先生の帰還と現れたイヴ

 生徒の試合はずっと見ていた。透明化して、気配も魔力も完全に遮断してな。

 見事完全勝利。俺がいなくても立派に戦えた生徒を褒めてやろうと思ったのに。

 なのにリキュアについて超問い詰められた。意味がわからん。


「とまあそんなわけで、リキュアを助けて戻ってきたんだよ」


 全部説明するハメになった。なぜだ。なぜそんなに殺伐とした雰囲気なんだ。

 戦闘直後だからか? とりあえず自宅に戻ってお茶とか出してやる。


「勇者様に助けていただいたばかりか、名前まで……本当に感謝しています」


「事情はだいたいわかったデス。いつものセンセーデスね」


「だからって敵まで助けるかしら」


 最初は助ける気がなかったんだけどな。

 事情を知ってなんとなく助けたくなっちまった。

 まあ勇者なんてそんなもんだろう。きっと。


「ついでにイヴについて話してくれ」


「数回会っただけですが、オーラからして規格外でした。あれはもう女神ではない何かです」


「そうか……なぜリキュアに近づいたかわかるか?」


「イヴは力を欲しがっている子や、私のように危険な体質の女神を集めていました」


「リュカもアンリもそうだろう。どうしても私を超えたいようだったからな」


 心に何か持つ女神を集める、か。目的がわからんな。

 手下なんて増やさなくても、ほぼ望む全てが手に入るはずだ。


「大量にいたのか?」


「いいえ。あまり多すぎると管理が面倒になるし、秘密漏洩の危険もあるから少なめだってビアンカが」


「ビアンカ? 聞いたことが無いデスね」


「俺もない」


 そこそこ女神とは出会ってきたが、今回の件で出会った女神は存在を知らなかった。

 女神が大量にいるので、全員把握は無理だしな。


「イヴ直轄の女神です。四姫衆という四人の女神から構成されていました。私とリュカにアンリ。そしてビアンカの四人です」


「あと一人か」


「ビアンカは別格です。勇魔救神拳を初級とはいえ複数習得しています」


 今までの敵は多くて二個だった。ここからさらに増えるか。

 結界作って鍛えさせてよかった。こりゃ危険な戦いになる。


「やっかいな……なあイヴはなんで俺を狙うんだ? 恨まれる覚えはないぞ?」


「えぇ……そうなんですか?」


 物凄く意外そうだ。それほどまでに俺を恨むとは、過去に何があったというんだ。


「予想としては、救えない異世界の事を気に病んで、力を求めて邪道に……ってとこだと思ったんだが」


「勇者様との殺し合いだけが望みだと言っていました」


 本気で嫌われているようだ。ちょいと傷つくな。


「元々先生の力だけが目当てだったのでは?」


「なるほど、先生の前で見せていた態度こそが演技だったというわけデスね」


「それを見抜けなかったってことか? ううむ……実際に会わないとダメだな」


 そこで強力な妖気が学園を満たす。

 自宅と直結しているため、家にまで侵入しようとしている。


「なにこれ? 魔力じゃない……」


「ごきげんよう、勇者様。そして裏切り者の名無し」


 金髪でふわりとした長い髪に、緑色の瞳。頭には狐耳。

 丈の短い和服。それもお姫様が斬るような豪華なものだ。

 尋常じゃない妖気が溢れている。こいつがビアンカだろう。


「貴様どこから入った!」


「ちゃんと玄関から入りましたよ。お声が届かなかったようですね」


「ビアンカ……私を消しに来たの?」


「いいえ。ワタシもイヴ様も、もう貴女に興味はないのよ。それに足止めはできたじゃない。足止めの捨て駒が任務を達成したのだもの、勝手にどこへでも行きなさいな」


 本当に興味が無いのだろう。俺とサファイアしか眼中にないようだ。


「ワタシならイヴ様のいる世界の座標を知っているわ」


「ああ、だから逃げ回られるとやっかいだ」


「しないわよ。こんなことを言うのはおかしいかもしれないけれど、イヴ様を救ってあげて欲しいの」


 予想外の提案だ。こいつらの関係がいまいちわからん。


「どういうことよ? 敵なんじゃないの?」


「あの方は勇者を殺すためなら手段を選ばない。そのためだけに生きている。恨みというか……もっと深い何かがあるわ。正直、見ていられないのよ」


「それで先生に救えと? 殺すと言っておきながら、随分と虫のいい話ではないか」


「イヴはその、本当に強いんです。直接戦ったら、勇者様でもイヴに勝てるかどうか……私の悪霊呼びの体質でも、瘴気が寄り付かないほど神力に満ちていました」


「あいつの力は知っているよ」


 誰よりも知っている。いや、知っていたが正しいか。


「昔よりも格段に強くなっているらしいわよ?」


「承知の上さ」


 問題はこいつらをどう保護するか。下手すりゃ女神界がぶっ壊れかねない。


「そもそも昔はどれくらい強かったの?」


「ステータスとか見られなかったのですか?」


「見ても無駄だ。全て測定不能になる」


「無限の力、というわけデスね」


「ちょっと違う。無量大数や無限の上だ」


 ついでに授業してやるか。俺自身気持ちを整理する時間が必要だ。


「無限の力と言えば聞こえはいいが、ぶっちゃけそんなもんは基本だ」


「無限が基本?」


「そうだ。無量大数と全知全能はスタート地点なのさ。もっていて当然。そこから本当の強者への道が始まる。無限とすら理解させない。収まりきらない力もある」


「まーたわけわかんないこと言い始めたわよ」


 なぜ呆れ顔ですか皆様。

 そういうやつを倒すために勇者ってのはいるんだぞ。


「どうせその強者の道というのは、先生だけの道でしょう?」


「少なくともイヴはできたぞ。あと何人か知っている」


「複数いるのデスか……そんな化物が」


「お前らだって素質はある。やり方間違わなければなれるさ」


 ちょっと可能性の片鱗があったりする。なので教えていて楽しい。


「胡散臭いことこの上ないですわ……」


「女神ってのは特殊だからな。人間より可能性としちゃ多く持っているはずだ」


「それを引き出せば、私がいた部屋とか、暗黒校舎を出すような世界を作ることも可能です」


 世界を丸々ゼロから作ることは、コツさえ掴めば魔力次第。

 俺も最初はできるのか半信半疑だったな。

 そこで突然景色が青空と花の咲く綺麗な場所へと変わる。


「なんだここ?」


「ここは……イヴ様の楽園!?」


「なんですって!?」


「ようこそ、勇者様」


 女の声がした。脳に、魂にこびりついていた声。

 振り返ると、記憶のままの姿で、そいつはそこにいた。


「………………イヴ」


 長く美しい黒髪。輝く黒い瞳。穏やかな雰囲気の中にある神々しさ。

 誰もが立ち止まり、振り返り、その姿に、その美貌に時を止める。

 ごく普通のスカートタイプの白い服。なのに神聖さすら感じてしまう。


「お久しぶりね。こうして会うのはどれくらいぶりかしら」


 敵は恐怖から、味方は畏敬の念から自然と膝をつく。

 それがイヴ。容姿すらも女神の頂点である証明。


「さあな……もう随分と時間が経っちまった気がするよ」


 優しさと包容力のある美しい声。俺の知るイヴそのままだ。


「あれが……イヴ?」


「綺麗な方ですわ……」


「まさに女神デスね……」


 昔からカリスマ性というか、人を惹き付けるなにかがあると思う。

 一挙手一投足が絵画のような、それでいてどこか少女の面影を残す女神。

 以前より危険な気配が強い。嫌な方向に成長しているようだな。


「裏切ったのね、ビアンカ」


「いえ、これは……」


「面白いわ。四天王が裏切り勇者様の仲間になる。王道ね。褒めてあげる。いい子ねビアンカ」


「……は?」


 こいつの意図がわからない。だが、姿も魔力もあの時のイヴそのもの。

 間違いなく本人だ。だからこそ不気味だった。


「よくやったわ。もう用済みねビアンカ。それとサファイアさん。貴女もいらないわ」


「勝手だな。そっちが欲しいと言ってきたんじゃないか」


「強い女神が欲しかったんですもの。四天王を作る必要があるのなら、強い女神を、それも闇があった方がいいでしょう?」


「その言い方だと四天王を作ることそのものに意味があるようだな」


「流石は勇者様。昔と変わらない。いいえ、あの頃よりも強く輝いている」


 本当にわからない。四天王を作っておいて不要?

 作って何かするのが目的じゃないのか。


「さて駄女神御一行様。私と戦ってみない?」


 場がざわつく。ここはイヴの世界。何を仕掛けてくるかわからない。


「俺と戦うんじゃないのか?」


「足りないわ。まだ勇者様は先生。それじゃ足りない。それじゃあ駄目なの」


「どういう意味だ?」


「まだ秘密。かかっていらっしゃい。先生に笑顔を向けられるに相応しいか。その力を見せて」


 無邪気な微笑み。何を企んでいるのかわからない。

 駄女神連中だけでも逃げ出せるように、こっそりこの世界の座標を調べるが。

 世界そのものが高速で再構成され続けている。

 さらに世界の狭間を行き来しているようで、これは骨が折れるな。


「いいわよ。やってやろうじゃない!」


「駄目だ。イヴはそこらの女神とはわけが違う」


「どのみち倒さねば帰ることもできません。ならばこの騒動を起こした張本人に、一太刀浴びせるくらいは許されましょう」


「チームワークを学んだワタシ達を、そう簡単に倒せると思わない方がいいデスよ」


 不安だ。なにかとても楽しいことが始まると期待している顔のイヴ。

 その顔を見ているだけで、俺の胸に言い知れぬ嫌な予感が襲う。


「決断の時よ勇者様。女神界の現状が、実力が知りたいの。それとも無差別に殺し合うのがお望み?」


 つまり殺しはしないと言っているのだろうか。

 ここで逃げられて不意打ちで個別に襲われても面倒だ。

 仕方があるまい。


「危なくなったら逃げろ。そんときゃ全部俺がやる」


「よーし! いくわよみんな!!」


「さあ、見ていて勇者様。貴方の育てた女神が、無残にもワタシに敗れる所を」


 美しい花の咲き誇る世界で、死闘の幕が上がる。

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