先生との出会いカレン視点
女神には加護というものがある。
曲がりなりにも神なのだから当然といえば当然。
でも、わたくしの加護は『手からふりかけが出せる』というもの。
「はあ……これでどうすればいいんですの?」
女神に与えられた生活空間で、一人そんなことを呟いていた。
同期の女神が新たな加護に目覚めていく中、わたくしはふりかけだけ。
それならばと必死に鍛え、それなりに強くなったつもりでいた。
そんな時に、友達の女神から言われた何気ない一言。
『カレンが強くなったって、戦うのは勇者じゃないの?』
道を間違えたかもしれない。それは常に頭の片隅にありました。
そんな悩みを吹き飛ばすような出会いがあったから、わたくしは女神でいられるのでしょう。
「ん、ここは……」
「ようこそいらっしゃいました。ここは女神の空間。あなたは世界を救う勇者に選ばれたのです」
召喚された男性へ、女神っぽくご挨拶。ここまでは完璧でしたわ。
初めてのお仕事。初めての勇者勧誘。初めて異世界を任されて、初めてだらけでしたが、案外うまくできたと自負しておりますわ。
「お、今回は普通だな」
「今回?」
「なんでもない。続けてくれ」
初対面でこそ普通の男性だと思っておりました。
だからこそ、わたくしの能力を与えても、世界を救える見込みはないのでは。
そんなことを、失礼ながら考えておりました。
「望むなら、あなたにわたくしの力を与え、異世界を救う旅へとご招待いたしますわ」
「おう、頼むよ」
即答されました。軽い。遠足に行く感覚でしたわ。
「加護ってのはなんだ?」
「あぁ……っと、それは……」
「それは?」
「……ふりかけ」
結構頑張って絞り出しましたわ。言うのに勇気が要りますの。
「なに?」
「手から各種ふりかけが出せますわ!」
「…………はああぁぁ!?」
当然驚かれますわ。わたくしでもいきなり言われたら、そういう反応でしょう。
「おまっ、ふりかけでどう戦うんだよ!?」
「こう、白米だけじゃ物足りないなっていうときに……」
「限定的だな!? 食卓で戦うのかよ!」
「こう……焼鮭とか、納豆とかよりふりかけだぜ! 的な」
「敵がおかずだ!?」
結構ノリのよい方でしたわ。ちょっと好感度が上がりましてよ。
「いやいや魔物とか出ねえのか?」
「がっつり出ますわ!」
「どうしろってんだよ! お前戦闘中にふりかけ撒くのかよ。敵に餌やってどうなるってんだよ!」
「白米をくれる?」
「くれるかボケエ!!」
正直に告白いたします。このやりとり、かなり楽しかったですわ。
「まあいいや、まだ持ってない能力だし。それでいいよ」
「……はい? 今なんとおっしゃいまして?」
「白米が物足りなかったし。なんかプラスアルファしないとなって思ってた」
ふりかけは白米がすすみますもの。食卓では重要ですわね。
「よろしいのですか?」
「いいよ、その程度の能力でも救えそうな異世界なんだろ?」
「まあ難易度が凄く低い異世界ではありますわね」
「だろうな。でなきゃ別の女神が来るだろ。でなきゃお前自身の強さで選ばれてるか」
「わたくしの強さがわかりまして?」
「ああ、魔力もあるし、かなり鍛えてるだろ?」
まだ加護も与えていないのに、なぜ魔力を見抜けるのか。
わたくしには、そこまで考えが回りませんでしたわ。
「ええ、いざとなれば手を貸すこともできるようにと。ですが……」
「んじゃ一緒に行こうぜ」
「結局、世界を救うのは勇者の役目で……はい?」
「強いんだろ? なら一緒に世界救っちまおうぜ」
あまりにもさらっと勧誘されましたわ。
とっさに反応できませんでした。
「ですが……もしわたくしに何かあれば、次の勇者が……」
「んなもん俺が救ってやるから大丈夫だよ」
物凄く軽かったのを鮮明に思い出せますわ。
自信たっぷりというわけではなく、ごく普通におっしゃいました。
「心配すんなお前……ええっと……」
「カレンですわ。女神カレン」
「カレンも強いんだろ? それでも不安なら、俺が守ってやるって」
人間に守ってやると言われたのは、生まれて初めてでしたわ。
「言うより見せたほうが早いな。異世界に行ったら、ちょっと俺と戦ってみないか? それで駄目っぽかったら俺だけ残せ」
完全に舐められていると思いましたわ。
女神は人間を凌駕するもの。小手調べ程度の感覚で戦おうなどと。
まずそんな発想に至らないはず。
「いいでしょう。女神の力をお見せいたしますわ。死なないようにご注意くださいまし」
ちょっとお灸をすえて差し上げるつもりでした。
できるだけ広い平原へと召喚魔法で繋ぎ、二人で魔法陣に入りましたの。
「よっしゃ! やったぜ!」
「ふふっ、そんなにはしゃぐなんて。まだまだお若いですわね」
子供のようにはしゃぐ彼に、自然と笑みが溢れる。
「ははは……面目ない。魔王より殴っても死ななそうだからつい……」
「はい? 今なんと……」
そして草と岩以外には、大地と空しかない平原へ。
「おー空気がうまい」
「お気に召しまして?」
「ああ、いい感じ。暴れても良さそうだ」
少し距離を取り、軽く構える。よし、大怪我だけはさせないようにしなければ。
「いい景色だな。これは守りがいがあるぜ」
天高くそびえる岩山に腰掛け。しばし景色を堪能しているようでしたわ。
暴れても大丈夫とか大げさな。そう考えていた矢先の出来事でした。
「おぉ……? 地震か?」
大地が大きく揺れ。彼の腰掛ける岩山が動き出す。
「しまった!? ここは……」
やってしまった。初仕事で舞い上がっていたのでしょう。
一国のお城よりも大きな岩から、四本の足が生える。
「ギガタートル!?」
驚異的な硬さの甲羅と、あまりにも巨大なその姿から、魔王軍四天王に次ぐ討伐難易度である魔物。
「なんだそりゃ? 必殺技か?」
「言っている場合ですか! 転移魔法を発動します。一度女神空間に帰りますわよ!」
魔法の発動には時間がかかる。ギガタートルがこちらに気づき、襲ってくるまでに、彼を転送させなければ。
「おぉーでっかい亀か? なあこいつ敵か?」
振り返り、敵を見上げて呑気そうなコメントをする。
あまりの出来事に思考が追いついていないのでしょう。
無理もない。人間が出くわすには覚悟と下準備が必要。
「そうですわ! なんでそんなにのんびりしていらっしゃいますの!!」
今は一刻も早く安全な場所へ。
気がはやり、大声を出しすぎて気付かれたのでしょう。
巨大な頭が現れ、こちらを睨みつけていました。
頭だけでも相当だ。何十メートルあるのでしょう。
動きは遅いけれど、それでもその一歩は、人間の百歩に相当するのではないか。
「早くこちらに! 逃げますわよ! 安全な場所まで……」
「邪魔」
なにかがぶつかる音がして、ギガタートルの身体が消えました。
「………………はいぃ?」
なんでしょう。軽く右手を振っていた気が致します。
それは武術でも魔法でもなく、乱雑に虫を払うような動作で。
「よし、じゃあ始めるぞ」
何事もなかったかのようにストレッチを始めていらっしゃる。
こちらは事態が飲み込めず、移動魔法も切ってしまい、座り込んでいるというのに。
「あの、ギガタートルは……」
「なんだまだいるのか?」
「いえ、今の敵は……」
「大丈夫だよ。ちゃんと殺した」
はっきり言われましたの。現実を受け入れるというのは、案外難しいのですわね。
背後の雲がごっそり消えているのも、受け入れる時間がかかった原因ですわ。
「あんなのに邪魔されちゃあ、カレンも本気が出せないだろ?」
「……本気?」
「だってカレンは女神だろ? ならこんな雑魚より強い。張り切っていくぜ!」
物凄くキラキラした目でおっしゃいました。
目の前に素敵なおもちゃがある。そんな子供の目でしたわ。
「きょ……今日は日が悪いですわ」
「えぇ……なんだよ。体調悪いなら回復するぜ?」
いつの間にか、わたくしの頭に乗せられた右手。
そこから暖かくて安心する光が注がれる。
「ほら、これで回復したろ?」
「回復……魔法?」
「おう。こんくらいできるぜ」
こんくらい。明らかに女神以上の魔力を、単純な回復魔法に乗せている。
これでこんくらい? 疲れも精神的なストレスも肩こりも消えましたわよ。
「大丈夫か? もしかしてカレン、異世界初めてか?」
「はい……わたくしはふりかけを出すだけ。だから……女神として一人前になれない。よほどの人手不足でなければ……勇者の案内なんて……」
「そっか、結構強そうなのにな」
「加護が……加護が与えられなければ無意味ですわ」
胸の、心の疲れまで癒やしてもらいたかったのか、心情を吐露していました。
「わたくしは女神……でも落ちこぼれの駄女神……」
「なら強くなればいい」
「なりましたわ! だけど……だけど……加護が……」
勇者に加護を与えられない落ちこぼれ。心に染み付いた認識。
女神としての自分は無価値なのではないか。
そう考えてしまっても無理はない。
「これから見つけりゃいいさ。お前には隠された力がある」
「どうして? どうしてそう言い切れますの?」
藁にもすがる思いでしたわ。ここで答えを得なければ、わたくしは前に進めない。
そんな気がして、ただじっと答えを待っておりました。
「召喚魔法ができただろ。そして魔力も高い。必死で俺を助けようとして、無理して高速詠唱まで使って。そんときだよ、なんかお前の中に特殊な魔力を感じた」
「特殊?」
「加護の力だ。ふりかけが出せるようになった日のこと、覚えてるか?」
「はい。お友達の女神が……ご飯を残して怒られて、なんとかしてあげたくて。ご飯を残さず食べられるようになりたいって、そのお友達が願っているように感じて……」
わたくしの唯一の特技が生まれた日だ。思い出せないはずがない。
ずっと自慢の日で、心の中に沈んでいた日でもある。
「ん、いけるっぽいな。つまり、もとからふりかけじゃないんだよ。友達の願いを叶えただけ」
「願いを……?」
「ちょっとごめんな。俺は帰りたい。女神空間に帰りたいぞーっと」
手のひらから伝わる魔力が、全身を暖かく包み込んだ。
体の芯まで行き渡る力は、わたくしの心に、魂に訴えかけるようで。
「よし、俺に加護を与えてみな」
「……えっ?」
「いいから。今感覚だけでやっちまえ。俺は死なないから。さっきの見たろ?」
とても安心する笑顔。言われるがまま、自分でもよくわかっていない加護を与えていました。
「んじゃ戻るぜ」
言った次の瞬間。わたくしは女神空間に戻っていました。
「これは……?」
「瞬間移動。行ったことのある安全地帯までテレポートかね。まあそんなあれさ」
「これを、わたくしの加護で?」
「ああ、ちゃんとできただろ。自分を鍛えることを怠らなかったから、誰かの願いを叶えてあげたいって気持ちを忘れなかったから、その力は残ってたんだ。ずっと大きくなりながらな」
無駄じゃなかった……どこかで挫けていれば、きっとこの力はなかった。
不覚にも涙が溢れて……止まりませんでしたわ。
「カレンはまだまだ強くなれる。誰かの願いを叶えられる。どうだ、俺と一緒に冒険しないか?」
「一緒に……冒険……」
静かに、泣く子をあやすように語りかけてくる。
涙をハンカチで拭ってもらいながら、その言葉に耳を傾けた。
「今はまだ、俺の補助付きじゃないと駄目かもしれない。けれど、可能性は無限だ」
「もっと、強くなれますの?」
「今の気持ちを忘れなければな」
強くなれる。この方と一緒なら、わたくしは強くなれる。
妙な確信がありました。この方が言うのなら、きっといい結果に繋がると。
「願いの女神カレン」
「はい」
「必死でやる必要があるだろう。それでも、俺と一緒に強くなるか?」
優しく頭を撫でて、まっすぐこちらを見つめながら答えを待っている。
今度はわたくしが答える側に回っていました。
なんだか優しくて暖かい人。いつの間にか、そんな印象を抱き始めていましたわ。
「……やります。それが険しい道のりでも、立派な女神になってみせますわ!」
「そっか。よく言った!」
どこまでも不安を消してくれる笑顔。わたくしを安心させてくれる笑顔。
そこでようやく気が付きましたの。
この方は、わたくしに出会う前から、ずっと前から……勇者なんだと。
「よし、そんじゃよろしくな、カレン!」
「はい、先生!!」
これがわたくしと先生の出会い。
わたくしはもう、ふりかけ駄女神じゃなくなったけれど。
もう少しだけ、先生の生徒でいさせてくださいまし。
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