んでいるはずだ」


「少なくとも、私達三人の力は吸収されちゃったでしょうね」


 虚無を超え、人も女神も超え、それでもなお強くなる。

 それは平和のためか、それだけが存在理由だからか。


『どうかこれから出す結論が、女神と世界にとって最善の道でありますように』


 そしてルビィの姿が真紅に染まる。

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