第23話 先生との出会いカレン視点

 女神には加護というものがある。

 曲がりなりにも神なのだから当然といえば当然。

 でも、わたくしの加護は『手からふりかけが出せる』というもの。


「はあ……これでどうすればいいんですの?」


 女神に与えられた生活空間で、一人そんなことを呟いていた。

 同期の女神が新たな加護に目覚めていく中、わたくしはふりかけだけ。

 それならばと必死に鍛え、それなりに強くなったつもりでいた。

 そんな時に、友達の女神から言われた何気ない一言。


『カレンが強くなったって、戦うのは勇者じゃないの?』


 道を間違えたかもしれない。それは常に頭の片隅にありました。

 そんな悩みを吹き飛ばすような出会いがあったから、わたくしは女神でいられるのでしょう。


「ん、ここは……」


「ようこそいらっしゃいました。ここは女神の空間。あなたは世界を救う勇者に選ばれたのです」


 召喚された男性へ、女神っぽくご挨拶。ここまでは完璧でしたわ。

 初めてのお仕事。初めての勇者勧誘。初めて異世界を任されて、初めてだらけでしたが、案外うまくできたと自負しておりますわ。


「お、今回は普通だな」


「今回?」


「なんでもない。続けてくれ」


 初対面でこそ普通の男性だと思っておりました。

 だからこそ、わたくしの能力を与えても、世界を救える見込みはないのでは。

 そんなことを、失礼ながら考えておりました。


「望むなら、あなたにわたくしの力を与え、異世界を救う旅へとご招待いたしますわ」


「おう、頼むよ」


 即答されました。軽い。遠足に行く感覚でしたわ。


「加護ってのはなんだ?」


「あぁ……っと、それは……」


「それは?」


「……ふりかけ」


 結構頑張って絞り出しましたわ。言うのに勇気が要りますの。


「なに?」


「手から各種ふりかけが出せますわ!」


「…………はああぁぁ!?」


 当然驚かれますわ。わたくしでもいきなり言われたら、そういう反応でしょう。


「おまっ、ふりかけでどう戦うんだよ!?」


「こう、白米だけじゃ物足りないなっていうときに……」


「限定的だな!? 食卓で戦うのかよ!」


「こう……焼鮭とか、納豆とかよりふりかけだぜ! 的な」


「敵がおかずだ!?」


 結構ノリのよい方でしたわ。ちょっと好感度が上がりましてよ。


「いやいや魔物とか出ねえのか?」


「がっつり出ますわ!」


「どうしろってんだよ! お前戦闘中にふりかけ撒くのかよ。敵に餌やってどうなるってんだよ!」


「白米をくれる?」


「くれるかボケエ!!」


 正直に告白いたします。このやりとり、かなり楽しかったですわ。


「まあいいや、まだ持ってない能力だし。それでいいよ」


「……はい? 今なんとおっしゃいまして?」


「白米が物足りなかったし。なんかプラスアルファしないとなって思ってた」


 ふりかけは白米がすすみますもの。食卓では重要ですわね。


「よろしいのですか?」


「いいよ、その程度の能力でも救えそうな異世界なんだろ?」


「まあ難易度が凄く低い異世界ではありますわね」


「だろうな。でなきゃ別の女神が来るだろ。でなきゃお前自身の強さで選ばれてるか」


「わたくしの強さがわかりまして?」


「ああ、魔力もあるし、かなり鍛えてるだろ?」


 まだ加護も与えていないのに、なぜ魔力を見抜けるのか。

 わたくしには、そこまで考えが回りませんでしたわ。


「ええ、いざとなれば手を貸すこともできるようにと。ですが……」


「んじゃ一緒に行こうぜ」


「結局、世界を救うのは勇者の役目で……はい?」


「強いんだろ? なら一緒に世界救っちまおうぜ」


 あまりにもさらっと勧誘されましたわ。

 とっさに反応できませんでした。


「ですが……もしわたくしに何かあれば、次の勇者が……」


「んなもん俺が救ってやるから大丈夫だよ」


 物凄く軽かったのを鮮明に思い出せますわ。

 自信たっぷりというわけではなく、ごく普通におっしゃいました。


「心配すんなお前……ええっと……」


「カレンですわ。女神カレン」


「カレンも強いんだろ? それでも不安なら、俺が守ってやるって」


 人間に守ってやると言われたのは、生まれて初めてでしたわ。


「言うより見せたほうが早いな。異世界に行ったら、ちょっと俺と戦ってみないか? それで駄目っぽかったら俺だけ残せ」


 完全に舐められていると思いましたわ。

 女神は人間を凌駕するもの。小手調べ程度の感覚で戦おうなどと。

 まずそんな発想に至らないはず。


「いいでしょう。女神の力をお見せいたしますわ。死なないようにご注意くださいまし」


 ちょっとお灸をすえて差し上げるつもりでした。

 できるだけ広い平原へと召喚魔法で繋ぎ、二人で魔法陣に入りましたの。


「よっしゃ! やったぜ!」


「ふふっ、そんなにはしゃぐなんて。まだまだお若いですわね」


 子供のようにはしゃぐ彼に、自然と笑みが溢れる。


「ははは……面目ない。魔王より殴っても死ななそうだからつい……」


「はい? 今なんと……」


 そして草と岩以外には、大地と空しかない平原へ。


「おー空気がうまい」


「お気に召しまして?」


「ああ、いい感じ。暴れても良さそうだ」


 少し距離を取り、軽く構える。よし、大怪我だけはさせないようにしなければ。


「いい景色だな。これは守りがいがあるぜ」


 天高くそびえる岩山に腰掛け。しばし景色を堪能しているようでしたわ。

 暴れても大丈夫とか大げさな。そう考えていた矢先の出来事でした。


「おぉ……? 地震か?」


 大地が大きく揺れ。彼の腰掛ける岩山が動き出す。


「しまった!? ここは……」


 やってしまった。初仕事で舞い上がっていたのでしょう。

 一国のお城よりも大きな岩から、四本の足が生える。


「ギガタートル!?」


 驚異的な硬さの甲羅と、あまりにも巨大なその姿から、魔王軍四天王に次ぐ討伐難易度である魔物。


「なんだそりゃ? 必殺技か?」


「言っている場合ですか! 転移魔法を発動します。一度女神空間に帰りますわよ!」


 魔法の発動には時間がかかる。ギガタートルがこちらに気づき、襲ってくるまでに、彼を転送させなければ。


「おぉーでっかい亀か? なあこいつ敵か?」


 振り返り、敵を見上げて呑気そうなコメントをする。

 あまりの出来事に思考が追いついていないのでしょう。

 無理もない。人間が出くわすには覚悟と下準備が必要。


「そうですわ! なんでそんなにのんびりしていらっしゃいますの!!」


 今は一刻も早く安全な場所へ。

 気がはやり、大声を出しすぎて気付かれたのでしょう。

 巨大な頭が現れ、こちらを睨みつけていました。

 頭だけでも相当だ。何十メートルあるのでしょう。

 動きは遅いけれど、それでもその一歩は、人間の百歩に相当するのではないか。


「早くこちらに! 逃げますわよ! 安全な場所まで……」


「邪魔」


 なにかがぶつかる音がして、ギガタートルの身体が消えました。


「………………はいぃ?」


 なんでしょう。軽く右手を振っていた気が致します。

 それは武術でも魔法でもなく、乱雑に虫を払うような動作で。


「よし、じゃあ始めるぞ」


 何事もなかったかのようにストレッチを始めていらっしゃる。

 こちらは事態が飲み込めず、移動魔法も切ってしまい、座り込んでいるというのに。


「あの、ギガタートルは……」


「なんだまだいるのか?」


「いえ、今の敵は……」


「大丈夫だよ。ちゃんと殺した」


 はっきり言われましたの。現実を受け入れるというのは、案外難しいのですわね。

 背後の大地と雲がごっそり消えているのも、受け入れる時間がかかった原因ですわ。


「あんなのに邪魔されちゃあ、カレンも本気が出せないだろ?」


「……本気?」


「だってカレンは女神だろ? ならこんな雑魚より強い。張り切っていくぜ!」


 物凄くキラキラした目でおっしゃいました。

 目の前に素敵なおもちゃがある。そんな子供の目でしたわ。


「きょ……今日は日が悪いですわ」


「えぇ……なんだよ。体調悪いなら回復するぜ?」


 いつの間にか、わたくしの頭に乗せられた右手。

 そこから暖かくて安心する光が注がれる。


「ほら、これで回復したろ?」


「回復……魔法?」


「おう。こんくらいできるぜ」


 こんくらい。明らかに女神以上の魔力を、単純な回復魔法に乗せている。

 これでこんくらい? 疲れも精神的なストレスも肩こりも消えましたわよ。


「大丈夫か? もしかしてカレン、異世界初めてか?」


「はい……わたくしはふりかけを出すだけ。だから……女神として一人前になれない。よほどの人手不足でなければ……勇者の案内なんて……」


「そっか、結構強そうなのにな」


「加護が……加護が与えられなければ無意味ですわ」


 胸の、心の疲れまで癒やしてもらいたかったのか、心情を吐露していました。


「わたくしは女神……でも落ちこぼれの駄女神……」


「なら強くなればいい」


「なりましたわ! だけど……だけど……加護が……」


 勇者に加護を与えられない落ちこぼれ。心に染み付いた認識。

 女神としての自分は無価値なのではないか。

 そう考えてしまっても無理はない。


「これから見つけりゃいいさ。お前には隠された力がある」


「どうして? どうしてそう言い切れますの?」


 藁にもすがる思いでしたわ。ここで答えを得なければ、わたくしは前に進めない。

 そんな気がして、ただじっと答えを待っておりました。


「召喚魔法ができただろ。そして魔力も高い。必死で俺を助けようとして、無理して高速詠唱まで使って。そんときだよ、なんかお前の中に特殊な魔力を感じた」


「特殊?」


「加護の力だ。ふりかけが出せるようになった日のこと、覚えてるか?」


「はい。お友達の女神が……ご飯を残して怒られて、なんとかしてあげたくて。ご飯を残さず食べられるようになりたいって、そのお友達が願っているように感じて……」


 わたくしの唯一の特技が生まれた日だ。思い出せないはずがない。

 ずっと自慢の日で、心の中に沈んでいた日でもある。


「ん、いけるっぽいな。つまり、もとからふりかけじゃないんだよ。友達の願いを叶えただけ」


「願いを……?」


「ちょっとごめんな。俺は帰りたい。女神空間に帰りたいぞーっと」


 手のひらから伝わる魔力が、全身を暖かく包み込んだ。

 体の芯まで行き渡る力は、わたくしの心に、魂に訴えかけるようで。


「よし、俺に加護を与えてみな」


「……えっ?」


「いいから。今感覚だけでやっちまえ。俺は死なないから。さっきの見たろ?」


 とても安心する笑顔。言われるがまま、自分でもよくわかっていない加護を与えていました。


「んじゃ戻るぜ」


 言った次の瞬間。わたくしは女神空間に戻っていました。


「これは……?」


「瞬間移動。行ったことのある安全地帯までテレポートかね。まあそんなあれさ」


「これを、わたくしの加護で?」


「ああ、ちゃんとできただろ。自分を鍛えることを怠らなかったから、誰かの願いを叶えてあげたいって気持ちを忘れなかったから、その力は残ってたんだ。ずっと大きくなりながらな」


 無駄じゃなかった……どこかで挫けていれば、きっとこの力はなかった。

 不覚にも涙が溢れて……止まりませんでしたわ。


「カレンはまだまだ強くなれる。誰かの願いを叶えられる。どうだ、俺と一緒に冒険しないか?」


「一緒に……冒険……」


 静かに、泣く子をあやすように語りかけてくる。

 涙をハンカチで拭ってもらいながら、その言葉に耳を傾けた。


「今はまだ、俺の補助付きじゃないと駄目かもしれない。けれど、可能性は無限だ」


「もっと、強くなれますの?」


「今の気持ちを忘れなければな」


 強くなれる。この方と一緒なら、わたくしは強くなれる。

 妙な確信がありました。この方が言うのなら、きっといい結果に繋がると。


「願いの女神カレン」


「はい」


「必死でやる必要があるだろう。それでも、俺と一緒に強くなるか?」


 優しく頭を撫でて、まっすぐこちらを見つめながら答えを待っている。

 今度はわたくしが答える側に回っていました。

 なんだか優しくて暖かい人。いつの間にか、そんな印象を抱き始めていましたわ。


「……やります。それが険しい道のりでも、立派な女神になってみせますわ!」


「そっか。よく言った!」


 どこまでも不安を消してくれる笑顔。わたくしを安心させてくれる笑顔。

 そこでようやく気が付きましたの。

 この方は、わたくしに出会う前から、ずっと前から……勇者なんだと。


「よし、そんじゃよろしくな、カレン!」


「はい、先生!!」


 これがわたくしと先生の出会い。

 わたくしはもう、ふりかけ駄女神じゃなくなったけれど。

 もう少しだけ、先生の生徒でいさせてくださいまし。

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