第8話「新たな依頼」
オルタナに着いたアリスとジルは、先にアリスの用事を済ませるため一旦別れることになった。
オルタナは商業が盛んな街だ。今日も商人たちがこぞって商売に明け暮れている。ある者は食料を求めて、また、ある者は武器や防具を求めてと言ったように、とにかくたくさんの人々で賑わっていた。
実際人口的には、そこまで多くないものの地方随一の商業の街として栄えているため、地方各地からの来訪者は少なくないのだ。さらに今日は、滅多に見られない王国騎士団の凱旋パレードが見れるとあって、一段と賑わいを見せていた。
アリスの向かう先、ギルド本部はオルタナ中央広場から東西南北、四本に分かれているメイン通りの中の北通りにある。南口から入って来たため、まっすぐ直進すれば迷うことなく着くことが可能だ。
そのはずなのだが、パレードの影響で人の波が物凄く、なかなか前に進むことができないでいた。
人混みに慣れないアリスは敢えて、小路を利用することにした。オルタナの小路は基本どこにでも繋がっているため、遠回りになるが利用しない手はない。
アリスがたまたま入った小路は、飲食店が多く並んでる場所だった。昼時でもないのに思いの外賑わいを見せている。
だが、メイン通りと比べると全然空いているため歩きやすかった。
「あぁ、しんどかった」
アリスは完全に人酔いしていた。なんだか顔色がよろしくない。
途中出店でプラスチックカップに入った苺オーレを購入し、少し歩いた先にあった公園のベンチで小休憩を取ることにした。
ベンチに座ると、その瞬間ぐったりと背もたれにもたれかかる。
(なんか、なんにもしてないのに疲れた……)
せっかく買った苺オーレに手も付けないで、ぼーっと空を仰ぎみる。ゆっくりと流れる雲がどこか心地よい。
段々と暖かな陽気に当てられて眠気に誘われる。
少しくらいなら……その気持ちで、重くなりつつあった瞼を閉じた。
「おい小娘、いくらなんでもここで寝るな」
瞬間、背後から低くて太い男性の声が聞こえる。アリスはジャーキングを起こし、身体をビクッとさせた。
「ディーノ……」
背後に立っている強面の男性ディーノ・カローネは、アリスの所属する傭兵ギルド〈ヴァナルガンド〉の団長だ。ギルド名はディーノの異名『戦場の凶狼』が元になっているという説もある。
アリスは二年所属しているがディーノが実際に仕事をしているところを見たことがなかった。それもそのはず、ディーノは仕事を全て単独でこなす。受ける依頼は全てが汚れ仕事であるらしく、敢えて団員を連れて行かないのだ。
黒髪のオールバックに顎全体を覆う髭、そして左目に刻まれた傷が特徴的で、初めてディーノを見る人は必ずその顔にビビってしまう。いつも通りギルド長の証である盾と剣をバックにした狼のエンブレムが刻まれた黒のコートを着ていた。
「仕事だ。行けるか?」
そう言って頭上から渡された紙は新しい依頼書だった。アリスは少し乱暴気味にそれを受け取ると目を通していく。
依頼主はなんと王国騎士団だった。今日行われるパレードで決闘イベントをやるらしいのだが、その決闘の相手を請け負って欲しいとの内容だった。
「ここ、条件にギルドで一番強い人って書いてるんだけど、これどう考えてもディーノの仕事じゃないの?」
依頼書の下の方の備考欄を指差して訴える。とにかく今日は仕事の気分ではなかったのだ。
「おれにはもう別の仕事が入っている。それにお前にとってそいつの報酬額は美味しいと思うんだがな」
アリスはもう一度依頼書に目を向けると、急にその目が驚愕に見開く。報酬欄にはアリスの平均月収を軽く超える十万クレカの文字。心が一気に揺らぐ。
「お、おぉ!、思ってたより丸の数が一個多い!」
依頼書を持つ手が地味に震えてる。
何回も報酬額の丸の数を確認してはテンションを上げている。
「かませ犬するだけでこれだけ貰えるならやってもいいかな……?」
アリスは独り言のつもりでボソッと呟いた。だが、ディーノはそれを承諾だと判断したのか、
「じゃあ任せたぞ」
それだけ言うと踵を返しアリスから離れていく。
アリスは依頼書に夢中でそれに気づいていない。
「え、ちょーー」
我に返った時にはもう周りを見渡してもディーノの姿はどこにもなかった。
「まだやるとは言ってないのに……」
アリスは一つため息をつくと手を付けていなかった苺オーレを一気に飲み干した。
(甘っ! 一気に飲むんじゃなかった……)
苺オーレがいつもよりも格段と甘く感じる。たまたま公園にあった水飲み場で水を飲み、口に残る甘さを流し込んだ。
「とりあえずギルド行くかぁ」
アリスはそれを終えると再び足を進める。その足取りはどこか重たげだった。
アルテギアの軌跡 秋雨 暦 @emptyrabo
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