第54話 究極の女神 イヴ視点

「勇者様とビアンカは口出し禁止です」


 勇者様の前に消音の透明な壁を作る。無視して声を出すこともできるでしょう。

 でも、私の知る勇者様ならそんなことはしない。


「さあ、勇者様といるに相応しいか試してあげる」


 私を中心に円になり、全員が構えに入った。

 少しでもいい。可能性があるのか。その可能性を掴めるのか試そう。

 そして先生を勇者様に戻す。先生のままでは駄目だ。


「サファイア。貴女が一番可能性がありそうね」


「なに? スカウトならお断りよ」


 勇者様に貰った槍を構えている彼女は、負ける気なんてさらさら無いようだ。


「残してあげる」


 軽く。例えば手のひらに止まる蝶を殺さないように。

 そんな力加減で拳圧を飛ばす。


「サファイア、挑発に乗ってはいけませんよ…………サファイア!? どこですかサファイア!!」


 ローズという子が横を向いた時、そこにサファイアはいない。

 そして全員がサファイアが消えたことに気づく。

 遅い。誰も見えていないんだ。


「サファイアが消えた!?」


 私が攻撃したこともわかっていない。

 いつサファイアが攻撃されて吹き飛んだかもわからないのね。

 武神クラリスも、やはり女神の限界を超えていないのかな。


「ただちょっと攻撃しただけ。あの子はメインディッシュよ。前菜を食べてから味わってあげる」


「前菜扱いですか……最初から全力でお相手しましょう」


 ローズの体が炎と化した。これが太陽のエネルギーか。

 確かに女神の手には余るかもしれない。けれど、足りないな。


「せい!!」


 兆を超えた温度のハイキックが私に迫る。


「遅いわ」


 特にどうということもない。ただ掴んで離れた地面に投げつける。


「うあぅ!?」


「ローズ!?」


 叩きつけても大地は壊れない。揺れもしない。この世界は私が作った。

 この程度の衝撃なんて衝撃じゃない。


「もっと本気を出して。チームワークを学んだのでしょう?」


 わざわざアンリとリュカを結界に行かせたのは何のためか。

 少しくらい察して欲しいものね。


「合わせるぞ!」


「了解デス!」


 やっと危機感を持ってくれた。けれど、私の力の底を探れていない。

 足りない。やっぱりみんな駄女神なんだ。


「参りますわ!」


 光速に近い速度でカレンが来た。一番新しく平和になった異世界の女神。

 勇者様に手ほどきを受けて世界を救った、現時点で最後の女神。


「どんな能力だろうが……これで無効にいたします!」


 私の腕を離すまいと、懸命にその両腕で握るカレン。

 能力の無効化。異能を使う異世界なら有効でしょう。

 けれど、もうそんな次元の話ではないの。


「チェストオオオォォォ!!」


「ウオオオオォォォォ!!」


 美由希の螺旋状になった魔力のパンチと、クラリスの魔力が凝縮された手刀が、正確に私の顔を捉えた。


「やりました……の……?」


「どうしてそう思うの?」


 攻撃は当たっただけ。ただそれだけ。ダメージはない。

 カレンを乱暴に振り、美由希を薙ぎ倒す。


「ぐがっ!?」


「アウッ!?」


「舐めるなああぁぁぁ!!」


 クラリスの攻撃は正確無比。威力も女神の中ではトップクラスでしょう。

 その攻撃を無抵抗のまま受けてあげる。


「くっ……なぜだ……なぜ微動だにしない!!」


「貴女が弱いからよ」


 私が攻撃された箇所をそっくりそのまま、クラリスにも返してあげる。


「がふっ!!」


 軽く撫でただけで血を吐いた。勇者様ならもっと手加減ができるはず。

 やっぱり私も修行不足か。これじゃあ笑顔にさせてあげることもできないな。


「これは……この全てが通用しない感覚は……」


「異能じゃない。無効化でもない。ただ単純に通用していないという……絶対的な壁……」


「まるでセンセーと戦っている時みたいデス……」


 違う。勇者様はこんなものじゃない。軽く苛立ちを覚えた。


「勇者様を侮辱しないでもらえるかしら」


「何だと……? 先生を恨んでいるのではないのか?」


 恨み、か。むしろ憎いのはこの私。あの人の優しさを受け止められない弱い私。


「あの人の心からの笑顔を見たことがある?」


「言っている意味がわからないデスね。センセーの笑顔なんて、それこそ数え切れないほど見てきました」


「それが先生を殺そうとした理由に繋がるのですか?」


「……どうせ理解できないわ」


 離れた位置へ飛ばされたローズが、その全ての魔力を凝縮して撃ち出そうとしている。

 望遠魔法でこちらを見ているようね。

 発射の瞬間、そっと振り向き笑いかけてあげた。


「ふふっ」


 ローズが目を見開き、その顔に驚きが張り付いた。

 それでも正確に私を狙い、胸に当てたことは評価してあげる。


「まだ不完全ね」


 駄女神達が離れ、巨大な火柱が私を包む。暖かい。

 気にせずローズへと歩き、首を掴んで持ち上げた。


「なっ!? いつの間に……」


「味わってみる?」


「な……にを……」


「太陽を超える炎」


 私とローズを、青く綺麗な炎の柱で包む。


「うあああああああぁぁぁぁぁ!?」


「ローズ。貴女は特に許さない」


 殺してはいけないのに。なのに首をつかむ右手に力が入ってしまう。


「うぐっ!?」


「桜花雷光斬は、勇者様の力と魂の気高さが垣間見える究極奥義なのよ。その技を、あんな陳腐な魔力で使って。どうして勇者様を汚すの?」


「ああああぁぁぁぁ!?」


 こんなにもか弱い女神が。勇者様と一緒にいる。笑顔を向けてもらえる。


「どうして……」


「ローズから離れなさい!!」


 炎を貫き迫る刃。これは確か。


「ブリューナク」


 間違い無い。私の額にあたっているこれはブリューナク。

 やがて炎の中に現れるサファイア。


「ローズは殺させない!!」


 その身を焼かれながらも、仲間を救い出そうとしている。

 そう、まだ灰になっていない。頑丈ね。


「そうね、殺しはしないと約束したわね」


 炎を消し、ローズを離してあげる。

 呼吸はしているから、死んではいないはず。

 回復でもしてあげようかと思っていたら、サファイアが猛スピードでローズを抱えて名無しのもとへ走っていった。


「元気ね」


「リキュア! ローズをお願い!!」


「はい!」


 名無しが回復魔法でローズを癒やす。

 おかしい。あの子は癒やしとは真逆の存在だったはず。


「彼女はリキュア。先生によって救われ、浄化された癒やしの女神だ」


 また勇者様に救われた女神がひとり。

 そう、どうあがいても救われるのね。流石だわ。


「別にいいわ。もう興味はない。かわいがってもらいなさい、リキュア」


「余裕だな。究極の女神の実力、まさかこれほどの差があるとは」


「究極? 誰が?」


 クラリスの言葉がやけに深く染み込んだ。

 究極。なんて浅くて弱い。


「貴女がよ。そうなんでしょ?」


「誰がそう言ったの?」


「誰がって……センセーが……」


「勇者様が私を? そう言ったの?」


 沈黙が場を支配する。無言は肯定とみなす。


「やっぱり……女神の私じゃ、足りないのね。勇者様」


 あの時の私が限界だと思ったから。だから勇者様は究極だなんて言ったんだ。


「未熟……所詮、女神では駄目か。改めて実感できたわ。そこだけは駄女神御一行様にお礼を言ってあげる」


「なにをごちゃごちゃ言ってんのよ!!」


「まだ勝負はついていないぞ!」


 そこからサファイアが必死の形相で加えてくる猛攻も。

 カレンの無効化も。ローズの太陽エネルギーも。

 美由希の螺旋魔力も。クラリスの武術も。


「遅い。弱い。そして」


 全員が見えない角度と速度での攻撃。

 誰もがわからない。なぜ今自分は膝から崩れ落ちていくのか。


「脆い」


 こんなやつらに勇者様との思い出は贅沢だ。

 そうだ、これなら約束を破らずに先生を勇者に戻せるかもしれない。


「殺さないとは言ったけれど、それはあくまで肉体の話」


 この世界そのものに、立体映像を映し出す性質をプラス。


「そろそろ見せてあげるわ……勇魔救神拳」


「なっ!? まだ使っていなかったというのか!?」


 立ち上がれない女神に触れ、この世界にその記憶を映し出す。


『ここは絶望の世界。勇者が死んだ時、仮初の寿命を与えられ、延命される地獄の世界』


 映し出されるのはクラリス。表情に余裕がない。あまりにもやつれている。


「これは……」


『大丈夫だって。勇者だからな』


 勇者様も映し出された。いつもと変わらない、よく知っている勇者様だ。


『助けて欲しい時は言えよ。必ずなんとかしてやるからさ』


『そんな日は来ません! ワタシは立派な女神になるのデス!』


『ローズがどれだけ強くなろうが、俺が何度でもその力の使い方を教えてやる。それができるように、俺はずっとお前より強くあり続ける』


 様々な記憶が映し出される。

 そして映像がぼんやりと、本当にゆっくりと薄れていく。


「なんだ……これはどういう……」


「貴女達の記憶を殺してあげるわ。勇者様との思い出を、しっかりとイメージできる? このシーンで勇者様は何をしてくれたの?」


 薄れていく大切な思い出を、どうすることもできずに狂いなさい。


「消える……先生が……思い出が……」


 ただ涙を流し、声すらろくに出せないでいる女神達。

 動きは封じてある。ただ記憶がなくなっていくのを感じるだけ。

 それはきっと地獄でしょう。それほど大切なはずよね。


「もうやめろ!!」


 勇者様が壁を破壊して、私の前に立つ。

 女神の金縛りも解き、回復も済ませ、そのうえで一瞬でだ。


「俺が憎いのなら俺だけを狙え!」


「それでは足りないの。まだまだ続くわ」


 勇者様の膨大な魔力が楽園を満たし、上映機能が砕けていく。

 記憶を消していく機能は完全に消滅してしまったようだ。


「やめろと……言ってんだろうが!!」


 勇者様の目に怒りと悲しみが見えた。

 そう、それでいい。私を救おうとしてはいけないの。

 私は貴方の敵なのよ。駄目でしょう、ちゃんと敵として見てくれなくては。


「お前になにがあったんだ! なぜこんなことをする!!」


 勇者様を完全なる白にするまでもう少し。

 白と戦うために、私の全てを黒にする。

 全てを救う白と、全てを壊す黒。その構図が必要だ。

 そうしなければこの人は本気を出さない。




『ようこそ新たなる勇者よ』


 楽園から、私の声がした。

 強すぎる魔力により、情報や記憶を伝える技術が混ざって暴走したのだろう。

 楽園に映し出される映像は、過去の私と先生を流し続ける。


『おう、よろしく!』


 初めて会った時の印象は、普通の人。

 よくある地球タイプの世界から召喚された、ごく普通の青年。

 大人と子供の中間の見た目で、黒髪黒目の男性。


『それじゃ行こうぜ』


 これから異世界へ行くというのに、微塵も不安などない笑顔。

 暖かいと、そう感じた。今でも覚えている。


「俺も覚えているよ。姿はあの頃からほとんど変わっていないな」


 どうやら現在と過去の私の思考も流れ出てしまっているようだ。

 でもいいや。勇者様になら……そろそろ私の全てを聞かせてもいいか。

 私の今と昔の心が混ざりに混ざったナレーション付きの上映会が始まる。





『よし、狩り終わり。今日はこんなもんだろ』


 二人での冒険は順調だった。私は女神界でも上位の女神。

 そして勇者様はそれを超える存在だった。障害なんて何ひとつない。

 少しくらい辛くても、笑顔のあふれる楽しい旅だった。


『勇者様は本当に強いのね』


 勇者様は誰よりも強かった。

 強い弱いの次元じゃない。始めから勝ちが確定している存在。

 誰も勝負の形にすらならない。異常な強さ。


『イヴだって凄い素質があるぞ。磨けば光る。なんなら強くしてやるよ』


 私の素質にわくわくしているように、楽しそうに笑う勇者様。

 まるで新しいおもちゃを買って貰えた子供のようで、なんだか可愛かった。

 その笑顔に報いたかった。だから強くなろうと決意したんだ。


『勇者様。私もっと強くなりたいです。だから、本格的に修行を付けてください』


 この日から勇者様を先生と呼ぶようになった。

 次の日から冒険と特訓の日々が始まる。

 旅と敵との戦闘。そしてまったく未知の技術の習得。


『先生は私も知らない加護を持っているのね』


『そりゃ異世界救い続けてきたからな』


 女神は加護を与えて勇者様を強くする。その世界で一緒に冒険して強くなる。

 でも先生は全部の加護を持っていて、私よりもずっとずっと強い。

 なら、女神としての私は必要じゃないのかな。


『それだけの力があれば、願い事がなんでも叶いそうね』


『かもな』


 先生は神に祈ることがない。全知全能の遙か先の次元にいるからだ。

 神では、先生の願い事を叶えてあげられないのかも。

 だったら仲間として、勇者パーティーにいてみよう。


『明日から加護だけじゃなくて、もっと色々なことを教えて。家事とか、戦い方とか、お勉強しましょう』


『お、やる気だな。いいぞ』


 そして半年後。誰も先生についていけず、私と二人で魔王城へ乗り込んだ。

 魔王の死力を尽くした攻撃が、ただそこに立っているだけの先生に通じない。


『終わりだ』


 私でも見える速度で放たれたパンチで、一体どこから出ているのかわからない威力の衝撃が生まれ、魔王は跡形もなく消えた。


『これでこの世界は平和になるな』


 先生の横顔はどこか寂しそうだった。

 たまに見る顔で、私にはどうしていいのかわからない。

 そんな先生を放っておけなくて、私は異世界巡りの旅に同行を申し出る。


『私、もっと先生と一緒に旅がしたいです。もっと強くなります。先生と同じくらい強くなってみせます』


『そうだな……たまにはずっと誰かと一緒の旅も悪くないか』


 先生には仲間がいない。強すぎて誰も隣に並べないから。

 なら私は仲間になれないだろう。仲間としての私は必要じゃないのかも。

 なら弟子として傍にいよう。いつか先生が満足するような強さを手に入れられるまで。


『先生の技はいくつあるの?』


『途中で数えるのやめた。結局殴れば倒せるし』


 先生の役に立ちたかった。けれど荷物持ちはできない。

 アイテム欄に入れておけば、手ぶらで旅ができるから。


『先生に悩みはないの? 私が聞いてあげるわ』


『悩みねえ……晩飯のメニューかな。リクエストあるか?』


 先生は相談なんてしなくても、自分で解決できる。

 相談役なんて、先生には必要ないんだ。


『先生が作ってくれたら嬉しいし、美味しいわ』


 それからいくつ世界を救っただろう。

 私の力は天井知らずに上がり続け、女神の頂点と言ってもいいほどだった。

 いつものように敵との戦闘を終え、ふと遠くを見つめる先生に聞いてみた。


『先生は何か欲しいものはある?』


 なぜそんな質問をしたのだろう。

 無意識に聞いていた。


『もうちょい強いやつが欲しい』


 言ってから自分の発言に気づいたようだった。

 日常会話の中で見つけた、答えの欠片。


『ま、贅沢だな。勇者なんだから、強い敵なんていない方がいい。忘れてくれ』


 夕日に照らされた先生の顔は、どこか消えてしまいそうな儚さがあった。


『ねえ先生。今まで覚えてきた力、まとめてみない?』


 無限に近い異能、スキル、加護。組み合わせたらどれだけあるのだろう。


『全部の異世界の技術を混ぜて、先生と私だけの最強の流派を作るの』


 ならばその全てを結集すれば、先生に届くかも。

 作っていく過程で、先生の強さに追いつけたら。そう思った。


『面白いな。やってみるか』


 でも現実は非常だった。

 追いかけても、追いかけても届かない。

 影も踏めない。その背中すら見えてこない。


『今日の組手はここまでだ』


『まだいけます』


 私は無限に強くなり続けた。それでも届かない。

 ステータスもスキル数も億を越え、兆に届いたのに。

 いつまでも先生を満足させられなかった。


『次の街に珍しい料理があるらしいんだよ。もうすぐ晩飯時で人が増える。その前に行こうぜ』


 未知の料理を美味しそうに食べて。綺麗な景色に感動して。

 困っている人がいたら助けに行く。

 感謝され、時にはその力を恐れて誹謗中傷にはしるものがいる。

 それでも先生は傷つかない。


『いいの? 先生が、勇者様があんな事言われて』


『俺は勇者だからな。世界が救えて、助かる人が少しでも増えたら、それでいい』


 先生は人々を、世界を、女神すらも助けてきた。

 じゃあ……先生は誰が助けるの?

 全能を超えた存在が助かる方法はあるの?


『次の異世界はどんなところだろうな』


 仲間にもなれない。女神にもなれない。ライバルにもなれない。

 何をやっても駄目。先生の心を救えない。

 駄目な女神。駄女神。



 私は駄女神だ。



 先生は勇者様。誰よりも強くて、誰よりも優しくて、誰よりもかっこいい。

 私の憧れの勇者様。どうしたらその心を満たせるの。


『完成したな……やっといてなんだが、まさか完成するとは思わなかったぜ』


 完成した勇魔救神拳は、並ぶもののない究極の流派だった。

 頑張ったんだ。先生と一緒の力が欲しくて、二人だけの力が欲しかったから。

 名前を決める時に『勇』と『救』の字は入れたいって言われたっけ。


『さっそく試してみましょう』


 無人の世界を作り、そこでひたすら戦闘を繰り返した。

 二人の足跡を振り返るように。


『先生、もっと本気でお願いします』


『悪い悪い。イヴも強くなったな。俺が殴っても耐えられるようになった』


『これも先生のおかげです』


『そうだな。もうお前は立派な女神だよ。間違いなく最強の女神だ』


 最強。これが女神の最強。なんてあっけなくて、なんて無意味。


『ああ、でも危険だな。これ誰かにほいほい教えちゃ駄目だぞ。その世界の法則とか壊れる』


『私以外に使える女神なんて現れるのかしら』


『まあいつか弟子ができたら少しだけ教えてやれ。お前は免許皆伝だ、イヴ』


 生徒の成長を喜ぶ先生。そこだけ見たら普通のことだ。

 免許皆伝。もう教えることもない。つまり、私は弟子じゃなくなる。


『私ももう、一人前ということですか』


『ああ、そうだな。というかずっと前から一人前だったよ』


 勇魔救神拳が完成してしまえば、一緒に研究することもなくなる。

 せめて全力を出させてあげたい。勝てなくとも、全力で戦って死なない相手がいれば、先生の心は救われる。


『私、もっと強くなりたいです。全力の先生に勝てるくらい。だから本気で殺しに来てください。蘇生くらいできるはずです』


『これはあくまで勝負だ。殺し合いじゃない』


 先生は勇者だから、罪もない生徒を本気で殺しに動きはしない。

 そこで気づいてしまった。どれだけ強くなろうとも。たとえ先生と同等にまで上り詰めようが、きっと先生は……私を倒して笑ってはくれない。


『そっか……勇者様だもの……』


 他人の笑顔のために戦う人だ。その優しさで世界を救い続けた人だ。

 そんな人が自分の弟子を殺そうとするはずがない。

 私は、先生の何者にもなれなかった。願いを叶えてあげられないんだ。


『先生は優しいものね。弟子の女神を殺そうとしないことくらい、わかっているわ」


 先生はこれからも異世界を救い続けるんだろうな。

 勇者だから。まだ見ぬ魔王や邪神を倒しに行くんだ。

 そこに強敵や美味しいもの、綺麗なものを求めて楽しそうに。

 そこに私がいても、何もできない。事実は重くのしかかる。


『そうそう、勇者が倒すのは悪人や魔王だからな』


 私の中で、何かが弾けた。

 そうか、そうだったんだ。簡単なことだったんだね。


『ねえ先生。もっと本気で来て。せっかく作った究極の戦闘術なのよ』


 なら、ずっと勇者でいさせてあげる。

 永遠に、ずっとずっと勇者でいられるように。


『もっとよ。もっと私を殺しに来て。私も、本気で先生を殺すからっ!!』


 その冒険譚が尽きないように。

 先生が笑ってくれるように。

 先生に、寂しい笑顔をさせてしまう私ができる、たったひとつの恩返し。

 私が…………私が。





 ――――――――ワタシガ魔王ニナッテアゲル。





「上映会は終わりよ」


 魔力を開放し、無理矢理楽園を元に戻す。

 同時にこの白い服も黒く染める。魔王に白なんて似合わない。


「さあ、殺し合いましょう! 先生が満足するまで! 私ならそれができる! ずっと! ずっと勇者様と一緒にいてあげる! だからもう……あんな寂しい笑顔で笑わないで!!」


「イヴ…………お前……」


「私は魔王! 魔王女神イヴ!! 先生の! 勇者の願いを叶えるもの!!」


 私という魔王を殺して、少しでも先生の心が救われて欲しい。

 私の望みはただそれだけ。

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