かばんの野菜作りと旅立ちの覚悟

あろめ

第1話

 土ってこんな感じなんだ、とかばんは思った。

 今まで踏みしめるだけだった大地を手で掘り起こす。

 そうして出来た穴に、持っていた苗を一つ入れ、土をかけて根を埋める。

 地面からピンと伸びた緑色の茎が、風に吹かれてゆらゆらと揺れた。

 これが育ち、やがては食べ物になる。 

 それはとても不思議で楽しいことだった。

「ねぇはかせー。ここのはたけ?でつくったものっていつたべられるの?」

 サーバルが言った。

 かばんとは少し離れたところの木陰で腹を地面につけ、ハァハァと呼吸をしている。両手は土で汚れていた。そのまま顔や体をぬぐったので、至る所が汚れている。

「だいたい2か月で収獲できるのです。」

 答えたのはワシミミズクだった。涼しい顔でサーバルの横に立っている。

「あとこれを飲むのですよ。中に水が入っているのです」

 そう言って、手に持ったヤカンをサーバルに渡す。

「へー!ありがとう!」

 サーバルは体を起こし両手で受け取った。

 そのまま傾け、注ぎ口から出る水を顔に受けながらがぶがぶと飲む。

「ぷはぁー!おーいしー!」

「かばんの分も残しておくのですよ」

「わかってるよ!」

 濡れた顔を手でぬぐい、ぺろぺろと舐める。

 博士はその横で、黙々と作業を続けるかばんを見つめていた。

「かばん」

 博士が声をかける。

「その一列が終わったら、休憩にするのです」

 かばんは顔をあげ、ゆっくりと頷いた。


 数時間前の早朝のことだった。

 眠い目をこするかばんとサーバルの前に博士とワシミミズクがいた。

 いつもの料理の頼みかなとかばんは思ったが今日は少し様子が違っている。

「かばんがよく使うので不足しそうな野菜があるのです」

「もともとその野菜はそんなに生産量が多くないのです。なのにかばんはよく使うのです」

 よく使わせているのは明らかに博士たちだったのだが、寝起きのかばんとサーバルは指摘し損ねた。

 短期間であまりにも野菜を持ち出し過ぎたため、ついにラッキービーストからクレームが来たという。

「だから、これから畑で野菜を作るのです」

「料理が食べられなくなると困ります」

「代わりに、おまえの役に立ちそうな話をまた色々と教えてやるですよ」

「ぎぶあんどていくです」

 こうしてかばんとサーバルは駆り出されることになった。


 作業に一区切りつけ、額の汗をぬぐいながら戻ってくるかばん。

 渡されたヤカンに口をつけ、ごくりごくりと飲んだ。

 口の端からこぼれる水がつつっとあごを伝い、ポタポタと垂れて地面を濡らす。

「はー……おいしい」

「でしょー!うごいたあとのみずってすっごいよね!」

「うん。そうだね」

 かばんは満足そうに吐息を一つ漏らし、振り返って畑全体を見渡した。

 耕された面積いっぱいに苗が植えられている。

 達成感が胸に満ち、疲労さえもどこか心地よかった。

「かばん。畑での仕事はどうですか」

 いつの間にか横に立っていた博士が、じゃぱりまんをかばんに渡しながら言う。

「ありがとうございます。えっと、そうですね。楽しいです。ちょっと疲れますけど」

「それは良かったのです。我々は細かい作業は不得意なので」

 畑は図書館の裏庭に新しく作っていた。

 博士とワシミミズクとサーバルが大雑把に耕した後に、かばんが苗を一本一本植えていた。

「我々は頭脳労働担当なので」

 ワシミミズクが付け加えた。地面を吹き飛ばす勢いでひっくり返した後に言う言葉ではなかったが、つっこむ者はいなかった。その一言を口にした後にすっと地面に座ると、じゃぱりまんにかぶりつく。

 かばんもそれにならって座ると、サーバルと博士も続いた。

そうして4人で畑を眺めながら、じゃぱりまんを食べ始めた。

静かであたたかな時間が流れる。不思議と誰もしゃべらなかった。

(こうして過ごせるのもあと少しだ)

 自分で植えた苗を見ながら、ふとかばんは考えた。

 この野菜は2か月で収獲できるという。でもその頃には、ぼくはいない。

 みんなに直してもらったジャパリバスの船に乗り、もうすぐヒトを探す旅に出る。

 これまでは朝起きるとサーバルちゃんがいた。夜寝るときも一緒だった。たくさんのフレンズと楽しい思い出を作ってきた。ずっと傍にサーバルちゃんや他のみんながいた。

 1人でじゃぱりまんを食べるときに、ぼくは何を考えるのだろうか。

 ふいに寂しさが沸き上がる。

 いつの間にか俯き、じゃぱりまんを食べる手も止まっていた。

「かばんちゃん!」

 そのとき急にサーバルが話しかけてきた。

「みんなでおしごとしたあとのじゃぱりまんって、すっごくおいしーね!」

 かばんはハッとして顔を上げる。

 目の前にはニコニコと笑うサーバルがいた。

 それだけで、感じていた不安は不思議と消えてなくなっていった。

 かばんは気を取り直してサーバルに笑いかける。

「おいしいねサーバルちゃん」

「うん!」

 そのやり取りを横目で聞き流しながら、博士は畑をまっすぐ見つめていた。


4

 月明かりに照らされて4人は空を飛んでいた。

 サーバルを抱えたワシミミズクの後ろに、かばんを抱えた博士が続く。

 サーバルは先ほどまでワシミミズクにあれこれと何か話しかけていたが、あまりに動くので首根っこを掴まれて大人しくさせられていた。

 それを見て、かばんはくすくすと笑う。

「かばん。ヒトを探しに行きたいですか?」

「え?」

 何かを考えるようにずっと黙っていた博士が、唐突に口を開いた。

 それは不思議な質問だった。

 かばんがヒトを探しに島の外に出るのは周知の事で、そのための準備を他ならぬ博士もさんざん手伝っている。

「かばん。今日お前が植えた野菜には毒があるのです。ヒトやフレンズであれば食べても問題ありません。でも動物が食べたら死ぬこともあります。おまえが良く知っているものの中にも、取り扱いを誤ると危ないものもあるのです」

 返事を待たず、驚くかばんにも構わず、博士はまくしたてる。

 口調こそいつも通り淡々と落ち着いていたが、そこにはどこか必死さがあった。

「おまえがヒトを探しに行くというのなら、危険な目にあうこともあるのです。おまえに多少機転が利くところがあるのは認めますが、危険を払うにはまだまだ知らないことや足りないことがたくさんあるのです。命を落とす可能性も、ないとはいえないのです。それでも行くですか。かばん」

「それは……」

 かばんは言い淀んだ。

 その顔には不安がある。葛藤もある。何よりみんなと離れてしまう寂しさもある。

 しかし、揺れる瞳は確かな決意の色を宿していく。

 その一部始終を博士はじっと見つめていた。

 かばんのつぎの言葉は、もうわかっていた。

「でも、ぼくはそれでもヒトを探しに行きたい。そう思っています。危ない目にあうかもしれませんが、それでも……!」

 そうです。わかっていればいいのです。

 かばんも。わたしも。

 博士はふっと小さく息を吐いた。

「そうならないよう、色々教えてやるのです。だから代わりにキリキリ料理を作るのですよ」

 笑みを浮かべ、博士は冗談めかして言った。

「そしてお前がこの先どこに行っても。ちゃんとまた、料理を作りに帰ってくるのですよ」

「……はい」

 眼下に手をふるサーバルと、じっとこちらを見るワシミミズクが見えた。

 先のことはわからない。

 でも今は彼女らのもとへ、博士と一緒にかばんは降りていくのだった。

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かばんの野菜作りと旅立ちの覚悟 あろめ @lemonsquash

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