第7話「幼馴染」


 外に出ると若干空気が温かみを帯びた気がした。陽の光も少しだが真上に向かって移動している。



「さて……」



 そんな陽気に包まれながら、アリスは次の目的地であるエイベルの隣街、北東部にあるオルタナへと向かうため足を進めた。


 アリスの所属する傭兵ギルドの本部はそこにあるのだ。エイベルからだと歩いて約二時間もかかる。


 毎度毎度この移動時間が鬱陶しく感じているアリスだった。



「あれ、アリス?」



 村の入り口付近に差し掛かった時、ある声に呼ばれ振り向く。するとそこには、燃える様な赤髪を持った同い年の幼馴染、ジルの姿。レザーアーマーを始めとする防具を身に纏い腰には一本の剣が下げられていた。



「おはよ、ジル。あんたがこの時間にここにいるなんて珍しいじゃない」



 普段ジルはこの時間、鍛錬のため自身の家の裏庭で素振りをしているのだ。日課らしい。



「あぁ、おはよう。日課を早くに終わらせたからな。ちょっとオルタナに用事があるからさ」


「工房に顔出すの?」


「いや、オルタナで王国騎士団の凱旋パレードがあるから見に行ってくる」


「え、凱旋パレード?」



 王国騎士団。トリスティア国王直属の騎士団で、いくつか名前の違う団が存在しているが、どれも基本は首都であるエルセリアを拠点としている。最近は他の三ヶ国との条約に基づき、よく派遣されてるという話をよく聞くが……



「なんか、この前アヴァル公国でドラゴンが出たって言うので王国に増援要請があって、一個騎士団を動かしたらしいんだけど、その騎士団が単独で撃退しちゃったらしいんだよ。その凱旋パレードだと」


「ドラゴンって存在したんだ……」



 元々伝説上の生物として各地にその名を轟かせていたドラゴンが、まさか本当に実在していたとは……



「まぁそんなこんなで俺は、その騎士団を拝みにオルタナに行くんだけど、そう言うアリスは?」


「あ、うん。私は依頼の報告でギルドに」



 ジルは、急に指を弾くとニカッと笑った。


「なら、丁度いいじゃん。道中暇だし一緒に行こうぜ」



 ジルの提案に乗ったアリスは、目的地オルタナまで一緒に行くことになった。


 オルタナに行くためにはエイベルの外に広がっている平原を抜けなければならない そこまで多くはないがちらほらと魔獣も徘徊しているため、気を抜けない道中になる。

 とは言っても、見かけるのはワーウルフ程度なのでそこまでの心配はないが。



「ところで気になってたんだけどさ。お前剣は?」


 街道を歩いていると、急にジルが口を開いた。結構一緒にいることが多いため私の装備の違いに気がついたのだろう。



「えっと、まぁ……壊しちゃって」


 私は語尾に行くにくれて段々声が小さくなってしまう。



「なんだ、壊したのか」


「そ、それだけ?」



 あまりにもあっさりした返答につい、聞き返してしまった。別に怒られたいわけではない。


 ジルが不思議なものを見る様な目で私を見る。



「別に、戦ってたら壊れることだってあるだろ。言ってくれたら父さんに頼んだのに」


「でもなんか頼みづらいしなぁ」



 うっかり本音を漏らしてしまった。慌ててジルの方を見ると、バッチリ聞かれてた様でクスクスと笑っている。なんだか妙に恥ずかしい。


「父さん、武器のことになるとめんどくさいからな、なんか分かる気がするよ」


 ジルは私に賛同する様に困った様な表情を浮かべた。それを見てると、なんだか悩んでたことが馬鹿らしくなってくる。


「じゃあ武器の件は完全にジル任せにしちゃおっかなー」


 冗談のつもりで言ったつもりだったのだが、


「じゃあ今日時間を見つけて父さんに話しておくよ」


 本気にしてしまった。


 まぁ、そんな純粋さがジルのいいところでもあるんだけど、なんか申し訳ない。

 そもそもジルの一家にはお世話になりっぱなしだ。


 ジルの母親はテレサが病気に倒れてから特に、忙しい家事の合間をぬって時々様子を見に来てくれる。

 ジルの父親——バルドさんはオーダーメイドの一件だけではなく、私の剣の師匠を務めてもらってる。二人とも本当に頭が上がらない。



 そして、ジル。ほんとによく、兄妹なんじゃないかって村の人から言われてたくらい私が物心ついた時から一緒にいる。そして一番に信頼している存在。


 バルドさんに剣の師匠を頼む時、なかなか承認もらえない私を見かねて一緒になって頭を下げてくれたり、受ける必要ないのに一緒に剣の稽古まで受けてくれたり。私がこの道で生きて行くことを決めた時一番に応援してくれた。本人は『前から興味あったから気にしないで』と言っていたが、ジルが一緒だったから厳しかった稽古も乗り越えられたと思っている。


 今では良きライバルだ。最近はあまり勝ててないいけど。


 私がこうして生活できてるのはジル達のおかげなのだ。


 私はちらっとジルの横顔を見つめる。

 ありがとう、聞こえるか聞こえないか絶妙な声で呟いた。


「え。なんか言った?」


 聞こえてなかった。


「なんでもない! ジルは細かいこと気にしすぎなんだよ!」


 まっすぐ伸びるこの街道を二人の話し声だけが走る。


 こうして、オルタナに着くまでジルとの会話が途切れることはなかった。



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