先生の消えた学園 ローズ視点

 それはあまりにも唐突だった。

 いつものように三人で教室に入り、先生を待つ。

 そこに入ってきたのは知らない女神。

 軍服だと思いますが、いつもの女神界デザインとは異なりますね。


「はあ? いきなり何言ってんの?」


「何度も言わせるな。学園計画は凍結だ」


 おかしい。あまりにも急だ。

 最低一年は経過を見るはず。


「とりあえず先生が来てからにしましょう」


「あの男はもういない。女神界から去った」


「先生が途中で消えるなんてありえませんわ!」


 カレンと同じ意見ですね。

 あの人がこんな中途半端で終わらせるはずがない。


「成果も出せない男を、いつまでも女神界に置いてはおけん」


「一度先生に会わせてもらえますか」


「言ったはずだ。あの男は女神界から追放した」


「去ったから追放に変わったわね。あんたら何する気なの?」


 教室の外に気配が増えた。学園凍結の通達だけなら何故人員を増やす。

 最悪逃げることも考えましょうか。


「よりよい女神界と異世界にするだけだ。サファイアは我々とともに来い」


「わたしはまだ納得してないわ。学園はお母様の、女王神の計画なのよ?」


「女王神は変わった」


「なんですって?」


 今日は聞いていないことばかり起こりますね。

 これが全部本当だとすると、少々厄介ですが。


「私とカレンはどうなるのですか?」


「必要ない」


「……は?」


「必要なのはサファイアだけだ。先代女王神から受け継いだ力を、世界の平和のために使うのだ。これは女神界と女王神の決定である」


「だからといって、おとなしく従うと思ったら大間違いデスよ」


 教室に入ってきたのは美由希。

 外の気配が消え、扉の向こうで倒れている女神が見える。


「美由希・アリア。我々の邪魔をする気か?」


「この状況でその質問はいただけないデスねえ。認識が遅れていますよ」


 指先から放たれる光は、敵女神の目をくらませる。

 私たちに被害がないのは、光すらも指向性をもたせているのでしょう。


「おのれ抵抗するな!」


「今のうちに逃げるデス!」


 美由希が私たちを外に連れ出す。

 向かっている先は、先生と暮らしていた寮だ。


「ちょっと美由希、どうなってんのよこれ!」


「いいからついてくるのデス!」


 寮内の先生の部屋。そこから壁の一部を押し、隠し扉を出す美由希。

 淀みなくパスワードを打ち込み扉を開ける。

 なぜこんなものを知っているのでしょうか。


「ここは非常時にみなさんを隠せるよう作られた、先生お手製のシェルターデス」


「知らなかったわよこんなの」


「先生は用意周到ですわね」


 中はとても広く、家具もすべて揃っていた。

 どうせ空間でもいじっているのでしょう。

 あの人のやることに一々突っ込んでいたらキリがない。


「いいデスか。ワタシが帰ってくるまで、絶対にこの部屋から出ちゃダメデス!」


「まず説明してください。これはどういうことなのですか?」


「資料は部屋に入れておきました。あとは好きに漁ってくださいデス。では!」


 それだけ言って美由希は出ていった。

 まだ事態が飲み込めていない。この状況は危険だ。


「ねえ、これ監視モニターじゃない?」


 サファイアが指し示すのは、薄型液晶がいくつも置いてある場所。

 どうやらこの家には監視の目があるらしい。


「流石にお風呂とかトイレとか無いわね。わたしたちの部屋もない」


「それはそうでしょう」


「先生は先生で勇者ですもの」


 モニターに美由希と、さっきの偉そうな女神が映る。

 他にも床に寝ている武装女神が多数。


「音拾える?」


「やってみましょう」


 極力簡単に操作できるよう作るはず。先生ならそうする。

 少しいじればできた。


「無駄な抵抗はやめろ。女神界は新たなる秩序と平和を手に入れる」


「サファイアさえ無事なら、まだ希望はあるのデス。さしあたり、ワタシを倒してみるのデスね」


「言われなくとも!」


 敵の撃った魔力弾はあっさりとかわされ、家の壁をガンガン反射してまた敵に戻る。


「ぬう!? どうなっているんだこの家は!」


「センセーがちょっとやそっとじゃ壊れないようにしているのデスね」


 本当に恐ろしいほどに頑丈だ。

 駄女神がすぐ壊すから壊れないようにしたと、以前言っていたのを思い出す。


「加護の少ない貴様なんぞに!」


「その程度でワタシが倒せるとでも? ナンセンスデスね」


 終始美由希が押している。格が違うのでしょう。

 先生と旅を終えた。それが大きな差となって表れている。


「女神界軍部に逆らって生きていけると思っているのか!」


「ならどうしてクラリスが来ないのデス? 顔見知りが来たほうが怪しまれないデスよ?」


「やつは消えた。勇者がいなくなったという知らせを入れた日に、我々が観測できない場所へと逃げたのだ」


「やっぱり賢いデスねえクラリスさん。流石はセンセーガチ勢デス」


 話しながらも優勢は変わらない。

 むしろ気を散らす敵軍こそ蹴散らされる。


「何故だ。女神を倒せるように調整された部隊だぞ!」


「ならどうして碌な加護ももっていないのデス?」


「加護担当女神がミスをしてな」


「嘘デスねー。あの無限加護がそんなしょうもないミスするはずがないのデス。どうせ時限式で消えるものを用意されて、リハーサルもせずにここに来たのでしょう? そういうお粗末さが透けて見えるのデスよ」


 女神界も混乱しているのだろうか。

 無理もない。あの連中をすんなり受け入れるのは厳しい。


「黙れ黙れ! 反乱分子は排除する!」


「いいことを教えてあげるデス。神の加護は所詮加護。与えてくれた神より強い存在には勝てないのデスよ」


 焦り続ける敵に比べ、余裕の出始めた美由希。

 美由希の動きはとても簡素なもの。

 最小の動きで受け流し、そのまま攻撃するだけ。

 ただそれだけを正確にやる。とてつもなく練度が高い。


「だからこそ、女神は最強なのだ!!」


「女神の最強にすらなれないくせに、よく言うデス。最後に二つだけ聞きます。女神女王神をどこへやった? そして、サファイアを狙う理由は何デス?」


「たとえ知っていても、貴様には話さん!」


「その言葉で理解できたデス。なーんにも知らされていないのデスね」


 一瞬、美由希を見失った。

 それは敵も同じだったようで、あっけなくその場に倒れ伏した。


「この程度の力では、センセーをどうにかできないデスよ。諦めることをおすすめします。帰ってそう伝えなさい」


「たった一人の勇者に……何ができる……」


 立ち上がり、生まれたての子鹿のような足取りで去っていく敵。

 なんとも哀れだ。美由希に魔力の発信気をつけられていることにも気づいていない。


「なんでもできますよ。だってセンセーは勇者デスから」


 あの人は勇者だ。それは身にしみた。心に刻まれた。

 だからこそ、この場にいなくとも心配はしない。

 今できることを、精一杯しておけば、きっとあの人は褒めてくれる。


「生徒さんたち、どこかで見ているのでしょう? そこから出てはいけません。少なくとも、そこにある資料を全部呼んでおいてくださいね。それでは、お互い無事でお会いしましょう。センセーが悲しまないように」


 そしてどこかへと転移する美由希。

 顔を見合わせる私たち。


「どうする?」


「事情もわからず外に出るわけにはいきません。おとなしく従うのがベストかと」


「そうですわ。まだ先生が動いていない。つまり」


「これすらも授業にするつもりかもしれませんね」


 十分にありえる。でも油断はしないでおきましょう。

 再開した時、情けない姿は見せられませんからね。


「紙の資料と、こちらは映像データでしょうか」


「とにかくかたっぱしから見ちゃいましょう。どうせこの場所は見つからないわ」


「先生の邪魔にならないように、ですが精一杯あがきましょう。勇者の生徒として」


 どこで何をしているか知りませんが、のんびり休暇でも取っていてください。

 あなたの力が必要になる、その時まで。

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