砂漠の本能寺でも駄女神だよ

 信長の護衛をしながら、ラクダに乗って本能寺の砂漠地帯を移動していく。


「ねえなんかめっちゃ寒いんですけど! 砂漠なのに寒いんですけど!」


「そりゃお前、砂漠ってのは夜は寒いんだよ」


「なぜそこをリアルに作ってしまったのですか」


「修行になるかなって」


 俺は暑さや寒さなどどうとでもなるが、駄女神にはきついらしい。

 これも訓練だ。冒険は過酷なのだよ。


「勇者の冒険についていく場合、砂漠や雪国にも行くんだぞ」


「リゾート地だけ行きたい」


「観光だろそれ」


「正確には避暑ですね。例えるなら軽井沢かハワイを希望します」


「通るかそんなもん」


 文句ばっかり言いやがって。ちゃんと静かに護衛しているカレンを見習え。


「避暑……いいですわね。修学旅行では穏やかな場所に行きましょう」


 こいつも余計なこと考えてやがったか。


「そろそろ敵が出るぞー」


「この状況で敵って……鎧武者で追いつけるの?」


「そこはまた別の戦い方だよ」


 後方より、赤い鎧のラクダ隊が突っ込んでくる。

 砂埃を上げながら、夜の砂漠を疾走する姿はミスマッチもはなはだしい。


「今回は乗り物に乗った状態での戦闘だ。自由には動けない。そんな中での戦い方を身につけろ」


「あの鎧の集団はなんですの? 明智軍に騎馬隊?」


「特別ゲストの武田騎馬隊だ」


「騎馬関係ないじゃない!」


 だって敵が思いつかなかったんだよ。

 巨大なサソリとか考えたけど、それは本能寺の変と関係ない。

 ならせめて戦国武将出そうと思いました。


『信長様! 武田の兵が!』


『うむ、ラクダということは砂漠決戦仕様か』


「どういうことよ!?」


『ふはははは! 音に聞こえた武田騎馬隊に、走れぬ場所などありはしないのだ!』


「やるしかありませんわね」


「安心しろ。砂漠抜けたらゴールだ。長くなりすぎても面倒だろ」


 授業がなぜ時間で区切られているのか。それは集中力が続かないからである。

 長時間の勉強は、実は効率が悪い。適度な休憩は甘えではなく義務だ。


「やあってやるわ!」


 突っ込んで来る騎馬隊に向かうサファイアとカレン。

 すれ違い様に、敵の腹めがけて横薙ぎに槍を振る。


「どっせーい!」


 普通に鎧武者ふっ飛ばしやがった。なんちゅう馬鹿力よ。


「せい! はっ!」


 馬の上で器用に打撃を繰り返すカレン。

 手足のどれかが馬に乗ってりゃ、自身を回転させて攻撃可能か。

 的確に馬から叩き落としている。


「乗り物が壊せそうなら狙ってみるのもいいぞ」


「ならば、こうですわ!」


 ケリュケイオンを地面に突き刺し、雷撃が砂漠を走る。


「信長さんに当たるだろ」


「ご心配なく。こちらは私が抑えています」


 ターバン巻いたローズの魔法障壁が、的確に信長さんのラクダを防護する。


「魔法はある程度なら方向も操作できますわ」


「ほう、やるな。ローズのターバンはなんだ?」


「巻いていると、驚くほどラクダが動かせます」


 そんなのまで対応してんのかよ。

 寿司職人とか、フランス料理のシェフの服でも着せてみるかね。


「あだだだ……しびれる……」


 一緒に痺れているサファイアはまあ……お約束だろう。

 この程度で女神は死なない。今のところ大丈夫だ。


「あ、なんか襖っぽいのがあるんだけど」


 オアシスに襖がある。ここは本能寺なので、そりゃ襖があるのだ。


「あれがゴールだ。あの先に信長さんがついたら授業終わり」


「もう少しですわね」


 そこで光秀が追いついてくる。

 武田騎馬隊は数を少なめにしておいたので無事撃退した。


『信長……ここで斬る!』


「憎んでるのねえ。部下に裏切られるなんて、よっぽどなんかやったのかしら」


「かもな。だが下克上は戦国の常だ」


「まだ戦国と言い張るのですね」


「信長さんいるし」


「ターバン巻いてシタール持ってますけど」


 いかん。このままだと砂漠要素に戦国要素が負ける。


『お……おおオオォォォォ!!』


 光秀が暗黒の霧に包まれ、肉が消える。

 目があった部分が赤く光り、骨だけになった光秀が、巨大化して妖怪と化す。


「何あれきもい!?」


 砂漠に巨大な人骨が、上半身だけ出ている。

 まあ気持ち悪いよな。なぜ上半身だけなのかとか、疑問も残るしさ。


「これが不評で引退者が増えたイベントだからな」


「なんでぶっこんだのよ!?」


「これが一番授業に適していて巨大なボスだった」


「理由が案外打倒ですね」


 そりゃ授業だもの。駄女神が強くならなきゃ話にならない。


「さ、どうする? 敵はでかい。信長を守ろうにも、敵の一撃は受け止めればきっつい威力だぜ」


「うわ……これは面倒ね」


「作戦タイムが五分だけある。知恵使って三人で切り抜けろ」


 倒し方はひとつじゃない。さてどうするのかな。楽しみだ。


「いくわよ!」


 サファイアとカレンが信長の護衛。ローズが攻撃っぽい。

 これはかなり意外だ。どう戦うのかしっかり見よう。


「とりあえず魔法連打です」


 全員で攻撃魔法連射。まず遠距離で倒せるか実験ってとこだな。


『オオオォォォ!!』


 ガイコツさんは無傷。ちょっとやそっとの魔法じゃ駄目ってことさ。


「サファイア」


「わかってる」


『オオオォォ!』


 骨の両目から放たれる赤いビームは、まっすぐに信長を狙う。


「やらせませんわ!」


 両手を突き出し、限界まで集約させた無効化能力で相殺する。

 やがてビームをやめ、今度は巨大な腕で押しつぶそうと動く。


「ここだ! どっせえええぇぇぇい!!」


 振り下ろされた右拳に、魔力を貯めたブリューナクをぶつけて押し戻す。

 その衝撃はガイコツを傾かせるには充分だったようだ。


『蘭!』


『はい! 信長様!』


 NPCコンビが弓を構え、矢に光が集う。

 これは救済措置でありヒントだったりする。


『喰らえ!』


 両者とも敵の左目にヒット。悶絶し、叫び声を上げたガイコツは、両腕をだらりと地面におろし、動かなくなった。


「ローズ! 目よ!」


「お任せを」


 忍装束に着替えたローズが、骨の腕を伝って駆ける。

 無駄なく最小限の動きで頭まで登り切り、両手の剣を突き立てた。


『ガアアァァ!?』


 さっきよりも大きめの悲鳴を上げ、ガイコツさん再起動。

 これが一連の流れである。あとはそれを正確に何度もこなせるか。

 集中力とスタミナの勝負である。


「なんか本当にゲームの敵ね!」


「勝てないよりはいいでしょう。それに、これはこれで厳しいものがあります」


『敵が弱っております!』


『是非も無し。次で終いよ!』


「終わりそうですわ!」


 全員肩で息をしている。この敵は体力じゃなくて攻撃回数で倒すタイプ。

 もう立っているのもきついのだろう。


「よし、持っていきなさい!」


「ラスト、頼みましたわよ!」


 二人が最後の魔力を振り絞り、ローズの剣を強化する。


「助かります。これで、全てを移動に使える」


 魔力を行使する必要がなくなり、服を脱ぎ去って、全力で駆け抜けた。

 何回も行われた行為だ。淀みもない。

 そして最後の一撃が突き刺さる。


「これで……終わりです!!」


『オオオオアアアアァァァ!!』


 黒い瘴気を振りまきながら、ガイコツは消えていった。

 これにて完全勝利である。


「いよおおおぉぉぉっしゃあああ!!」


「やりました」


「なんとか……なりましたわね」


 力尽きたのか、その場に座り込む駄女神一同。

 ここまで大きな怪我もなく、充分に戦えていた。


『参りましょう、信長様』


『うむ、そなたらも大儀であった!』


 信長と蘭丸が、襖の奥へと消えると、世界は再び白くて大きな部屋へと戻る。


「おめでとう。試練クリアだ。よくやった」


 回復魔法をかけてやりながら、功績を労う。

 ちょっと厳しいかと思ったが、見事にやり遂げてくれた。


「ほれ、水飲め。ゆっくりな」


 水を渡し、回復も完了。全員座り込んで、無言で休憩している。

 喋る気力もないのだろう。正に限界を超えたわけだ。

 この授業は、あまり連続でやらないほうがいいみたいだな。


「凄かったぞ。ちゃんと護衛も集団戦も、最後の巨大ボスも対応できていた。お前達は強くなっている。確実にな。よくやった」


 この場でこいつらの偉業を知っているのは俺だけ。

 やれと言ったのも俺だ。ここで褒めずしてなんとする。


「ふ……ふふっ……まあこんなもん……よ……」


「やれば……できるの……です……」


「先生の……おかげ……ですわ……」


 そのまま疲れて眠ってしまう。仕方ない奴らだ。


「ま、頑張っていたし。運んでやるか」


「手伝いますよセンセー」


「美由希か」


 入り口から美由希が歩いてくる。


「ちゃんと生徒さんのかっこいいところ、撮っておきましたよ」


「そうか、あとであいつらに見せてやらないとな」


「そうデスね。それじゃあ運んじゃいましょう」


「いやいい、俺が運ぶ。俺の生徒だからな」


 やりきった顔で眠る生徒を、ひとりひとり寝室まで運んでやった。

 案外教師も悪くないかもしれない。なんとなくそう思った日だったよ。

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