肝試しでも駄女神だよ

「それじゃあ食休みも終わったところで、今度は肝試しという名の訓練をする」


 せっかくの合宿だ。レクリエーションの中に訓練を織り込んでいく。

 こういうことを考えるのは楽しい。でも創意工夫ってのは難しい。

 俺も教師としてレベルアップせねばならんな。


「女神界に幽霊など存在できませんよ」


「わかっとるわい。あくまで雰囲気というか。まあ脅かす役もやればいいんだよ」


「では試したい肝を選んで装備してください」


「意味はわからないけど怖いからやめろ」


 凄くグロい絵面を想像してしまった。

 気を取り直して進行再会。


「えーチェックポイントを用意しているから、マップの順路に沿って進め。脅かす側と探検側に別れるぞ。クラリスと美由希は参加しない」


「ワタシも先生と行きたかったデース」


「これは訓練の意味もある。実力差があると訓練じゃなくなるだろ。それはダメ」


「先生の仕事を邪魔するわけにはいかないのだ。聞き分けろ美由希」


「仕方がないデスねえ。頑張るのデスよ」


「ふっ、余裕よ!」


 そんなわけでサファイアが俺と行動することになった。


「俺は監督だ。援護はしない。頑張るように」


「ふっふーん見てなさい! 成長したわたしの威光ってやつをね!」


 海からちょっと離れた場所に、俺が墓地っぽいものを作った。


「空き地って便利だな」


「何作ってんのよ……」


「しょうがねえだろ。女神界に霊とかいないんだから」


 油断しきってんな。さてどこまで耐えられるか。


「はいはい。それじゃあ夜も更けてきたし、さっさと行くわよ」


 女神界は土地が広い。だもんで大きめの和風墓地を、ロウソク片手に歩く。

 光源はロウソクのみ。さあこれ本来は怖いぞ。


「これは俺の知り合いが実際に体験した怖い話なんだけど」


「急に怪談始まったわね。霊とか怖くないわよ? 寄ってこないし」


 霊は女神に近寄らない。むしろ逃げる。

 キャンプファイヤーにダイナマイト持って突っ込むようなもので、威光だけで消し飛ぶのである。

 どんなに協力な霊魂であろうとも、所詮神には勝てないのさ。


「まあ聞け。こういう墓地にはな……夏の……それもお盆の時期になると、出るんだよ。先祖のゾンビが……」


「……あんた怪談下手でしょ?」


「アホか、めっちゃうまいわ」


「お盆なのにゾンビだと雰囲気ごっちゃになるでしょ」


 まさかこいつに諭されるとは。

 違うんだよ、思ったより凝った作りにしちゃって時間なかったんだよ。


「そこは無数の霊が帰ってくるとかにして、いい霊だけじゃなく、悪いやつは襲ってくるとか、導入考えるのよ」


 いかん、俺の心に負ったことのないレベルのダメージが入っていく。


「やめろ……サファイアなのにまともなことを言うんじゃない……」


「どういう意味よ!?」


 歩いているうちに、俺は計画をちょっとだけ忘れていた。

 そして、墓の下から出てくるお手製ゾンビの群れを、なんのリアクションもできずに見ています。


「……ゾンビ出たわね。作ったの?」


「ああ、俺が魔力でこう……質量のある残像的なやつをさ……ゾンビでビビらせてから、ここに来る予定だった」


「だから無理してゾンビの話にしたのね。大方、作ってから気付いたんでしょ?」


「やめろおおぉぉぉ!? 俺を同情する目で見るなああぁぁ!」


「で、倒せばいいの?」


「……頼む」


 戦闘開始。チクショウ、なぜか視界が滲んで見えるぜ。


「動きもとろいし、楽勝なんだけど……なんで女神のオーラで弱らないのかしら?」


「そりゃ俺が作った魔力の偽物だからな。悪しき力なんて微塵もないぞ」


「そう、まあいいわ。消し飛びなさい! っとおおう危ないわね」


 わらわら寄ってくるゾンビに苦戦しているようだ。

 しっかりアドバイスして威厳を取り戻そう。


「多対一は意外と面倒だ。常に周囲に気を配り、追い詰められないように動け」


「体力使うわね!」


「全力の大振りは避けろ。隙を晒すぞ。勝てるやつを的確に選び、最小の労力で潰せ」


「簡単に言ってくれちゃってもう! よく色々と思いつくもんね!」


「得意スタイルを知ることと、戦法にクセがついちまうことは別だ。特に後者は直す必要がある」


 サファイアの野生の勘は、ここにきてもう多人数戦に慣れつつある。

 いやほんと野生児ですか。少し深い解説でもしてやろう。


「同じ相手と戦うとな。自然とそれに合わせた動きに固定される。だから多彩な状況の変化に追いつけない。任意で変えられないスタイルは邪魔だ」


「……ちなみに、あんたはどうなのよ」


「昔はやってたよ。射撃とか剣とか魔法とか、切り替えたりもした」


「なんでやんなくなったの?」


「だって殴ったら死ぬし」


 目についたら殴る。それで魔王は死ぬ。だから変えなくなって久しい。


「まあそこまで到達するには、かなり時間かかるし、初めっからやることじゃないさ」


「そうでしょうね。はいおしまい! どんなもんよ!」


 会話しながら殲滅完了。余裕があるってことだな。

 ブリューナクの扱いにも慣れてきたようだ。

 いいね、手に馴染む武器というのは、あって損はない。

 手にしていた時間が長ければ長いほど練度も上がる。


「お見事。その調子で頑張れば、もっと上に行けるぞ」


「当然ね」


「せっかく作った墓地が消えたけどな」


 ホラーっぽさを出そうと考えること三十分。

 実際に魔力での生成が二十分くらい。

 そこそこ頑張りましたよ。


「どのみち終わったら消すんでしょ?」


「残す意味が無いからな。まあいい、先に進むぞ」


 暗い夜道をてくてく歩く。肝試しはこれで半分くらいか。

 不意に周囲を青白い人魂が舞う。一個や二個じゃない。


「なにこれ?」


「俺も知らん。どうやらカレンかローズだな」


 脅かし役の準備は整ったようだ。人魂からローズの魔力を感知。

 無数の炎を人魂っぽく操作できるのは流石の一言である。


「これは……倒せばいいのかしら?」


「いや、どうだろうな。だた怖がらせたいだけじゃないか?」


 俺だけ背後に気配を感じた。これはローズか。

 さてどんな方法でびっくりさせてくるのかね。


「ん? なんか……後ろにいるような……」


 振り返った俺とサファイアに触れそうなほど間近に現れるローズ。


「わー!!」


「うひゃわあぁ!? ってローズ?」


「おぉ……古典的な手段できたな」


 背後から大声で驚かせる方式。ベタだが即興ならそんなもんだろう。

 いつもの黒いマントがそれっぽさも出しているし。いい感じだな。


「驚きましたね? さあ、もっと私を見るのです。そして驚くがいいのです」


 マントの下は全裸でした。


「ただの痴女だろうが!」


「謎の光が守っているのでセーフです」


 的確に急所を隠してくれる謎の光さん。なんて頼りになるんだ。


「完全に夜なんだけど……どこから光が出てるのよ?」


「私もそこが謎なのですよ」


「知らねえのかよ!?」


 服は着てもらいました。こいつの行動力と露出が一番怖いわ。


「では私も共に参りましょう」


「ローズが仲間になった!」


「おぉ、ゲームの加入イベントっぽいな」


 そういう世界もありました。加入のBGMは鳴る世界と鳴らない世界があったよ。


「さーて、次はカレンよね?」


「だろうな。飛び入りで美由希が来そうだが」


「クラリスは来ないのですか?」


「俺一人なら来るだろう。だが、俺の授業を邪魔したりはしないはず。あいつ真面目だからなあ」


 あいつ駄女神じゃなかったし。

 最初は真面目過ぎて、気苦労が絶えないやつっぽかったけど。

 それも冒険で克服した。立派に女神をやっているようで、ちょっと嬉しかったり。


「何か来るわよ」


 木々の間から現れる、赤い人魂。そう、人魂である。


「被っていますね」


「被っちゃってるわね。さっき見たわ」


「あーほら、色が違うし」


 俺はなんのフォローをしているのだろう。

 人魂が集まって大きな人間の顔になった。


「おーそうきたか」


「ふむ、やりますね」


 そして背後に気配。脅かすつもりだろう。あえて言わずにかかってやるか。

 三人一緒に振り返った俺たちの視界に入ってきたカレンは。


「お菓子をくれなきゃ……いたずらするぞおおぉぉぉぉ!!」


 根本的に間違っていた。


「カレン……それ肝試しじゃない。ハロウィンだ」


 カボチャ頭で黒いマント。どこからどう見てもハロウィン一色であった。


「…………え?」


「それ完全に別のイベントだぞ」


「ええええぇぇぇぇぇ!?」


 驚いた衝撃か、カボチャがぱかーんと割れて、驚いた顔のカレンが現れた。

 もう完全に女神二人は笑っている。


「で、でも演出は! 演出は怖かったはずですわ!」


 まだ食い下がるか。そのガッツは見上げたものだ。

 だが無情にも現実は突きつけられる。


「人魂が私と被っていましたよ」


「ぐはあ!?」


 カレンの心にダメージが入る。その気持ち、よくわかるぞ。

 なんせついさっき経験したからな。


「まあぶっちゃけ普通ね」


「普通ですね」


「うわああぁぁん! なぜですのおおぉぉぉ!」


 そのままゴール地点までダッシュで去っていくカレン。

 悪いことをしたな。どうやってケアすればいいのだろう。


「とりあえずゴールしときましょ」


「そうだな。あとでカレンを慰めるぞ」


「……手伝いましょう」


 そんなこんなで無事に肝試しは終わったと……思うよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る