最強のその先にあるもの 第一部完
イヴが魔王になることを止められなかった。
一番そばにいたはずなのに。気づいてやれなかったんだ。
「さあ、始めましょう勇者様。目の前に、仲間をひどい目に合わせた魔王がいるわよ」
笑っている。俺に殺してほしいと言いながら。その心中は計り知れない。
「やめろイヴ。俺はお前を殺したくはない!」
宇宙に出て、駄女神達のいる星に結界を張った。
これであいつらに被害は出ないはずだ。
「殺さなければ殺すわ。あの生徒さん達もね!」
光速拳が数億放たれた。反射的にその全てを打ち払い、イヴへと呼びかける。
「やめろ! 俺はこんなこと望んじゃいない!」
「やめない。やめたくない。本当は敵が現れるのを望んでいるくせに! その諦めた夢を叶えましょう! 沢山の人の夢を叶えてきた貴方が! 夢を諦めて絶望するなんて納得いかない!!」
イヴの右手に魔力が籠もる。勇者の本能か経験か、自然と解析していた。
因果をいじり、未来を選び、運命を書き換え、真実を上書きして必中にして必殺の一撃を放つ技だ。
「俺は勇者だ! 誰かを傷つけたいわけじゃない!」
同じ技をまったく同じ威力で打ち込み相殺させる。
そのために俺も右拳を突き出し、打ち合った。
「こんなものじゃあ、ないでしょう?」
世界が軋む。歪む。だが壊れない。
俺とイヴの魔力が浸透したこの世界は、どんな世界よりも頑丈になっている。
だから壊れない。今の一撃で数十の異世界が消滅していてもおかしくはないのに。
「優しいのね。けれど安心して。これは魔王討伐。無実の人間を傷つけるわけじゃないわ。世界を平和にするために、悪を滅するの」
かなり手加減をした。それは事実だ。
だが、そんな俺の拳を押し返した。それも事実。
「どうかしら。昔よりも強くなったでしょう?」
光速の百倍。千倍。さらに速度が上がる。
その動きだけで、並の宇宙など消えるだろう。
ぶつかる拳は星々を残らず塵芥へと代えて、全宇宙から光を消す。
「ああ……強いよ。だからもういいだろ。お前は強くなった。俺と戦えるくらい」
どうする。どうやったら救える。こいつの望みは自分の死。
俺に全力を出させて、退治されること。
なら手加減して助けても無意味。心まで救えていない。
「それじゃあ足りないわ」
イヴの右腕が神聖な魔力で覆われていく。
魔力を腕に込めただけのシンプルな魔法剣。
その大きさが銀河の十や二十を超えるレベルであることを除けば。
「これならどうかしら!」
毒・麻痺・即死・石化などあらゆる状態異常を乗せて放たれる豪剣。
光速を超え、神に至り、その神すら超えた神速の剣。
「勇魔救神拳、剣技の二十五。死剣抜刀」
宇宙の闇を状態異常効果が埋めていく。
無にすら影響を及ぼす毒も、死の概念すら無い場所への即死効果も。
その全てが可能になる一撃抜刀術。
「状態異常で俺は殺せないぞ」
世界の状態異常を回復する効果を持たせて右アッパーで殴りぬく。
ガラスの砕けるような音がして、魔力剣は砕け散った。
「そうね。こんな小手先の技で死ぬはずがないわ」
「ならもうやめろ。わかっているはずだ。俺は死なない」
殺したくない。だが、俺が全力を出さなければイヴは満足しない。
そして俺が全力を出せばイヴは死ぬ。
どちらに転んでもイヴは救えない。
「それならどうすれば死ぬか試してあげる! あの時みたいに!」
イヴを取り囲むように時空が歪む。両手に大量の刃が付いた光輪を生み出す。
「次元光輪!!」
極小サイズの光輪を敵の体内へと転移させ、その大きさを変え、ノコギリのように回転攻撃する殺人術。
「なりふり構わなくなってきやがったな」
防御力さえ上がっていれば内臓だろうが鍛えられる。
血管や臓器の中に現れる光輪を、魔力を放出して消しておく。
「勇者様に手加減なんて失礼でしょう」
思い出した。これは最後の、イヴとの殺し合いで起きたことそのままだ。
「神越拳!」
魔力の質が変わった。神越拳は神と人間に同じ無限の可能性と成長を促す技。
才能が枯渇し、頭打ちになった存在を、無理矢理外的魔力で天井破りさせる荒業だ。
「とりあえず百億倍でいいかしら」
「昔の殺し合いをそのまま再現するつもりか」
「思い出してくれたのね。ならわかるでしょう。私はあの頃とは違うって」
壮絶な連打が続く。殴り、避け、いなしてはカウンターを狙い。
さらに全方位から魔法が飛ぶ。全属性、あらゆる魔術奇術のごっちゃまぜだ。
「楽しいわ。勇者様の力をどんどん引き出せている。億や兆なんて矮小で惰弱な力に喜んでいた私じゃないのよ!!」
一般人からすれば数秒だろう。その中に数兆の戦闘が凝縮されている。
自分でもどれほど速く動いているのかわからない。
「そろそろ飽きたでしょう? こんな余興はいかが?」
不意に、横から何かが迫る気配がした。
無意識にぶん殴ると、何もない場所がはじけ飛び、何かが消えた。
「今のは……」
「この宇宙そのものを一匹の神として作り変えたわ。魔王を早く倒さないと、どんどん増援が来るわよ」
なるほど。流石の俺も宇宙そのものを敵として殴り倒したことは多くない。
「世界を敵に回しても。よくある言い回しだけれど、本当に敵になった気分はどう?」
「貴重な体験どうも。だがお遊びは……」
今の一撃で全ての構成を理解した。
拳に生物として生まれる前に戻す効果を付与。
もう一度生まれることができぬよう、世界にプロテクトを掛ける魔法も入れて。
「終わりだ」
殴り抜ける。
「相手をしてやる。イヴ」
世界そのものが神となろうとも、勇者に倒せぬものはない。
どれだけ広くても、世界全域、宇宙全土にダメージを入れれば倒せる。
「いいわ。やっとやる気になってくれたのね。ならもっと楽しくしてあげる」
兆から京になり、さらに倍化を続けるイヴの魔力。
純粋な身体能力すらも上がっている。
「これは……お前も……」
「そう、スタート地点に来たわ! 全知全能! 無量大数! その先が見えたの!」
心底嬉しそうに笑うイヴ。まずい。それ以上強くなるな。
そこから先は……殺す以外に決着がつかなくなる。
「無茶だ。体への負担がでかすぎる。死ぬぞ」
「ならその前に殺して。勇者様」
事情は複雑で根深い。俺がイヴに殺されれば終わるような問題じゃない。
加えて俺の領域に入ってきた存在は初めてかもしれないのだ。
どう手加減すればいいかわからない。
「隙だらけよ」
強烈な殺気。
突き出される手刀を避け、反射的に殺気の中心めがけて左ストレートを打つ。
「楽しいわ。その背中が、ちょっとは見えてきた気がするもの」
俺の拳をくらいながら、耐えてカウンターを叩き込んできた。
加減しているとはいえ攻撃に耐えるか。
「全力を出す気がないなら、ここで死ぬわよ!」
「くっ、オラア!」
首を的確に狙った攻撃を捌き、腹に回し蹴りを当てる。
まずい。力を入れ過ぎた。俺の視力でも見えないほど宇宙の端まで飛んで行く。
「イヴ!!」
ここで殺す訳にはいかない。
だがこれ以下の力で殴っても、最早イヴには通用しないだろう。
「不思議よね。これだけの特殊能力を持ちながら、最後には殴った方が楽なのだから」
背後に迫っていたイヴの蹴りを受ける。
受けた右腕にわずかな衝撃。痛くはない。だが衝撃があったのは確かで。
「勇魔救神拳、拳技の百。真極拳」
真極拳は必殺の一撃。
全異世界の武術の粋を集め、極め、さらに足りない部分を昇華し、全ての要点をまとめて異能で強化する拳打の真髄。武の頂を極め、常に頂点に君臨するものだけが使える技。
「正気か! 打ち合えば腕がぶっ壊れるぞ!」
「壊れていい! 私を殺せと言っているのよ!」
俺の背後にはサファイア達のいる星。避けられない。
なら打ち合うしか無い。真極拳同士の真っ向勝負。
「はああぁぁぁ!!」
「オラアァ!!」
力を入れ過ぎた。イヴの右腕に亀裂が走り、大量の血が吹き出す。
同時に俺の拳にも衝撃が伝わる。ちょっとピリっとしたぜ。だが怪我はしない。
しかし、着実に威力を増している。
「今回復を……」
「している暇なんてないわよ!!」
壊れかけの右腕を再構成し、輝く長剣へと変えている。
あらゆる世界の武器とその精製法を理解したからこそ、全ての武器をまぜこぜに錬成できるのだ。
極端な話、太古の技術で作り出された剣を、そのままビームのブレードとかにできるわけさ。
「あのローズとかいう女神はそんなに優秀?」
「なに?」
「あんな中途半端に勇者様の技を使うなんて許せない! 私が見せてあげる! 本当の剣技の極地を!」
イヴの両腕が、どんな技術をも凌ぐ刀剣へと変わる。
「私が……私が一番先生を知っている。一番色濃く受け継いでいる。だから助けられるの。私を殺すことで、その満たされない心はほんの少し救われる。私はそれだけを望んで生きてきた」
こいつは自分が殺されることで俺を救うつもりだ。
そして俺が満足することで、自分も救われると心から信じている。
その前提を覆せない。
「そんなの……死んじまったら満たされないままだ!」
ここで殺さなければ、何度でも戦いを挑んでくるだろう。
そのたびにこうして無人の世界を作り、徹底的に叩きのめす。
それはつまり、永遠にこいつと戦い続けるということ。
「どうかしら? 攻撃を返してきた時、少しも心が踊らなかった? 反撃されたことを嬉しく思わなかった?」
「強くなってくれることは嬉しいさ。だがこれは違う。こんなことをしなくても、お前らが成長してくれれば」
「それじゃあ足りないってことを……実感させてあげる」
両腕に流れる魔力の質が目まぐるしく代わり続ける。
いや、これは……充填を終えた魔力を別のものに切り替えているのか。
そんなことをしてまで繰り出す技は、そう多くない。
「命の儚さは閃光のごとし。その尊さは花の舞い散る様がごとく、いずれ散りゆく宿命なり」
俺の必殺技の中で、最も威力と難易度の高い、究極の剣技。
それを本気で再現しようとしている。世界の崩壊なんて気にせずに。
「やめろ……それは……それはもう、お前を殺さなきゃ止まらない!!」
撃たせれば、いかに頑丈といえど世界は崩壊する。
ひと目でわかる。太陽を倒した時の俺とは違う。
対象を絞っていない。俺に向けられているが、ただ受けるだけで世界は消える。
「ならばせめて、この手で彩り永劫なりし涅槃へ送る。六道・三千世界を斬り裂く秘中の秘」
斬れぬものはない奥義。それは俺以外の全てを無条件に斬滅するということ。
やるしかない。しくじれば全世界が滅ぶ。
両手に魔力刀を顕現。技の体勢に入る。
「そう、この技を撃つ以上、それしかないのよ」
「俺は救われていた」
「突然何を……」
「お前らがどんな駄女神でも、間違い無く救われていた。だが強敵がいない寂しさが、心のどこかにあったのも本当だ」
「今更白状しても、止まらないわよ」
「わかっている。だから、最後に全部話しておくよ。それが俺のけじめだ」
これが最後になるのなら。だったら全部話そう。
「勇魔救神拳を作ろうって話に乗ったのも、ひょっとしたら俺と対等に戦えるかもしれないと期待していた部分がある」
「でもその願いは叶えられなかった。私が弱かったから」
「結局危険な戦闘術が完成。誰にも伝えられない、封印しなきゃいけないものが増えた」
「半端な女神でも、少し技を覚えたら優位に立てる。それは実証されたわね」
話していても魔力は揺らがない。やはり止まらないか。
どんな説得も無意味なら、ここで終わらせるのが勇者の務めか。
「だから、お前と作ったこの力で……全てを終わりにしよう。俺達はもう……強くなりすぎたんだ」
「誰も、人も神も太刀打ちできない。勝負になる存在がいない。どんな異世界にも並び立つものがいない。そんな場所に立っている。実感があるわ。私は勇者様にしか殺せない」
「正直、楽しかった。ごめんなイヴ。そしてありがとう。俺のためにここまでしてくれて」
「いいのよ。勇者様に受けた恩。少しでも返せたのなら、幸せだもの」
おしゃべりは終わりだ。イヴ、お前は本当に強くなった。
ありがとう、可能性を示してくれて。俺の心に希望の火が灯った。
「秘剣――――――桜花……」
「ちょおおっとまったあああああぁぁぁぁ!!」
対峙する俺達の間を、魔法やら武器やらが飛んで行く。
「なに? どういうこと?」
反射的に撃ち落とすために魔力を使い、桜花雷光斬は崩れていく。
霧散する魔力。完全に水をさされた。
「これは……」
「勝手に話を進めてんじゃないわよ!」
「もうやめてくださいイヴ様!」
割って入ってきたのは駄女神一同。
「なぜここにいる。結界はお前たちに破れるものではないはずだ」
「お二人の戦闘が激しすぎて、結界がもたなかったのです」
「ご無事のようで何よりですわ」
「そうか、なら逃げろ。今女神界へのゲートを開く」
ここにいたらまず間違いなく巻き込まれて死ぬ。
俺の生徒を死なせたくない。なんとか逃げる時間を稼ぐしか。
「お断りします」
「なに?」
「よくわかんないけれど、イヴといろいろあったんでしょ? あんたの生徒なんだから、ちゃんと殺さずに救いなさい」
「もうそんな次元じゃないんだ」
時間がない。あっちはビアンカが止めに入っている。今しかないんだ。
「ビアンカ、どうして邪魔をするの?」
「これ以上は命に関わります」
「知っているわ。私が死ぬことで全てが終わる。死こそが望みよ」
「どうしても、イヴ様に死んで欲しくないのです。まだ拾っていただいた恩も返しきれておりません」
「もう十分働いてくれたわ。満足よ」
なにやら事情があるようだな。今のうちに説得を急ごう。
「ここは危険なんだ。お前らも死ぬぞ」
「構いませんよ」
「もとよりセンセーがいなければ失っていた命デス」
「駄目だ。教師として、お前らを死なせない」
「あの子も同じですわ。イヴも先生の生徒。ならば救わなければ」
イヴを救う。それは死を与えるということ。
あいつの望みはそれだけだ。
「微力ながらお手伝いいたします。イヴを救う方法を探しましょう」
「あんたが諦めても、わたしは絶対に諦めない!」
「お前らなんでそこまで……」
「先生にそう教わったからですよ」
そこでイヴの魔力が上がる。怪我も完全に回復しているようだ。
「救う? 女神ごときが私を救う? 自惚れも甚だしいわ。私は先生に殺されることで救われる。先生の心も救われる」
「それは先生を苦しめるだけだ」
「ならいつも先生が苦しんでいるのは見て見ぬふり? 先生の欠けた心は誰が治すの?」
先程までとは比べ物にならない魔力が渦巻き始めた。
これが正真正銘、イヴの全力だろう。
「誰のせいよ……誰のせいで勇者様が苦しんでいると思っているの! 女神が弱いから! 駄女神が増えるから! 勇者様が肩代わりをさせられる! その心は満たされない! ずっとずっと救われない!!」
悲痛な叫びが場を支配する。悲鳴に近いそれは、心情全てを吐き出すようだ。
「先生は言っていました。自分もまた、女神によって救われていると」
「戦いの孤独を、終わることのない冒険の日々を潤し、癒やし、共にいる。女神によって俺の心は救われている。嘘じゃない」
「それでも、女神界は変わらない。先生という絶対的な正義が、圧倒的な力を持つ勇者が、そこにいることすら知ろうとしない。その大恩を忘れていく。その子達だってそうよ。大切な教えを忘れていく。その全てを記憶していられない」
涙を流し訴え続けている。違う。俺は誰かに知られたいわけじゃない。
恩返しなんて期待していないんだ。俺は勇者が好きだからやっている。
「覚えていないこともある。忘れることだってありますわ。でもそれは沢山の思い出があるから」
「いっぱい大切なものをもらっているからデス」
「それでも変わらない。忘れても変わっていない。変わらないものもある」
「それを、先生から教わりました」
「黙れ!! 結局は駄目な自分の正当化じゃない! 私は先生に何も返せていない。一瞬でもいい、先生に笑って欲しいの。まだこの世界には、先生と戦える敵がいる。世界には希望がある。それを、全世界の希望の象徴に伝えたい。だから」
魔力の暴風が収まった。いや、凝縮されて両腕に集ったんだ。
今度は中断されない。より完成に近い桜花雷光斬。
「私と戦って、魔王を殺して!」
ここまで言っても伝わらない。俺の言葉は届かない。
「言葉で駄目なら心で伝えるのです」
「私達の魔力も持っていきなさい」
剣に集まる女神の魔力。暖かい。
イヴに届かない。比べれば吹き飛びそうな量なのに。こんなにも暖かい。
「撃ち合えば殺してしまうぞ」
「殺すのではなく、打ち破り、救うのですわ」
「技に乗せて、センセーの気持ちを伝えるのデス」
「殺さず。イヴを倒し。魂を繋ぎ。世界を救うのです」
「簡単に言ってくれるな」
「わたしの知ってる先生は、それくらいできて当然なのよ」
こいつらに言われると、なぜかできる気がする。
俺が普通の勇者だった頃も、こうやって女神に励まされていたっけな。
俺は勇者だ。なら、俺がやらなきゃ誰がやる。
「そうだな……俺はやっぱり先生で、勇者だからな!!」
殺す力じゃない。救済の力。半端な手加減で終わらせてはいけない。
「やる気になってくれたのね」
「ああ、今回は本気の本気だ」
眠らせていた魔力を開放すると、瞬時に世界が俺の魔力で埋め尽くされた。
「そう、これよ。これこそが勇者様の力。女神界ですらその魔力の器になることを許されない。絶大なる力」
この世界でたったひとつ、異彩を放つ魔力。それがイヴ。
本当に強くなったな。純粋に嬉しさがこみ上げる。
だからこそ、こいつは意地でも救い出す。
「いくぜ」
「ええ、始めましょう。本気の殺し合いを!」
お互いに構えに入る。ひりつく空気と緊張感。
長く忘れていた感覚。もう二度と、一生思い出せないはずの感覚だ。
「さようなら先生。秘剣――――――桜花雷光斬!!」
「桜花雷光斬――――――!!」
宇宙を満たす輝く斬撃は、少し拮抗してからイヴへと迫る。
「綺麗……ありがとう先生」
光へと消えるイヴ。だがその斬撃は殺すためのものじゃない。
今までの日々を、感謝を乗せ、魂へ直接訴えかけるもの。
大切な記憶を呼び覚まし、想いを伝える救いの秘剣。
桜花雷光斬 心想刃。
「戻ってこい。俺は救われた。今だって救われ続けている。勇者をやって、先生をやって、これで結構……幸せだ」
俺の言葉は直接魂に届く。今しかない。お前の気持ちをわかってやれなかった。
だけど、だからこそ今、全てを取り戻す。
「戻ってこいイヴ!! 誰かが死んで終わりなんて認めねえ! 俺は勇者だ! お前の知る勇者様なら、こんな終わりは認めねえはずだろ! ハッピーエンドになるまで諦めねえ! もう一度始めよう! お前に救われた心は、お前を救えと言っている!!」
繋がる魂。それは手を握るよりも、抱き合うよりも、ずっと心が伝わるもの。
「先……生……」
「絶対に死なせねえ! 願え! 生きたいと! 必ず助ける!!」
「私は……私は……」
「イヴ!!」
「助けて……」
ようやくイヴの心が見えた。繋がった。
そして世界は光に包まれる。
学校の保健室。ベッドで眠り続けるイヴ。
目が覚めるまで一緒にいてやると決めた。
「ここは……」
「起きたか」
「先生?」
上体を起こし自分の体を確認している。回復はした。異常はないはずだ。
「学校の保健室だよ。とりあえず寝かせた」
「私は……死ななかったのね」
「おう、勇者なもんでな」
どうやら問題ないらしい。後は心のケアだな。
「まさかあんな必殺技を隠していたなんて。ずるいわ」
「ありゃアドリブだ。正真正銘あの場で作った技だよ」
「そう……やっぱり私じゃ届かないのね」
「なんかな。背中を押された気がしたんだ」
「誰に?」
「女神にさ。限界まで極めた技が、あいつらの魔力でちょっと限界の向こうに押し出されたらしい。咄嗟の思いつきだけど、できるという確信があった」
あの時、俺の力を、心を押してくれたのは……間違いなくあいつらだった。
「俺だけの力じゃないさ。みんなの力で勝つ。勇者っぽいだろ?」
「ふふっ、もう……どこまでもずるい人ね」
雰囲気が柔らかい。大丈夫だ。死のうとは思っていない。
どこか昔のイヴに戻っている気がした。
「先生、ビアンカをお願い」
真剣な顔で俺に頼む。こいつとビアンカの関係がいまいちわからない。
「あいつは仲間なんだろ?」
「あの子は被害者なの」
女神界にも悪は存在する。
そして、ビアンカは才能や加護を伸ばすための実験に使われていたらしい。
「そいつらは私が潰したわ。その時にね、弱い自分を助けてくれた、一番強い人に殺されたい。生きていてもどうしようもないから、私に自分を殺して欲しいって」
「それで自分と被っちまったか」
「ええ。私にも情が残っていたのね」
「そりゃ残るさ。お前の行動原理はその情だ。誰よりも慈愛と優しさに満ちていた」
「そう……かしら?」
「変わってないな、あの頃と」
大丈夫。俺の知っている優しいイヴは残っている。
「そう、でも先生を狙って騒動を起こした身。私といれば追われるわ」
「だから俺に預けようってか?」
「ええ……虫の良い話だとは思って……」
「嫌です!」
勢い良く部屋に入ってくるビアンカ。
まあそうくるだろうと思って、立ち聞きには目をつぶっておいた。
「ビアンカ、わがまま言わないで。私といるより、勇者様といた方が良いのよ」
「嫌です。ワタシが師と仰ぐのは勇者じゃない! イヴ様だけです! イヴ様だけが私を救ってくれた!」
「ビアンカ……」
「まだ教わっていないことが沢山あります」
「駄目よ。勇魔救神拳は封印するわ」
「ならそれを超えましょう!」
目を丸くしているイヴ。おお、貴重な表情だ。面白い。
「いや、だからそれが無理だっていう話を……」
「できますよ! イヴ様はマスターしたのでしょう? なら更に強い流派を作ればいいのです!」
「ふっ、ふははははははは!!」
いいね。そりゃそうだ。何も間違っちゃいない。
ああそうか、俺はもう挑戦すらやめちまってたんだな。
「先生?」
「いいね。面白いじゃないか。ガンガン超えろ」
「先生までそんな……」
「超えちまえ超えちまえ。どうせ昔の力だ。いつか誰かに追い越される」
楽しくて仕方がない。まだまだやれること、育っていく女神は残っている。
「ありがとよビアンカ。そうだな。俺ももうちょい新しい技でも考えるかな」
「もう全ての力を網羅しているでしょうに」
「だからって、そこでやめちまったらつまんねえだろ」
「ほら、こう言っていますよ。やるしかありません」
「指名手配犯になるかもしれないのよ? 女神イヴが生きている。ビアンカを仲間にしている。そう伝わったら終わりなの」
まーだ渋るかこの子は。こういうところ俺に似たかも。
やはり俺は教師としてもまだまだだな。
「んじゃ名前変えちまえ。次会うときまでに決めとけよ?」
「そんな適当でいいのかしら?」
「いいんだよ。この騒動、あくまで俺を狙って秘密裏に行われたもの。しかも一週間経っていない。どうとでもなる」
うちの駄女神一同が黙っていればいい。ただそれだけ。
まあ説得に時間かかりそうだがね。
「お前は力を与えただけ。そして俺とちょっと激しめの訓練をしただけ。リキュアの力も部屋に蓄積して、俺を足止めしたら本人と能力を分離させるための部屋だったろ」
これは解析してわかった。あの部屋はリキュアの能力を消滅させて、本人は女神界に戻す設計がなされていた。
「他は死刑確定の極悪女神が調子乗ったみたいだし、転生したっぽいのでセーフとする。手間が省けたってことで、女王神からの許可も貰ってある」
どうやら極悪女神の悪行に遭遇し、手駒として洗脳調教しておいたらしい。
悪行の一つにビアンカの研究所があったのだとか。
「ならば私もそうなるべきではないの?」
「お前は更生の余地あり。っていうかもう輪廻の輪を外れている。俺じゃなきゃ殺すこともできん」
不死であり最強の女神だ。俺以外にこいつを殺せる存在も兵器もない。
しかし表舞台には出せない。その称号は隠されたまま。
女神界にとっても扱いがデリケート過ぎるわけだよ。
「ってなわけでビアンカと行け。弟子はいいぞ。自分じゃ気づかないことを気づかせてくれる。師は弟子によって成長する部分がある」
「イヴ様!」
「もうイヴ様ではなくなるわよ? 早く呼び方を考えないとね」
「それでは……」
「先生を見習って、世直しの旅でもしましょうか。ビアンカ」
「……はいっ!!」
これで終わるかと思ったら、さらに勢い良く扉が開く。
駄女神全員揃っている。
「起きたみたいね」
「おう、もう回復させたぞ」
「貴女達にも迷惑をかけたわね。ごめんなさい」
神妙に頭を下げる。この数日訓練と戦闘漬けだったしなあ。
さすがのこいつらも疲労の色が濃い。
「まあいいわ。おかげで修行にもなったし」
「自分の弱さを痛感しましたね」
「女神とは鍛えればここまでの強さになるのだな」
「先生の苦悩に気づけないわたくしよりもマシですわね」
「センセーはもうちょっとそういうことを話すべきデス。だから思い詰めていくのデスよ」
お前らがそこまで考えてると思わないだろうが。
なんというか自由に生きてやがるし。
「仲がいいのね」
「ああ、たまにうるさい時があるけれどな」
「そういうことは言わなくていいの!」
イヴとビアンカに転移魔法が展開される。
長居するつもりはないのだろう。
「もう行くのか。積もる話とかあるだろう」
「まだ早いわ。それと生徒さん。先生は気紛れな勇者様だから、放っておくと私みたいになるわよ」
「余計なこと言わんでいい」
「もっともっと強くなって戻ってくるわ。それまでさようなら、先生」
「ああ、またなイヴ。お前の分も席は空けておくぞ。暇なら授業にでも出な」
「考えておくわ。いきましょう、ビアンカ」
「はい!!」
「………………ありがとう勇者様」
笑いながらイヴは消えていった。
最後に見せた笑顔は、昔見た本当の笑顔だったと、俺は思う。
「はーつっかれた……もう今日は授業とかなしでいいと思うわ」
「そうだな。しばらくゆっくりして、疲れを癒やすか」
こいつらが道を間違えないように、一緒に進んでいこう。
これからも生徒に恥じない勇者であるように。
別れ際に見せた、イヴの笑顔にそう誓った。
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