のうえん

阿部登龍

のうえん

「われわれはまた料理が食べたいのです」

「なので、かばん。おまえは料理の材料を取りに行くのです」

 博士と助手はやってくるなりそう言った。

「うぎゃ――!」

 その足元にはサーバルが蹴り転がされている。

 かばんはすこし考えてから答える。

「材料……ジャパリまんの材料ですよね。それって、どこにあるんでしょうか?」

「ジャパリまんの材料は『のうえん』で栽培されているのです」

 博士が頷き、助手が続ける。

「地図を出すのです。場所を教えてやります」

「ひどいよー!」

 起き上がってきたサーバルが叫んだ。

「ハカセたちが自分で行けばいいじゃない!」

 う、と博士が言葉に詰まる。

「もちろん、料理の材料を取ってくるなど、我々にとっては、チョチョイのチョイなのです」

「もちろんチョチョイのチョイですが、われわれが行くと『のうえん』のラッキービーストたちが騒ぎ出すのです。やつらはわれわれを『のうえん』に近づけないのです」

「ボス、そうなの?」

「そうなんですか、ラッキーさん?」

 かばんが、腕に巻いたベルトに向かって問いかける。

「フレンズガ近寄ラナイヨウニ、ジャパリ農園ハボクタチガ管理シテイルヨ」

「その点、ヒトであるおまえなら大丈夫なのです」

「わかったらさっさと行くのですよ」

「われわれは、美味しい料理を期待しているのです」


 森を抜けると、ひらけた土地が広がっていた。何十本もの畝が遠くまで伸び、その上に鮮やかに葉が繁っている。すこし傾いた立て看板には、うっすらと『ジャパリ農園』の字が読めた。かばんとサーバルは、地図を頼りに博士に教えられた場所までやってきていた。

「かばんちゃん。ボスがいっぱいいるよ!」

「本当だね」

 農園のあちこちでは、ラッキービーストの青い影が動いていた。回転鋸で草を刈っているものもいれば、散水器を使って水を撒いているものもいる。

「ラッキーさん。ここでは何をしているんでしょうか?」

「コノ畑デハ、ジャガイモヲ育テテイルヨ」

「ジャガイモ!」

 初めて耳にする言葉に、サーバルの大きな耳がピクピク動く。

「ジャガイモというのが、ジャパリまんの材料なんでしょうか?」

「ジャガイモハ、ナス科ナス属ノ多年草植物デ、馬鈴薯ト呼バレルコトモアルネ。地下茎ニヨッテエルンダ。ジャパリマンの原料ニモナッテイルヨ」

「これがジャパリまんの中味なんだね!」

 すぐさま駆け寄ったサーバルが、畝から伸びたジャガイモの葉に手をのばした。彼女が丸めた手の先でつつくと、太い紡錘形の葉がわさわさと揺れる。

「ア……」

 かばんの腕でボスが声を出した。先ほどまで畝の合間で作業をしていたラッキービーストたちが、一斉にこちらに向かっていた。耳の部分がオレンジに光っている。サーバルが農園に入ったせいだろう。

「ア……ア……」

「ラッキーさん!」

 かばんが腕のベルトに向かって叫ぶ。

「……カバンヲ、暫定パークガイドトシテ認メマス」

 ボスがそう告げ、ベルトのパネルが点滅すると、ラッキービーストたちが動きを止めた。耳は通常の色に戻り、彼らはふたたび作業に戻っていった。ボスが二人のことを告げたのだ。

「ありがとうございます。ラッキーさん」

「うみゃー! 見てみて、かばんちゃん、ジャガイモが取れたよ!」

 ジャガイモの茎を握ったサーバルが手を振ると、葉がばさばさと音を立てた。爪を使って茎を切り取ったのだ。かばんはサーバルに近づくと、彼女が手に持ったを見る。

「うーん。これって、本当にジャガイモなのかな……?」

「それってどういうこと?」

「なんだか、前に料理をしたときの材料とは違う気がして……」

「ジャガイモハ土ノ下ノ地下茎ガ、食用ニサレテイルンダ。葉ヤ茎ハ食ベナイヨ」

「サーバルちゃん」

 サーバルがかばんの視線から目をそらす。

「た……食べようとしてないよ!」


 両手でジャガイモの茎を握ったサーバルが、真剣な面持ちをする。

 かばんはその隣で彼女を見守る。

「今度こそ……うみゃ――!」

 力を入れて引き抜く。畝の中から、ごろごろとした塊――たくさんのジャガイモが姿を現した。掲げられたジャガイモの根から、土がこぼれていく。舞い立つ塵が光に渦巻き、しめった土がぷんと匂う。

「よかったね、サーバルちゃん」

「うん。これでわたしも料理の役に立てるね!」

 かばんの言葉に、サーバルが笑顔を返す。

 よーし、と腰を落として両手を構える。

「うみゃみゃみゃみゃー!」

 叫びながら、畝から次々とジャガイモを引っこ抜いていくサーバル。かばんはそれを追いかけて拾っていった。土の中に残ったジャガイモも、忘れずに採り上げていく。

 そうやって料理に十分な数が集まると、ボスに従って別の畑に行き、「ニンジン」や「タマネギ」も集めた。それらが、博士たちから指定された料理の材料だったからだ。

 いくつかの畑を回ったあと、ふたたび最初のジャガイモ畑に戻ってきた。

「たくさん集まったね」

 大きな袋をかついだサーバルが、隣を歩くかばんに話しかける。

「これだけあれば博士たちもきっと喜ぶよ!」

「そうだね」

 サーバルの笑顔につられるようにかばんも笑顔をこぼす。

 それからふと畑をふり返り、歩みを止めた。

「どうしたのかばんちゃん」

「ええとね、ちょっと思いついたことがあって」

 腕のベルトに向かって話しかける。

「あの、ラッキーさん。さっきたしか……」


 やってみたいことがあるとかばんが言い出したのは、ジャガイモを植えることだった。かばんが相談すると、すこし点滅してから、ボスは畑の隅になら植えていいと告げた。

「土の中に戻したら、また新しいジャガイモが出てくるんだね! やってみたいー!」

「そうだね。いっしょにやってみよう」

 かばんが畑の土を掘っていく。

「植エルトキハ、半分ニ切ッテカラ植エルンダ」

 ボスの説明に従って、サーバルがジャガイモを半分に切った。

 いつの間にかラッキービーストが一体やってきていた。それが抱えていた器から灰を取り、切ったジャガイモの断面にまぶす。ボスによれば、こうすることで土の中でジャガイモが腐らないのだという。

 それから、掘った穴に、切り口を下にして二つ並べた。かばんとサーバルが交互に、ひと掬いずつ土をかけていくと、やがてジャガイモは見えなくなった。

 埋めた場所は、見下ろすと、他とすこしだけ色が違った。

「これでまた、新しいジャガイモが出来るんだね」

「うん。大きくなったら、フレンズさんたちとみんなで、また料理を作って食べようね」

 サーバルはかばんをちらりと見て、それから頷いた。

「……うん!」

 いつかまたここで。

 美味しいものをたくさん食べよう。

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のうえん 阿部登龍 @wolful

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