最終章? 勇者追放指令

 なんか突然俺だけが女神女王神に呼ばれた。

 最初に呼び出された豪華な空間に、俺と知らない女神だけがいる。

 灰色の長い髪。赤く輝く瞳。女神の例に漏れず美人だが初見だな。


「時間通りだな。では勇者よ、女神界からの指令を伝える」


「待った。俺は女神女王神に呼ばれたんだ」


「だから私がいる」


「ん?」


「先代はもういない」


 先代ね……前に会った時は元気そうだった。

 あれから短期で何かあって、いきなりこいつに変わったのか?


「改めて指令を伝える。学園の教師は本日この時を持って終了だ。我々の指定する世界へ転勤。その後しばらくは一切の次元転移と勇者活動を禁止する」


「おいおい、そりゃちょっと横暴じゃないか?」


 こいつきな臭いにも程がある。

 なんというか女幹部のイメージだ。怪しすぎる。


「貴様は世界のバランスを崩す。これは先代の頃より議論されてきた」


「初耳だね」


「これでは前途ある勇者が育たない。女神よりも強い勇者などあってはならん。この世界に混乱を生む」


 なんだかボロクソ言われました。

 女神ってそんなにメンタル弱いか?

 むしろ図太くてしんどいんだけど。


「なら女神界で先生やってりゃいいだろ? そうすりゃ勇者活動は休止だ」


「ならぬ。任せた生徒は三人だけだというのに、いつまで教育に時間を掛けるつもりだ」


「一年かけていいんだろ?」


「ろくに成長の兆しすら無いではないか。やはりあのような施設は不要ということだ」


「あいつらは素質がある。せめて卒業まで育ててやりたい」


 こんな中途半端で終わっていいはずがない。

 ようやくまともになってきたんだ。まだまだ教えていないこともある。


「元々乗り気ではなかったと聞くが?」


「だからどうした。あいつらはもう俺の生徒だ。絶対に立派な女神にする」


「これは女神界全体の決定だ」


 取り付く島もないとはこのことか。


「ならせめて、あいつらにメッセージだけでも頼めないか?」


「ならぬ。貴様は失敗したのだ。これからは我々が世界を平和に導く」


「それが駄女神によって失敗してんだろ?」


 やけに自信たっぷりだ。

 女神界にどんな変化があったか知らないが、ちょっとやそっとで解決するとは思えない。


「最早時代は変わった。先代のやり方ではぬるいのだ」


「ならそっちのやり方ってのはなんだい?」


「答える義務はない。指定した異世界へのゲートを開く。既に監視の女神がいる。素直に余生を過ごすのだな」


「余生っつっても無限にあるんだけどなあ……」


 光り輝く魔法陣が展開された。

 乗ってしまえばあいつらには会えない。


「勇者として、教師として頼む。あいつらを立派な女神にしてやってくれ。あいつらの素質は、必ず開花する。女神界にとって損はないはずなんだ」


「行け。これ以上女神界にとどまるのなら、そちらを捕まえなくてはならぬ。罪人にはしたくない。これは議会で決まったことなのだ」


「その議会ってのは?」


「二度は言わん。ここはもとより女神だけの世界。夢であったと思い、静かに暮らせ」


 部屋の外から殺気と警戒心が溢れてきた。

 マジで追い出す気かよ。

 仕方がない。女神と全面戦争なんてする気はないからな。


「行け。貴様が長く留まる程、大切な生徒は扱いが変わるやもしれんぞ」


「わかった。あいつらによろしくな」


 学園と女神界に細工はした。

 もし何事もなく、あいつらが卒業できるほど強く、立派な女神になってくれるのなら、俺はそれで構わない。

 だからこれは保険。ほんの少しのおせっかい。


「それと、俺の前で二度とそんなセリフは吐くもんじゃないぜ」


 この空間から決して漏れ出ないように。

 それでいて並の邪神なら狂うプレッシャーで満たしてやる。


「う……抵抗……するな……」


 両膝を付き、吐き気をこらえるように手で口を塞いでいる。

 吐きながら倒れないところだけは褒めてやるよ。


「俺がどうなろうが構わない。だがあいつらに手を出すな。勇者は誰かに言われてやるもんじゃない。俺がやると決めたら相手が神だろうがやる。覚えておきな」


 そして名残惜しいがゲートをくぐった。


「お待ちしておりました。この世界担当兼監視の女神、リラストです」


 女神界の軍服を着た女神だ。確か指揮官級。

 長い白髪。金色と銀色の目。美人だがお堅いイメージだな。


「よろしく。俺は勇者……だった? まあよろしく」


「上官命令により、あなたを勇者様と呼称します」


 なんだか真面目な人らしい。

 どうしようかな。同居とかするならきついぞ。


「こちらが住居です。足りないものがあれば私が補充いたします」


 二階建ての屋敷がある。

 白基調で洋風だな。中から人の気配がしない。


「二人で住むにはちと大きいな」


「勇者様が余生を過ごす場所ですから」


「そこまで老け込んじゃいないんだが……中も確認するか」


「ご案内いたします」


 無駄のない動きで屋敷へと歩いていくリラスト。

 軍人なのかね? それほど強そうにも見えないが。


「あうっ」


 なんか転びそうになっているリラスト。

 素早くこちらを見てくるので、屋敷を見ているふりでもしておこう。

 俺は何も見ていませんよ。


「鍵……鍵は確かポケットに……」


「どうした?」


「あった。なんでもありません。どうぞ、今日からここが勇者様の自宅です」


 なんでしょう、そこはかとなく駄女神の香りがしてきましたね。

 別に意味で不安になってきたぜ。


「おー、広いな」


 中も完全な洋風だ。赤い絨毯なんかもあって、どうやらかなり豪華な作りらしい。


「あちらが厨房。この先が大浴場。右手に遊技場とトイレ。二階は客室と勇者様のお部屋です」


「さっきまで住んでいた場所と似ているな」


「駄女神学園の宿舎を参考にしているはずです」


 なるほど。言われれば言われるほど似ている気がする。

 逆に未練残らないかこれ。


「学園を思い出すな。なんだか長いこといたような……たまは顔出したいところだが」


「規律は絶対です。この世界から出すわけにはいきません。いつかは次元移動の許可が出るはずです。それまでお待ちを」


「それはいつからだ?」


「少なくとも数年はこの世界にと。追って連絡があるはずです」


 それも本当か怪しいもんだな。

 もしかしてリラストも何も知らされていないのかもしれない。


「紅茶も冷蔵庫もエアコンも完備か。ここファンタジー世界か?」


「現代とファンタジーの中間。そんな時空の狭間です。本来女神のお好みで、周辺ごとどちらかに転移します。歴史をも修正し、決して誰にも気づかれず侵入もできない。そんな不可侵領域です」


「まるで牢獄だな。そんな性能だから、俺を捕まえておけると思ったんだろ?」


「それは……わかりません」


 ちょっと申し訳なさそうに俯いている。

 やはり自分の意志でやっているわけじゃないのだろう。


「悪い。リラストのせいじゃないよな」


「気を遣っていただかなくても結構です。この家と敷地は、あなたが勇者として活動しようとすればするほど、私の判断で生物のいない別世界へと転移します」


「とことん隔離しようってか。厳しいねえ」


 別次元の情報を得ようとしても遮断される。

 完全に通信を不可能にするくらいの何かが出ているな。

 別にぶち破れないほどじゃないが、それをやると女神界と敵対しそうだし。

 しばらく様子見だな。


「私も少し過激だと……いいえ、これは命令です」


 根は優しい子なのかな。ずっと気落ちしたまま過ごすのもアレだろう。

 ささっと紅茶をいれてやる。ついでにクッキーも出してやるぜ。


「ゆっくりいこう。どうせお互い不老不死。生き急いでも意味はないさ」


「いただきます……おいしい! 普通の紅茶のはずなのに……」


「気に入ってくれたか」


「はい! 凄くおいしいです! すっごくいい香りで! 口の中にふわっと……」


 少し笑顔が戻ってきたか。

 この子は軍人。命令は絶対。だからこそこの任務も受けた。

 なら恨みをぶつけるのはかわいそうだ。


「あっつ!?」


「落ち着いて飲めって。クッキーまだあるぞ」


「いただきます!」


「ついでに聞かせて欲しい。女神界で何が起こったのか、知っている限り話してくれないか?」


「う……機密に関することはお答えできません」


 意外に強情。いやこれが普通か。

 話しながらまたお茶の熱さにやられている。

 駄女神というよりドジっ子?


「重要機密じゃなくていい。駄女神学園はどうなる? 女神界の秘策ってなんだ?」


「学園計画は凍結。これからは女王神様の指示で異世界の平和を維持します」


「具体的に話せるか?」


「詳しくは知りません。ですが上官は言っていました。人間などという不安定なものに頼る。それは神の権威を落とすこと。駄女神が増えるのならば、優れた神を用意すればいい」


 なんか要領を得ないというか、すべてが噛み合っていない。

 本質は隠されているのだろうか。

 だとすれば問題はかなり根深い。


「人類のピンチを神々により裏で早期解決し、世界を人間に任せる」


「女神より強い邪神もいるぜ?」


「女神は戦いません。もっと効率よく解決できる方法があるとか」


 それが本当にいい案である保証はない。

 だがあいつらは俺の生徒。ちょっとのピンチは切り抜けられるだろう。

 準備だけはしておくか。

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