第27話 先生との出会いクラリス視点

 私は弱い。救わねばならない世界に対して、あまりにも非力であった。

 女神用に作り出された空間で、世界を監視する。今できることはそれだけ。


「また……勇者の魂が……」


 夜空を昇る光から、四ヶ月前に加護を与えた勇者の魔力を感じた。


「ごめんなさい……私がもっと……もっと優秀な女神なら……」


 世界は、緩やかに終末へと向かっていた。

 滅びの日が見えたその日から、私の前の女神は解決策として、勇者が魔族を狩ることで、ほんの少しだけ寿命を延ばせるようにした。

 一時しのぎだった。それでも、勇者が魔王軍四天王を倒し、魔王さえ倒せたら。


「あなたの命で……この世界の寿命は三ヶ月伸びました」


 滅びを目前にした世界。前の女神が逃げ出した、捨てられた世界。

 勇者と魔王の殺し合い。だが魔王は、魔族は人類を超えてきた。

 世界を塗りつぶす悪意は、この世界の邪神は滅びを求めている。


「勇者よ……私は、例え滅びの日が来ようとも、あなたを忘れません」


 人間で滅びを知るものは少ない。勇者は世界の真実を知り、魔王に挑む。

 そして散っていく。勇者が死ぬと、その魂は世界の寿命を僅かに伸ばす。

 いつの日か魔王を倒し、その魂を世界に捧げるまで、この地獄は続く。


「う……うぅ……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 胸が締め付けられる。呼吸が荒くなり、吐き気が襲う。

 それなのに、もう涙は流れない。ずっと、ずっと昔に枯れてしまった。


「残る勇者はあと……」


 この世界に残った勇者の数を確認する。水晶から空中へ、モニターのようにデータが投影され、また絶望を告げられた。


「もう勇者がいない。また……誰かが呼ばれる」


 私は女神界ではそれなりに強いつもりだったし、与えられる加護も数種類ではあるが強力だ。

 それでも勝てない。想定外の相手だった。


「せめて、今回の勇者は……少しでも長く生きて欲しい。どうか……」


 世界を救わなくてもいい。ただ天寿を全うするくらい長生きして欲しい。

 勝手に呼び出しておいて、あまりにも都合のいい願いである。


「四天王を……一人でも倒せたら」


 水晶に浮かぶ巨大な魔物の姿。

 全長三百五十メートル。その人に近い上半身と、身に纏った黒いカニのような殻。

 蜘蛛のような足。常に放電している暗黒の雷。

 魔力を解放しただけで、半径数キロを焦土と化す恐怖の化身。

 魔王軍四天王最弱の悪魔、ゴウライ。


「間に合わない……時間が……足りない……誰か……誰か助けて……」


 最弱。最弱でこれだ。次の四天王は更に強い。アリと像ほどの差がある。

 魔王など誰も倒せない。もうこの世界は限界だった。


「お願い……お願いよ……助けて…………」


 声が震える。私はいったい、誰に縋っているのだろう。


「ん? どこだここ?」


 誰かの声。目の前の召喚魔法陣が発動していた。

 私の意志とは無関係に、この世界を救う勇者が呼ばれてしまう。

 呼吸を整え、勇者となる青年に向き直る。


「ここは女神だけが入ることを許された空間です」


「ああ、そういやそうか。久しぶりでな」


「はい?」


「なんでもない。世界を救えばいいんだろ?」


 なんというか、どこにでもいそうな男の人だった。

 特別強さも感じない。また……勇者が死ぬ。


「新たな勇者よ、その意志があれば加護を与え、魔王討伐の旅へ誘いましょう」


「おう、頼む」


 軽い。日常会話のようなやり取り。軽く苛立ちを覚えた。


「帰ってください」


「なんでだよ。異世界を救うんだろ?」


「あなたにはできません。今まで……何十人もの勇者が散っていきました。ここは絶望の世界。勇者が死んだ時、仮初の寿命を与えられ、延命される地獄の世界」


 死んで欲しくない。こんな人じゃ、送っても死んでしまう。

 だから、だから帰そう。帰して……助けてくれる勇者様を待とう。


「もう……死なないで……」


 絞り出した声はそれだけ。懇願。自分のわがまま。

 死地へと送り出す。それが仕事。新しく死人を作る仕事。

 それに耐えることもできない、弱い私のわがまま。


「話してくれ」


 男の声と雰囲気が変わった。でも話すわけにはいかない。


「帰って……」


「話すだけならいいだろ。楽になるぜ」


「楽になっていいはずがないっ!!」


 沢山の死者が出た。私の力が及ばなかったから。

 そんな私が楽になる。そんことが許されるはずがない。


「話してくれたら、この世界が危険だってわかるぜ。そうしたら俺も帰るかもな」


「…………この世界は……破滅の時を迎えようとしています」


 結局……話してしまった。きっと、誰かに話を聞いてほしかったんだろう。

 話してくれる。話せる。生きている人間がいる。

 その事実に、心が揺れた。


「わかりましたか? 帰らないというのなら、ここにいてください。保険です。もっと強くて、この世界を救える勇者が現れた時、助手として付けましょう」


「今でいいって。あ、その画面に写っているやつは?」


「魔王軍四天王のゴウライです」


「四天王か。でっかいなー。こいつが一番強いのか?」


 目ざとく見つけ、興味を示す。何も知らなければ、あれを最強と勘違いするのも無理はない。


「いいえ、これで最弱です」


「ならこいつからいこう」


「いこうとは?」


「まずこいつから倒そう」


 まだ現状を理解できていないようだ。

 同じことを言って、死んでいった勇者を何人も見ている。


「無理です。まず力を蓄え、見つからないようにひっそりと暮らすのです」


「大丈夫だって。勇者だからな」


「その勇者が負けているのです。無謀な勇気など、この世界では意味をなしません」


「倒さないと、お前が安心できないだろ?」


 水晶を指先でつついている男。何故か転移魔法陣が発動した。


「な、どうして?」


 確かに、水晶にはそういう機能がある。

 水晶に映し出された場所までの簡易魔法陣を出す。

 だがそれは魔力に精通し、女神と同等の魔力が必要なはず。


「ほら、水晶が行けってさ」


 縋ってしまいそうになる。大丈夫という、根拠のない言葉に。

 私に背を向け、歩いていこうとする、新たなる勇者。


「行かないで……」


 無意識に呟き、服の袖を掴んでいた。

 気付いたのは、彼の手が、私の頭を撫ででいるのに気付いた後で。


「心配すんな」


 優しい微笑み。笑っている人間を見ると辛くなる。

 これから死地に行けと言わなければならない。

 そんな私が、この笑顔を受ける資格があるのだろうか。


「あなたが死んだら……私は……」


 きっと私は壊れてしまう。私の心が耐えられない。

 これ以上の勇者の死に、耐えることができそうもなかった。


「へーきへーき」


 自分が負けることを、微塵も考えていない。

 まだ加護も与えていないのに。なぜこの人は、こんなにも私を安心させるのだろう。


「だって俺は……勇者だから」


「勇者なんて私が頼んだだけで! それだけであなたは!」


「そうだな、あとはまあ……お前が泣きそうだからかな」


「涙など枯れました」


「だーめだって。泣きそうだろ。なら助ける」


 意地っ張りらしい。その意地と優しさは、早死にする理由でしかないというのに。


「んじゃ、ちょっくら行ってくるよ」


「いけません! 戻って!!」


 咄嗟に彼の体に抱きつき、魔法陣から引き離そうとした。

 そして、二人ともワープしてしまったのだ。死地へと。


「暗い場所だな」


 来てしまった。赤と黒で染まった不毛の大地へ。

 暗雲で陽の光が隠され、動植物の消えた場所。

 そして、ゴウライの目の前であった。


『人間……? まだこの大陸に生き残りがいたか』


 響く声。ドス黒い不快感を伴って、心にのしかかってくるような声だ。


『その膨大な力……貴様ら……人間ではないな』


「新しい勇者だよ。よろしく」


 ほがらかな挨拶。なぜ動じていないのだろう。


『何だ貴様。なぜ思考が読めん』


「ああ、テレパシーかなんかか。悪い切ってた」


 雑談を始めそうな勢いである。よくわからないけれど、この状況は危険だ。


「よくわかりませんが、ここは退きましょう。私が元の場所へと転送します」


『ほほう、貴様女神か。ちょうどいい! ここで女神を消せば、魔王様もお喜びになる! 人間の絶望もより濃くなるだろうなあ』


「バレたか。でも世界は……魔王に屈したりはしない! 必ず勇者が現れる!」


「いや、だからそれが俺なんだって」


『ならば耐えてみせよ。ウオオオオォォォォ!!』


 暗黒の雷撃が、ゴウライの魔力が、爆発的に膨れ上がり。


「ん、危ないぞ」


 大爆発を起こす。轟く爆音。揺れる大地。


「なんて魔力……」


 圧倒的だった。私はただその場に立ち尽くし、周囲が晴れるまで動けなかった。


「生きて……いる?」


 私はなぜ動ける? なぜ無傷? 爆煙が晴れ、現れたのは見慣れぬ背中。


「あっぶねえな。こいつが怪我したらどうするんだよ」


 私の立っている場所以外、大地が消えていた。

 正確にはクレーターなのだろう。あまりにも深くて底が見えない。


『耐えるか。よかろう。久方ぶりの獲物だ』


 その巨体で大地に立つゴウライ。そして、私と勇者。

 この場で立っているのはこれだけ。世界に三人しかいないと錯覚しそうだった。


「生きてる」


 一瞬だけど、爆発の直前に割り込んだものが見えた。

 この状況。つまりこの男は私を庇って立っている。


「まさか、私を庇って……?」


「まさかって、俺は勇者なんだぞ」


 服まで無傷だ。焦げてすらいない。異常だ。

 ここでやっと男の強さ、その片鱗が伺えた。


「そうだ、名前聞いてなかったな」


「……クラリスです」


「そっか、クラリス。こいつ倒すとどんくらい寿命伸びる?」


 世界の寿命のことだろう。反射的に答えていた。


「十年です。四天王ですら十年しか伸びません」


「そっか、じゃあこれで」


 軽く、とても戦闘しているとは思えないほど、軽く飛ぶ勇者を見送る。

 ふわりとゴウライの顔の前まで飛んだ彼は、拳を振りかぶった。


「十年分だな」



 一撃だった。



 何十の勇者が殺されたかわからない。傷をつけたものすら僅かだった。

 理解に数秒を要した。なにせ轟音とともに、ゴウライの上半身は消えていたのだから。


「でかいだけか。でも次のやつはもっと強いらしいし……気は抜かないでおこう」


 右手から、電球ほどの小さな光が飛ぶ。

 その光は、ゴウライの下半身を完全に消滅させた。

 何も言えない。なんて言えばよかったのだろう。理解できない。


「よし、終わり。なんか明るくなってきたな」


「五大陸は……四個が四天王に侵食され、日々光の届かぬ地へと汚染されています」


「じゃあ倒したから戻ってんのか」


「その通り、です……けど」


「じゃあ穴も埋めておくか」


 一瞬だけ地面が光り、大地が戻った。

 そこに浄化された世界が上書きされていく。


「よし、セーフ。じゃあどうする? 一回帰るか?」


「大地が……どう、やって?」


「ちょっと地面の時間戻した。あとはほっといても浄化されるだろ」


 本格的に意味がわからなかった。


「大丈夫かー?」


 差し出された手を握って立ち上がる。

 大きくて、暖かくて、人のぬくもりなんて……一体いつぶりだっただろう。

 心から安心できる手だった。


「あ、あの」


 何か言わなければ。そう思えば思うほどに、気持ちの整理がつかなくなっていく。

 どうにもならない。意識するのをやめ、自分の心に従って言葉を紡ぐ。


「私も……あなたのように強く……この世界を救えるくらい……強く、なれますか?」


「なれるさ。女神なんだろ。まだまだ強くなれる。なんなら俺が強くしてやるさ」


「ありがとう……ございます……」


 とっくに枯れたと思っていたのに、涙が溢れて止まらなかった。


「よしよし、大丈夫だ。大丈夫だからな。もう安心だ」


 この日、私が願ってやまなかった勇者が現れた。




 今思い出しても、衝撃的な出会いだった。

 きっと一生忘れないだろう。

 そんなことを考えながら、先生と一緒に焼きそばを焼く。


「手際いいな」


「前に一緒に作りましたよ」


「飯のメニューなんて、全部覚えてるわけじゃないさ」


「そうですか、では再びお見せしましょう。極上の焼きそばを!」


 自然と手に力が入る。こうして平和を謳歌できることも、あなたのおかげです。


「クラリスは多才ですね」


「ふふーん。わたしもちょっと慣れてきたわ!」


「やってみると楽しいものですわね」


「こういうのは全員で作ることに意味がある。よし、クラリス交代。俺が代わる」


「お願いします!」


「できたらみんなで食うぞー」


「はーい!!」


 出来る限り、あなたの力になりたい。

 あの日、私を救ってくれた……あの力強い背中に、暖かい手に報いるために。

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